第九十八話 守の笑顔
眩い光が右手から溢れ、そこに長い柄と太く大きな刃を形成した。腕と肩に圧し掛かる重みに、守の体が傾きその大きな刃が地面を叩く。砕石と土煙が舞い、切っ先が深く地面に突き刺さる。
肩で息をする守の膝が、僅かに落ちた。肩が重く、腕がだるい。体中ズキズキと痛みが疼き、フロードスクウェアを支えに立っているだけでも辛い程だった。今まで溜めに溜め込んだ疲れが、ここに来て一気に守の体に襲い掛かっていた。震える膝に力を加え、背筋を伸ばす。天を仰ぐ様に漆黒の空を見上げる守は、両肩を静かに揺らし自らを落ち着かせる為に深く息を吸い込んだ。
空を見上げる守の背を見据える彩は不安だった。短いと言え一緒に戦ってきて守の事は良く理解していた。どんなに無謀な事でも、どんなに可能性の無い戦いでも、決して諦めず、自らの体を呈してでも誰かを守る。それを知っているから、守が何をしようとしているのか気になった。
「守……」
「大丈夫ですよ。心配しなくても」
そっと視線を落とした守が、静かに答えた。地面に突き刺さったままの自分の背丈程の大剣の柄を握り締め、ゆっくりと横顔を彩に見せる。疲弊している為、僅かに陰りが見える横顔だったが、それを隠す様に優しく微笑む。その笑みに不本意ながら胸をキュンとさせた彩は、耳まで真っ赤にして、
「べ、別に、あ、あんたを心配してるわけじゃないから!」
そう怒鳴った。
小さく「分かってますよ」と、守が呟き、視線が前を向く。その先に居るのは、右腕を失った達樹と、足元に奈菜を置き空を見上げる晃の二人。離れた所で動かない雷轟鬼は、拳を握り晃を睨み、校門の側に佇む愛と武明は苦しそうに肩を揺らしていた。体力は先程の呪文で限界を迎え、二人ともサポートアームズの具現化を保てず、手に持っていた武器が消滅する。
苦しそうに顔を歪めた愛は、膝に手を置き横目で武明を見た。武明も相当疲れているのか、言葉を発する事なく、口を開けたまま荒く呼吸を繰り返す。
その場に居る誰もが限界だった。封術師、ガーディアン、五大鬼獣。全てを出し切り動けぬ者達の中で、異様な空気を纏い佇む達樹。そして、空を見上げ心を静める晃と、落ち着いた面持ちの守。
その合間に生暖かい風が吹きぬけ、突如として凄まじい金切り音が響き、町を覆う暗黒の膜に波状の衝撃が広がる。その衝撃が不動だった膜を大きく歪め、不安定な形へと変化させた。
突然の事に驚く彩は、その場でアタフタとする。だが、守と晃の二人は意外と落ち着き払い、その現象に何も感じていない様だった。
「落ち着いてください。水島さん」
冷静な守の一言に、彩は動きを止めるが、泳いだ眼で守を見据え、
「な、な、何でそんなに落ち着いてるの!」
「まぁ、慌てた所で、俺には何も出来ませんから」
「け、けど――」
一層慌てる彩を他所に、落ち着いた守は暫し笑みを浮かべていた。だが、その笑みもやがて消え、静かに息を吐き出すと同時に、顔つきが真剣なモノへと変わる。それに即座に気付いたフロードスクウェアは、守にしか聞こえない声で問う。
『行くのか』
「えぇ。体は……限界ですけどね」
『どっちを叩く? 流石に両方とは行かないだろ?』
「そうですね……」
フロードスクウェアの言葉に、歯切れ悪く答えた守は、晃と達樹の両方をじっくりと観察する。
黒い膜に覆われた空を見上げる晃が、不意に吐息を吐き出し顎を引く。視線が自然と前を向き、強い覚悟と意思を持った瞳が守の方へと向いた。
