第九十四話 五大鬼獣 参戦
地上が揺れた。
衝撃が広がり、土煙が舞う。爆風が蒼い炎を周囲に広げ、周りの鬼獣を焼き払う。
爆風と炎から守と奈菜の二人を、体を張って庇う雷撃を迸る鬼獣。その背後にいつ来たのか、一人の女性が佇み、かざした右手が水の膜を生み出す。周囲を焼き払う炎を鎮火し、水蒸気が辺りを真っ白に包み込んだ。
霧状の中で皆が眼を凝らす。最悪の視界。聞こえる風の音。それは力強い翼の羽ばたき。一瞬で周囲に緊張が走り、上空へと視線が向く。が、白い霧を払った翼の羽ばたきは、達樹のモノでは無く、一人の少年の起こした羽ばたきによるモノだった。
小柄な金髪の少年が、背中から生えた翼を静かに羽ばたかせ、地上を見下ろす。
「おっかしいな? 本当なら、ここで電鋭がズドーンって、稲妻を落とすんだけど……まぁ、いいや。アハハハッ」
場の空気を読まず、楽しげに笑う少年は、ゆっくりと手の平に風を圧縮する。だが、それを制止する声が地上から響く。
「風童。やめんか」
「ゲッ、燃土。いたのぉ?」
いつの間にか現れた老人に、引き攣った表情を見せる。圧縮していた風を散布させ、何事も無かった様に頭の後ろで手を組み口笛を吹く。
燃土と呼ばれた老人は、ゆっくりと息を吐くと、静かに視線を女性の方へと向けた。
「水嬌。ソイツは何じゃ?」
「見ての通り。狼電よ」
サラリと受け答える水嬌と呼ばれた女性は、美しい銀髪を右手で撫でた。一方、狼電と呼ばれた鬼獣は、右前足を踏み込むと、威嚇する様に全身の毛を逆立てる。
「グルルルルッ!」
「クックックッ……。五大鬼獣まで、来てしまったか……。俺の完璧な計画が、丸つぶれだ」
「ヴゥゥゥゥッ……ヴゥゥゥゥッ……」
拳の下から聞こえてきた声に、喉を鳴らし息を吐く火猿。自らの身を焦がす蒼い炎が揺らめく。どれ程の戦いをしていたのか、その肉体には鋭利な刃物による切り傷が残され、薄らと血が滲んでいた。
白い息が口から漏れ、火猿の体が揺らぐ。鋭い光の線が右肩を貫きながら。
「グガアアアッ!」
「――!」
「――ッ」
「チッ! 生きたいなら、集中しろ! 一瞬たりとも気を抜くな!」
火猿の悲鳴の様な声が轟く中、狼電がそう叫ぶ。その声に、晃もフードを被った二人組みも気を張り、武器を構える。一方で、水嬌、燃土、風童の三人も目付きを鋭くし、悶える火猿の向うに視線を向けていた。
砕けた地面が崩れ、ゆっくりと体が起き上がる。服が多少燃え、その肉体が黒焦げた肌を露出する。右目に宿る金色の光。胸元で揺らぐネックレス。右手の中指のリング。左腕のブレスレット。いつ付けたのか不明だが、各々が美しい輝きを見せていた。
「クックックッ……。キミ達は……俺の怒りに触れた。大人しくしていればいいものを……」
『大人すれば、楽に死ねる。そういいてぇのか? 戯言を抜かせ!』
晃のサポートアームズ、キルゲルが皮肉たっぷりにそう述べると、失笑の後に冷やかな視線と感情の抜け切った声で答える。
「そうだ。人は何れ死ぬ。なら、楽な方がいいだろ?」
「ふざけるな! 人の死には意味がある。天命を全うし死ぬ者、誰かを守る為に死ぬ者。決して無駄に奪っていいモノじゃない!」
怒声を響かせる晃の額に、薄らと青筋が浮かぶ。奥歯が軋み、キルゲルを握る拳に力が篭る。今にも斬り掛かりそうな勢いの晃を、制止したのはフードの二人組みだった。いつ晃の横に着いたのか分からないが、一方は刀を、一方は右手を。
