嵐の予感
沖合に見慣れぬ船が姿を現したという報を受け、高野ヒカル女辺境伯爵は30騎の騎兵を伴って、北の海岸線に向かっていた。
「正体不明の船というのは一体どんなものなの?」
報告をよこしてきた巡察隊(主に街道やその周辺の治安を維持するための小部隊)の第一報は 北部海岸線に不審な軍艦1隻確認 というものだった。すぐに部隊を召集、続報は館を出た後街道沿いで受けることとなったのである。
「はっ、船は一隻!中型船で側舷には大型弩弓2 小型連弩複数確認しました!」
やって来た騎兵は全力でここまで来たのだろう馬も人も息絶え絶えになりながら一気にしゃべる。
「そのくらいなら船員は多くても50は超えないわね・・・・」
歩兵が例え50いたとしても騎兵30騎にはかなうまい。船から一方的に弓矢を放たれるのは危険かもしれないがその時は一旦後方に下がって後からやってくる歩兵隊と合流すればよい。
「たった一隻で何をしに来たんだ?そのくらいの兵で落ちるほど私たちは弱くはないつもりよ」
危険な北東原野を抜けて町を築いてきたのである。少なくとも弱兵ではないことは明らかであるのに、たったそれだけの兵力で何をしようというのか?ヒカルたちには理解できない。
「とりあえず、捕まえれば分ることね!全騎駆け足!!一気に叩くわ」
「「「おお!!!」」」
30もの騎兵が駆け抜ける姿は圧倒的だ。しかも辺境の大部隊など存在しない中ではなおさらである。残念ながらラーム神聖国の重槍騎兵隊のようなきらびやかな鎧に身を固めているのでもなく南トルマン連合国の12旗軽弓騎兵隊あでやかな布地を用いているわけでもない非常に地味で粗末で統一性のない服装の者たちが一団となって駆けて行くのである。もしかしたら遠目から見ると彼らこそが盗賊集団に見えたかもしれない。
丘を駆け上り海岸を見下ろした時、突然、数十本の矢が辺りに降って来た。
「やはり、敵か!!全騎突撃!!!」
奇襲同然に矢の雨を食らったのに一騎も落伍した兵はいなかった。ほぼ全員が百戦錬磨の猛者ぞろいであることを頼もしく思い、一気呵成に少数の敵部隊を殲滅するべく自らが先頭に立って突撃を開始した。
「「「うをおおおおおお!!!!」」」
大将が自ら先頭に立ち刀を振り上げる姿は一気に男どもの士気を最高潮のものにした。一方、敵は教科書に書かれるような見事な方陣を整え、騎兵の突撃にも怯んでいないように見える。
(?意外と練度がたかい?)
少人数で上陸してくる馬鹿どもだと思ったが兵の質は思ったより高いらしい。
次の瞬間、いきなり場違いな女性の声が戦場に響いた。
「旗を掲げよ!!!」
すると陣のほぼ中央から一振りの旗が掲げられた。
(帝室旗!?)
「全騎!!右旋回!!!!」
謎の集団に対し、警戒を解くことなく相手の陣の周辺を廻る。
「貴君の所属と階級を述べよ!!!」
これは男の声で陣のやはり中央付近から聞こえる。
「・・・・我々はここの領主基下の騎兵部隊だ!貴君の所属を述べられたし!!」
「・・・・我々は帝国第4皇女殿下ロゼッタ様配下の海兵部隊だ!!」
「・・・・・第4皇女ですと?馬鹿を言え!そんな人がこんな辺境に来るわけないだろ!全騎突撃用意!!!」
「まて!!貴様!!姫殿下に逆らうのか!?」
「ここは私の領地よ!!それに逆らうも何も私は謎の武装集団を壊滅させるだけ!!やましいことは何もないわ!!」
両者の殺気が一気に高まる。
「双方!!武器を納めなさい!!!」
陣の中央から一騎の騎兵が前に進み出てくる。しかも武器や鎧は一切身につけず、貴族なんかが騎乗をするときに着る派手な騎乗服のみを着こんでいる銀髪の緑瞳の華奢な女性であった。
「・・・・・あなたは?」
そう尋ねると馬に乗った銀髪の女性は馬から降り
「お初に御目にかかります。高野ヒカル女辺境伯爵閣下。私は帝国第4皇女ロゼッタと申します」
ざわっと部下の男どもが騒ぎだす。美少女で非武装の女の子一人にさすがに剣を向けがたいのだろう。全員、無言で 団長一旦剣は納めましょう と言っていた。
(全く、うちの男どもは・・・・・)
なぜか軽い敗北感を覚えて全員に武器をしまうように指示をだす。
「で、皇女殿下。いったい何の用で武装した兵を領主である私の許可もなく進入されたのですか?」
暗に非はあなたにあると言っておく。
「申し訳ありません。火急の用件があったものですから・・・・・」
「姫様!こんな無礼な奴に謝罪は必要ありませんぞ!貴様!姫殿下の御前であるぞ!馬から降り、先に無礼を陳謝するべきであろう!!」