晃が何を覚悟し、何を思うのか守には分からない。だが、それは伝わった。晃のその眼差しを見れば。その思いと覚悟に答える為に、守は地面からフロードスクウェアを抜き、その重々しい大剣を構えた。
突如動き出した守に、慌てていた彩が冷静さを取り戻し、その背中に問う。
「何……する気」
「まぁ、最終決戦……みたいな感じですかね?」
「無茶する気?」
「しませんよ。俺だって、自分の命が大切ですから」
背を向けたままだが、今守がどんな顔をしているのか想像できた。その表情は絶対に笑みを浮かべてる。いつもそうだったからだ。どんな時も人を不安にさせない様に笑ってみせる。その笑みがどれだけ人を不安にさせ、苦しめているかも知らずに。それでも、守の笑みには何処か期待が出来た。何かしてくれるんじゃないか、と。
漆黒の膜に流れる衝撃が一層激しさを増す。薄い膜は今にも割れそうな勢いで大きく波打ち、甲高い金切り音が激しく音を轟かせる。
その光景を黙って見据える達樹が、静かに俯き口元に僅かながら笑みを浮かべ、突如として大きな笑い声を響かせた。
「な、何?」
『何事ですか?』
声を上げたのは彩とウィンクロード。そして、守も晃もその声の方へ訝しげな眼を向ける。狂った様に笑う達樹が、その二人の視線を受け、吐き捨てるかの如く荒げた声で言い放つ。
「この膜が破られた時、全てが終わる。全てが――」
『終わるのはテメェだ』
達樹の声を遮るキルゲルの声。それに続く様に今度はフロードスクウェアが口を開く。
『お前が何を目的とし、何を起こそうとしているのか知らないが、これ以上この町で好き勝手をさせるわけがないだろ』
「自分の状況も分からないで、喚くな。役立たず共が」
今までと明らかに変わった態度に、守と晃がそれぞれの武器を構える。危機感を感じたのだろう。右足を踏み込む守は、膝の震えを堪える様に奥歯を噛み締めた。一方、晃も左手で胸を押さえ、苦しそうに右手のキルゲルの切っ先を達樹の方へと向ける。
二人の行動にもう一度狂った様に笑い出すと、左腕をスッと差し出し、
「やれ。雷轟鬼。こいつ等を潰して、鍵を奪え!」
「承知。我、屈辱を晴らす」
静かに立ち上がった雷轟鬼の鋭い眼差しが晃を見据える。怒りと憎悪が混じった雰囲気に、僅かに晃が引き攣った笑みを浮かべた。
先程の蹴りが相当雷轟鬼の怒りに触れた様だ。沈黙する雷轟鬼の足がゆっくりと一歩ずつ前に踏み込まれていく。その視線は捉えるのは晃の姿だけで、守を一度たりとも見る事はなかった。そんな雷轟鬼に、背後から達樹の怒声が飛ぶ。
「雷轟鬼! 左だ!」
「――!」
達樹の声に左を向くと、その視線に飛び込む一つの影。それが、無音で刃を振るい鋭い閃光が空を裂く。咄嗟に身を引き刃をかわす雷轟鬼だが、切っ先だけがその首筋を掠め取った。僅かに皮膚が裂け、少量の鮮血が飛ぶ。
突然の奇襲によろめく雷轟鬼。その視線の先に映るのは守。手には振り抜いたばかりの大剣が、切っ先を後ろへと向けていた。大剣を振りぬき、前掛りになった無防備な守に、雷轟鬼の左拳が襲い掛かる。
「グッ!」
単音の声を上げたのは雷轟鬼。その拳に深く刃が突き刺さり、鮮血が舞う。先程まで振り抜かれていたはずの刃が何故、拳に刺さっているのか、雷轟鬼には理解出来ない。だが、次の瞬間、突き刺さっていた刃が消え、光と共にもう一度守の手に現れた事で全てを理解する。守が具現化と解除の両方を上手い具合使い分けていると言う事に。