第九十六話 青桜学園
一瞬の出来事だった。
風を切る鋭い一閃が瞬き、血飛沫が舞う。白銀の羽が散り、空中に一つの影が浮かぶ。大きな翼を羽ばたかせる達樹の姿が。
不適な笑みと右腕に担がれた奈菜。そして、左手に握られた不気味な水晶が輝く。
地面に横たわる晃は、苦痛に顔を歪めながら、ゆっくりと体を起す。右横腹から溢れる血が制服を赤く染め、咳き込み吐血する。奥歯を噛み締め顔を上げ、宙に浮く達樹を見据える。
綺麗な緑の瞳が嘲笑う様に晃を見下ろす。その目を見据える晃は、痛みに耐えながら立ち上がり、静かに唇を動かす。何を口にしたのか分からないが、その言葉にキルゲルは僅かに水晶を輝かせただけだった。
フードを被った二人組みは、武器を構えたまま二人を見据えていた。
「セイバー。今の見えた?」
刀を持った方が、自分のサポートアームズであるセイバーにそう問いかけた。その問い掛けに、すぐに返答はなく、暫しの間が空いてから渋い声が答える。
『我には見えなかった。何が起こったのかも』
「きっと、彼も――」
弓を持った方がそう呟き、晃の方へと視線を向けた。
「はぁ…はぁ……」
三つの呼吸と三つの足音が重なる。
「ここが……あんたの通う学校?」
腰まで届く群青の髪を右手で掻き揚げる円が、蒼い瞳を横に並ぶ彩に向ける。膝に手を付く彩は肩口まで伸ばした髪を揺らし、呼吸を整えていた。その後方には奇抜な服装のサングラスを掛けた武明が、大きく肩を揺らす。
三人とも傷だらけで、衣服にも血が付着していた。これでも治療を施したのだろう。三人とも既にサポートアームズを具現化する事も出来ないほど疲弊していた。
ようやく呼吸が整ったのか、膝から手を放した彩は『青桜学園』と刻まれた門を見据え、静かに答えた。
「そう……。ここが、青桜学園よ」
「んで、何で奴等がここに?」
「知らないわよ! 何で私が――」
「テメェらうっせぇよ!」
突如背後から聞こえた乱暴な声に、三人が息を合わせた様に振り向くと、肩に血にまみれた女性を担いだ一人の少女がたっていた。この近くでは見た事の無い制服を、血で真っ赤に染めたその少女を見据え、彩が引き攣った笑みを浮かべた。だが、彩以外の二人は表情を変えず、当たり前の様にその少女に返答する。
「無事だったの」
「あったりめぇだろ。それより、ソイツ誰だ?」
口の悪い少女が眉間にシワを寄せ彩を睨む。その威圧感たっぷりの態度に、圧倒される彩はタジタジしながら円と武明の背中に隠れる様にしながら発言する。
「わ、わた、私は水島彩……です」
妙に畏まった態度の彩に、相変わらず表情を変えない少女は、傷付いた女性を肩から下ろすと、そのまま歩みを進める。円と武明の二人は道を開ける様に左右に別れると、彩が慌てふためく。そんな彩の肩を掴んだ少女は、その顔を真っ直ぐに見据える。
ややつり目がかった強い目付きが彩を見据え、口元に薄らと笑みを浮かべた。
「お前、あれの相方か?」
「……あ…れ?」
戸惑い気味に答えると、少し嬉しそうな表情で肩を二度叩き、何かに同意する様に静かに呟く。
「お互い大変だよな。うんうん」
「何の話をしてるか分からないけど、本題に移りたいんだけど」
「本題? 何それ」
とぼけた様な声を上げる少女が、円の方へと顔を向けると、冷やかな視線が返された。だが、あくまでとぼけた態度を取る少女は、右手を頬に沿え軽く首を傾げてみせる。そんな二人を腕組みをしながら静かに見据える武明に、彩は歩み寄り小声で問う。
「あの人と知り合いなの?」
「んっ? ああ。雪国の事か。知り合いだな。一応」
「それじゃあ、彼女も――」
「ああ。封術師だ。しかも、俺とお前より遥かに高いレベルのな」