どうやらこの男がナンバー2であるらしい。しかもこの男の口ぶりから本当に目の前の女性がこの(謎の武装集団)中での最高位であるらしい。
「残念だね!私はあんたを姫殿下として認めていないのよ。私にとってあなたは不法な武装集団の首魁でしかないのよ」
「無礼な!!この御尊顔に見覚えがないというのか?!貴様も貴族のはしくれだろう!!」
「知らないもんは知らないんだよ!それとも絶対この人が姫さまだっていう証拠でもあるのかい?」
「くっ!」
部下たちは何かこっちが悪役みたいだなと呟きあった。
「あのう、この銀髪じゃ?」
恐る恐るといった感じで提案してみる。帝室は銀髪のものが多いのは有名な話である。
「う~ん・・・弱いわね・・・あなたが貴族様っていうくらいしか分らないわ」
帝室と血縁関係がある家は多い。もちろん貴族が圧倒的に多いが、残念ながら貴族もピンキリなのである。
「では、これは?」
手にしたのは皇族か特別に認められた者にしか所有を許されない深紅の宝石 竜眼石のブローチである。精巧な作りで比較的新しいものに見え、叙勲の際、皇宮に飾られていた物と大変よく似ている。皇族が持つには小ぶりな気はするが・・・
「・・・・・・・分った」
そう言うと馬から飛び降り、片膝をつき頭を垂れた。
「姫殿下。数々の御無礼お許しください。」
「頭を御上げください。いきなり押し掛けた我々が非礼なのですから」
「お許しいただければ幸いです」
「もちろんです」
「しかし、姫殿下。ここは帝国領とはいってもここにはここのルールがあります。残念ですが一時的に姫殿下の手勢の武装を解除させなければなりません」
「姫殿下をお守りするのは我らである」
先ほどしゃべっていたナンバー2の男が激こうする。結構年寄りに見えるが筋骨隆々だ。
「・・・・・貴官は?」
「わしは軍艦ヒューベリオン号艦長キュンメルだ」
「・・・・・・軍艦?あれで?」
船には詳しくないヒカルでもかなり老朽化した船だとわかる。
「見てくれは少し古いがそこらへんの船より断然速いぞ」
「・・・・・そうですか、ですが武装解除していただきます。それにどんな理由で私の領地に進入したか知りませんがあまり目立つようなことを控えた方がよろしいかと愚考いたします。姫殿下」
言葉づかいは丁寧だがどこか疑念をぬぐいきれないらしく端々に警戒感がにじみ出ている。
「分りました。武装は解除いたします。しかし、私も含め全員を『ルーク』へ護送することを命じます」
「命じる?」
「ええ、貴族は皇族に対して正当な理由がなければ命令を拒否できません」
「帝国法で?」
「いいえ、帝国憲章で、です」
帝国憲章はすべての法律より優先されるもので皇帝や皇族の権利を規定したものだ。基本的に皇族と貴族の一部しか知らない。超法規的措置やさまざまな特権を認めている代わりにその憲章によって生じた諸問題はすべてその皇族(皇帝も含む)が負い、結果、その皇族が死のうが問題とならないほど厳しい。
「・・・・了解しました。もうすぐ歩兵部隊が合流します。姫殿下は騎乗して私と騎兵部隊が護送いたします。残りは歩兵部隊と共に行動していただく。よろしいですか?」
「いけません!姫殿下!!こんなやつらと一緒ではあぶのうございます!」
「大丈夫ですよ、艦長。彼女たちは帝国でも5本の指に入る精鋭部隊です。それに女性一人殺すのにこんな大人数で囲みはしないですよ。」
「その通りです、姫殿下。もし、殺す気ならこの場で切り捨てています。むろん、あなた方も・・・」
「な!!」
「たかが50人足らずの歩兵部隊、壊滅させるのは簡単なんですよ。キュンメル艦長」
「・・・・・」
キュンメル艦長も元は軍人である。歩兵と騎兵、両者の間にどれほどの戦力差があるのか思い出したのである。
「では、後続部隊が到着次第、『ルーク』に皆様を御招待しましょう」
およそ20分後、後続部隊が到着した。
「意外と立派なところですね」
「ええ、意外と立派でしょう」
10時間足らずの騎乗で(途中で何度も馬を変えながら)やっと見えた『ルーク』の町は想像以上に大きな町だ。それほど高くはないが石造りの壁が町を覆っており、町の中心では市がかなりの活況を呈している。
「あれが私の屋敷となっております。ご覧の通り、大きくはないので姫殿下の兵全員は受け入れられません。あとでキュンメル艦長のみお連れします」
「分りました」
確かに貴族の家としてはかなり小型で質素である。大型の民宿と言われた方がしっくりくる気がする。
