そして動き出す
ヒカルはニヤリと人の悪い笑みを浮かべて一人、自室で悦になっていた。
とりあえず、手元において損はないね
いくら後見人になると宣言したところで実は実態はほとんどないのだ。とりあえず追い出しはしないと宣言したに過ぎない。
これから何を成すのか、それが彼女の運命に文字通り関わってくるだろう。
それにしてもとヒカルは思う。このタイミングで地位は低いとはいえ、皇族の一人が陣営に加わったことの意味は大きいと。
遅かれ早かれ、この辺境領は解体される可能性があった。いや、確実に解体されるだろう。今でこそ力は弱いが元は一国として独立できる力は十分に秘めているし、周辺地域は事実上、敵は皆無。軍事に煩わされることなく開発が進められるからだ。考え方によってはこんなに条件の良い土地はない。
しかしだ。そうなると騒ぎだす輩は確実に多くなる。困窮しだした貴族たちが下手をすると開発が済んだ土地を勝手に分割しかねない。ヒカルは数多くの前線で見てきた実態やそれ以外の戦場からそう結論せざる得なかったのだ。
とはいえ、
「役に立たないのであれは容赦なく切り捨てるけどね」
そうつぶやくと身を預けるように椅子に深く腰かけるとゆっくりと傍に置いてあった剣を構えるとそのまま壁に突き立てた。
「ふん、良い感してる」
そういうと何事もなかった様に剣を鞘に収めた。
「殿下!やはりあやつは危険ですぞ!」
ひそかに配下を忍ばせていた艦長は危うく貴重な配下を失いそうな事態に怒りを隠そうとはしない。
「いえ、それ位の方が信用出来ますよ」
何の力もない皇女を匿ったのだ。ただの善意よりも打算的なほうが信用できる。
「しかし、これから一体如何するおつもりですか !このままではジリ貧ですぞ!」
確かに他の勢力より格段に弱いままだ。
「ええ、その通りです。まずは根回し、ですね。それと・・・裏切り者の処分ね」
そういなり、部屋に数人の武装した兵士が雪崩込んできた。
「な!」
絶句する船長をそのままに一人は護衛するように前に立ち、残りの数人が無言で剣や槍を壁に突き立てた。
「貴様!いきなりなんだ!」
船長は怒鳴るが肝心要のロゼッタは興味深そうに壁を見つめている。
兵士たちは念を押すように力を込めて何度も剣や槍をおすが僅かに壁にうすい影が現れると直ぐに引き抜いた。
!!!
抜きさった後の穴から勢い良く赤いシミが広がっていく。 船長は再び絶句している中、今度は壁の中から人が飛び出てきた。それを見た船長はさらに顔を青ざめさせた。なんとそれは例の配下の密偵だったからだ。
「これは一体・・・」
「おや。気付なかったのかい?ずいぶん前から伝書鳩が飛び交っていたよ。一応気にしたのか夜明け直前に、だったけどね」
「そんな馬鹿な!奴とはもう付き合ってもう7年になるベテランだぞ!そんなやつが裏切る訳が・・・」
「あー。そいつは間違いなく草だね。十数年にわたって現地に潜伏する諜報のプロさ」
「いや、そんな・・まさか・・」
「第一、ここに潜んでいたこと自体が証拠だよ!アンタは船のプロだろうけど、こっちは戦争のプロだよ。少しは信頼してほしいもんだね」
見ると物言わぬものと化した密偵に薄い布が掛けられ運び出されるところだった。それを見る皇女と船長の目は悲しみと怒りという相反する感情が入り混じった複雑な感情がこもっていた。
数日後、ヴェール帝国帝都ヴェーナ 王宮
「申し訳ございません。ロゼッタ様につけていた鈴がどうやら斬られてしまったようです」
「それは残念ですね・・・あれを殺し損ねた時からいずれ対立すると思っていましたが、意外と速かったわね」
「・・・落ち着いておられますな・・・東部でも反乱が起きるかもしれんのですぞ!」
申し訳なさそうにかしこまっていた騎士は一転、危機感を持ち合わせていないように見えた第一皇女に意識を向けてもらえるように芝居かがった動きで怒りをあらわにした。ところが彼の意に反して第一皇女アティナの反応は違った。
「まさか。彼女は今すぐには反乱なんて起こしませんよ。むしろ反乱軍をたたいてくれるでしょうね」
「・・・・しかし、ロゼッタ様はアティナ様に反感を持っておられるはずでは?」
「それはそうでしょう。殺されそうになったんですから友好的になる理由がありませんね。ですが・・・あれは自分を知っています。いや、自分の実力をよくわかっていますよ。今の彼女に私を倒す力はありません」
そういうと扇で顔を隠してしまった。注意深く聞いていたならば扇の向こうから『ふぁ~』といったあくびが聞こえたことだろう。
「では今のうちに・・」
「いえ、せっかくですからあれに任せましょう」
あくびを終えたらしく扇をしまうと柔和な表情で言った。
「は?」
意味が分からないとばかりに呆ける騎士。
「せっかく東部から戦力を抽出してくれるのですよ。利用できるものは利用しないと・・」
「・・・それは危険では?」
「今の状況もかなりまずいですよ。同じ毒なら薬になるほうを選ばないと・・・それよりもあれはどうなっています?」
「あれ、ですか・・・少々遅れているようですが・・」
「発破をかけなさい。そちらの方が重要です」
「・・・・御意」
静かにその場を離れる騎士。が、もう少しこの場にとどまったのならそれを見れたかもしれない。
まるで子供の様に無邪気でありながら、悪魔のように狡猾な技術的な笑みを・・・・
同時刻 旧氷原国 大要塞跡地
見るも無残に破壊された要塞はその姿を膨大な雪の壁にその姿を隠そうとしていた。
「ここに来るのも久しぶりですかね?」
誰にも聞かれることのない疑問は文字通り雪の中に消えていった。もし、この場にヒカルがいたならばあの頃と全く変わっていない亜人を見ることになっただろう。
多数の巨大なゴーレムがまるで骸をさらすかのようにあたりに転がっていた。
「さて・・・まだ動くものがあるといいんですが・・」
そういうと男は大要塞の跡の奥へ奥へと消えていった。
同日 帝国東部辺境領
「やっと見つけた」
森林国からの来訪者は荒れ地の中を迷いに迷い、やっと人の住む町を発見したのであった。
ちょっと仕事が忙しく更新が少し遅くなりそうです。
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