意外にサラッと流す様にそう答えた。武明の性格を知っている彩としては、意外だった。武明が自分よりも才能がある人を素直にそう言うなんて思っても居なかったからだ。そんな武明に代わり、彼のサポートアームズであるセルフィが軽い口調で、
『お兄ちゃん、愛にいつも罵倒されてるよね』
と、付け加えた。すると、武明が慌てて叫ぶ。
「よ、余計な事を言うな!」
『ブーッ。余計じゃないもん。彩が、「エッ、武明が人を褒めてる」みたいな顔で見てたから教えただけだもん!』
「うるせぇよ。んな事、別に言わなくていいんだよ!」
「まぁまぁ。二人とも落ち着いて」
苦笑しながら武明を宥める彩。
そんな二人を尻目に、円は愛に対し冷静な口調で問う。
「あなたも五大鬼獣とやりあったの?」
「ン〜ン。別にやりあったって程でもねぇな。火猿には圧倒されたし、燃土の方は対峙してすぐ消えちゃったし」
『五大鬼獣の内二体と鉢合わせる何て、愛ちゃん強運ね』
円のサポートアームズであるエディが、軽い口調でそう述べた。その綺麗な女性の声に対し、愛のサポートアームズで在るセイラが大人びた声で返答する。
『エディ。二体じゃなくて、三体よ。水嬌とも会ってるから』
「あなた、良く生きて居られたわね……」
唖然とする円。五大鬼獣の内三体と鉢合わせて命を落とさず、目の前に殆ど無傷で居るのだから。
そんな円に対し、少々不満そうな表情を見せた愛は、後ろの二人を一度目視してから、刺々しい口調で聞く。
「で、あんたは倒したんでしょうね? まさか、三人も居て完敗したとか言わねぇよな」
「うるさい……。あの二人は戦力外よ。実質あたし一人で戦ってたわけだし……」
「カーッ。言い訳かよ。ったく」
乱暴な口振りに、円の額に青筋が浮かぶ。流石に愛の態度が頭に来た様で、円も少々刺々しい口調で言い返す。
「何よ。あんたも結局手も足も出なかったんでしょ!」
「なっ! 何だと!」
「何よ!」
激しく睨み合う両者を止めたのは、青桜学園のグランドの方から聞こえた爆音だった。
凄まじい突風が校門まで届き、鉄格子が軋む。四人の髪が乱れ、衣服の裾が激しく揺れる。遅れて流れてきた土煙に、四人は背を向け腕で目を覆う。
「クッ! 何だよ! 一体!」
「多分、五大鬼獣が暴れてるんでしょ」
愛の問いに答えたのは円だった。落ち着いた口調だが、多少焦りの様なモノを感じる。それ程までに五大鬼獣の力を思い知ったのだろう。
土煙がようやく収まり、彩が一目散に校門を潜る。それに遅れ、愛・円・武明と続いた。
目の前に広がる光景に、四人は漠然としていた。何が起こったのか理解できなかったからだ。グランドはメチャクチャに陥没し、そこに横たわっているのは守と晃、五大鬼獣の四体。そして、佇むのは背中から白銀の翼を生やした達樹と、不気味な雰囲気を漂わせる雷轟鬼。明らかにおかしいその状況に、いち早くサポートアームズを具現化する。
「テメェら! 何者だ!」
「クックックッ……。全く、次から次へと――」
達樹の口から漏れる薄ら笑いに、愛が蒼い銃の引き金を引く。乾いた銃声が数発聞こえ、青白い弾丸が空を貫く。螺旋を描き迫る弾丸を見据える達樹は、雷轟鬼に目で合図を送った。すると、雷轟鬼が弾丸の前に移動し、それを指で弾く。小さな破裂音だけを残し、弾丸は消滅した。
小さく息を吐く愛の背後では、いつ具現化したか分からないが双剣を構えた円が地を駆ける。それを援護する様に、武明が数本の鉄杭を投げ、呪文を唱える。
「吹き抜ける炎風は、止まる事無く全てを燃やす」
「呪文を使われるのは面倒だな……」
ボソリと呟くと、雷轟鬼が静かに頷く。右手を武明の方へと向けると、その手の平の中で稲妻が弾け圧縮される。雷轟鬼に向って駆ける円は、その視界を遮る為に切っ先を地面に付けた。土煙が上がり武明の姿がその奥へと消える。と、同時に雷轟鬼に向って円が切りかかった。