二人によって抑えられ何とか突っ込むのを留まっている。右手に込められた力を直に感じるキルゲルは、その身を風に包む。
不適な笑みを浮かべる達樹が右手をかざす。中指のリングが輝き閃光が晃の心臓に目掛けて突き進む。
「水嬌!」
「貴方に言われなくても分かってます」
水嬌が素早く右手をかざすと、水の膜が晃とフードの二人組みを包む。その光景を目の当たりにし、余裕の笑みを浮かべる達樹は、馬鹿にした様に、
「光の前で、水の壁など無意味だ」
「それは……どうかしら?」
甘く微笑む水嬌の視線に、達樹が気付く。悶えていた火猿が消えている事に。だが、その瞬間には水の膜が弾け、水蒸気が周囲を真っ白に染めた。
「ウオオオオッ! 殺す! 貴様は!」
血走った眼が一瞬だけ水蒸気の中で見え、閃光は白い霧の中に消えた。光は水蒸気の細かな水滴により屈折し、眩い光だけを晃達へと届けただけだった。
「クッ! 邪魔だ!」
左腕のブレスレットに右手が触れると、赤い光が左手の平に現れる。
「破壊しろ! 爆龍!」
「ヴオオオオオッ」
突如轟く咆哮。共に紅蓮の龍が地を抉り、砕石と土煙を巻き上げ白い霧へと突っ込む。
「何だアレ。あんな鬼獣ボク、見た事無いよ」
「舐めるな! 人間が!」
水蒸気の中で佇む火猿が、大きな手で龍の開いた口を掴む。咆哮を至近距離で受ける火猿だが、それに負けじと自分も大声を張り上げた。
「ヴオオオオオッ!」
「グオオオオオッ!」
両者の咆哮がぶつかり合う。だが、その気合と裏腹に、爆龍の勢いは止まらず、火猿の体が後方へと押されて行く。確りと地面に固定された両足の裏には、土が山になり詰まっており、爆龍の力の強さを表していた。
火猿と爆龍の二人を見据え、達樹が笑みを浮かべた。その笑みに気付いた者は居らず、達樹はヒッソリと次の行動へと移る。左腕に添えられていた右手がゆっくりとネックレスに触れ、今度は翡翠の光が生まれる。
「暴れまわれ。嵐蝶」
達樹の手が広げられ、現れる無数の蝶。羽が翡翠の光の粉を撒き散らし、空へと飛んでいく。目的は――。
「な、何だよぉ。こいつ等」
風童が悲鳴の様な声を上げる。周囲を囲むのは無数の嵐蝶。完全に孤立してしまった風童に、小さな羽を羽ばたかせる嵐蝶が一斉に襲い掛かる。鱗粉が暴風を生み、風童の小柄の体を襲う。
「グウウウッ……」
喉を鳴らす風童の体を鋭い風が裂き、血飛沫が地上へと降り注ぐ。切り裂かれながらも空中で体勢を保つ風童は、眉間にシワを寄せ頬を膨らませる。
「ウーッ! うざいんだよ! お前等!」
両翼を羽ばたかせ、手の平をかざすと、風が渦巻き吸い込まれていく。それは嵐蝶も例外ではない。渦の中へと吸収されていく嵐蝶達だが、そこで異変が起る。渦が小さくなり、風が静まっていた。異変にすぐさま気付いた風童は、かざした手を下ろし、その場を離れる。と、同時に激しい爆音と共に圧縮された風が周囲の物を破壊する勢いで波紋を広げた。
校舎の窓ガラスが一瞬にして全て砕け散り、校舎内に散乱する。人は居ないのか、悲鳴などの声は聞こえてこなかった。
「生徒は、いないのか?」
ボソリと呟く晃に、弓を持った方が答える。
「残念ながら、生徒を逃がしている時間はありませんでした。ですので、今はただ眠らせているだけです」
「そう……」
やはりボソリと答え俯く。唇だけが微かに動き、それに返答する様に右手の剣の水晶が光る。僅かに頷き、静かに息を吐く。瞼を閉じ、ゆっくりと開かれる。誰にも気付かれず、左足を一歩引き、両手でキルゲルの柄を握ると、その視線を達樹の方へと向けた。