「残りの兵は?」
「ええ、分散して兵舎や宿に入れるよう指示しておきました」
「ありがとうございます」
中に入ってみるとやはり大型の民宿といった内装だが、あちらこちらに槍やナイフ、盾や鎧が多く飾られており、主人の武断な性格がよく出ているようだ。さらに驚いたことにこの家には子供が多くいることである。みんな一様に幼く、やんちゃだ。
「お前ら、この美人さんは大事なお客様だ!失礼のないようにな!」
「「「は~い」」」
キャッキャいいながら離れていく子供たち。
「お子さんですか?」
「いや、彼らは孤児ですよ。辺境ですからね、事件や事故には事欠かないんですよ」
彼女は奥の部屋に進み窓から外の様子を確かめると席に着くように促した。
「すいませんね。本来なら茶の一つでも出すべきなんでしょうが・・・」
「いえいえ、お構いなく」
「さて、ではさっそく用件を伺いましょう」
「単刀直入に言いますと私の後ろ盾になってほしいのです」
同時刻 帝国南部 トレカ近郊
トレカ 帝国南部の一地方都市に過ぎない小さな町は帝国南征軍の重要拠点として日夜、城壁の強化や兵の鍛錬、補給物資の集積を行っており、近いうちに計画されている反乱鎮圧の重要な一翼として期待されていた。が、時として軍は戦略、戦術レベルより政略を重視してしまうことも多く、重要な一翼であるのも関わらず能力より家柄や財力、権力を持った門閥貴族を司令官として赴任させてしまった。この人事は司令官となった貴族本人にも軍そのものにも不幸な結果を残した。
トレカの悲劇 である。
赴任した貴族はムダロ侯爵といい門閥貴族の当主である。彼は私兵5000を率いトレカ駐留軍と合流、全兵力は1万8000となり相対する反乱軍は9300であったからほぼ倍の戦力であった。
「閣下、わが軍は敵勢力を圧倒しております。積極的に打って出るべきと愚考いたします」
「いいえ、閣下、急に動くのは危険です。閣下の私兵集団は疲労しております。十全な状態でなければ必勝はきせません」
「そうです、閣下。ここは反乱軍に降伏を迫ってはどうでしょう?閣下の威光で反乱軍を降伏させれば、閣下の名声は不動となります」
「ですが閣下それでは弱腰すぎます。ここは積極的に・・・」
「いいや、あくまで必勝、完勝を目指すべきです」
参謀たちの意見を右から左へ受け流しながら侯爵閣下は肥満した体を椅子に埋めながらこんな田舎だと知っていれば来なかったとでも言いたそうな恨みがましい表情で
「そう急ぐこともあるまい。我々は到着したばかりだ。少しゆっくりしてからでもいいだろう」
それは戦術的ではなくあくまで司令官個人の身体的精神的苦痛を和らげる為の決断であったことは明らかであったが、疲弊した兵を休めるというのは戦術的に間違ってはいない、そう考えた参謀たちは特に反対しなかった。それは結果論であるがこの時反対すべきだったと悔やむこととなるのである。
ムダロ侯爵家の私兵は5000を数えるものの実態は質の低いゴロツキ集団であった。いかにムダロ侯爵家が富貴を誇ろうとも5000もの私兵を常時編成しておくのは過度の出費であり、しっかりと訓練を受けた家臣というものは全体の1割ほどの530でしかなかった。残りはいわゆるゴロツキや無頼漢で数だけ揃えました、といった感じがありありだった。結果、いざこざが絶えないだけでなく連携や意思疎通にも支障をきたしているほどだった。トレカに到着した当初は疲労から特にトラブルは起こしていなかったがしばらくするとケンカや飲酒、酷い者は宴まで始める始末となっていた。
「おい、もっと酒だ!」
「こっちに肉だ!後、女も連れてこい!」
「がははは」
「喧嘩だ、喧嘩」
夜半になってくるとトレカの町に出向き酒場を占拠する者、泥酔して道端で眠り込む者、喧嘩で負傷する者が多数。臨時に下士官の役を与えられたムダロ侯爵家の家臣団は懸命に収集しようとするがなかなか収まらない。そんな状況でトレカ駐留部隊の士気も大きく低下。特に城壁や見張りの任に就いている下級兵士は特にその傾向が強かった。しかし、多くの上級幹部はこういう事態は珍しいことではなく持って数日だとわかっており、不安視する声は聞こえなかった。それを油断だというのは酷ではないだろうか?トレカの町は帝国南部では北東のピエネー州に属する小都市でこの事件をきっかけに一躍有名となる。
なかなか進みません(;;)やる気アップになるので感想、評価お願いします。




