表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーディアン  作者: 閃天
94/101

第九十三話 扉と鍵

 ゆっくりとそれは地上へと落ち、澄んだ音を響かせ、奇妙な力の波紋を町中に広げた。

 たった一瞬の波長が球体内に広がり、全てのモノに告げる。それが、ここ青桜学園にあると言う事を。

 そして、各地に散っていた力の全てが集結する。自らの欲を満たそうとする者、力を求める者。私利私欲の為に集まる鬼獣達に、青桜学園は囲われていた。空を覆うのは属性もバラバラの鬼獣。火を吐く奴が居れば、雷撃を迸る奴も居る。地上にも属性の違う多くの鬼獣が威嚇する様に喉を鳴らす。

 守との戦いを終えた晃は、僅かに息を吐き地面に刺さったキルゲルを抜く。周囲の異変と先ほど感じた波長に表情を強張らせる。疲労が見て取れる晃に、キルゲルは静かに口を開く。


『テメェ、自分のやるべき事を、忘れたわけじゃねぇだろうな』

「分かってるよ。僕のやるべき事は」

『なら、とっとと動け。時間はねぇ』


 乱暴な口調と厳しい言葉に対し、晃は穏やかに笑い頷く。


「なら、まずは――」


 細い刃を地スレスレに構え、ゆっくりと息を吐きながら足をくの字に折る。低空の姿勢から視線だけを久遠達樹の方へと向け、その背後に立つフードを被った奴を目視した。何も言わずただ視線を向けただけの晃は、唇を僅かに動かす。何を口にしたのか分からないが、その後に二度頷き瞼を閉じる。

 その背後で蠢く無数の鬼獣達が、恐る恐る間合いを詰める様に迫る。バラバラの足音と揺れ動く気配に、晃は小さく息を吐く。

 フードを被った二人は、晃と達樹を警戒しながらも周囲を囲う鬼獣を見回す。


「貴様、何をした」


 達樹の背後に立つ者が凛々しい声でそう聞く。だが、返答は無く、肩だけが揺れる。


『マスター!』

「――クッ!」


 サポートアームズの声で咄嗟にその場を飛び退く。それに遅れて、上空から降り注ぐ大量の炎弾が地面を砕き、土煙を巻き上げた。紅蓮の炎が揺れ、達樹の姿を見失う。小さく舌打ちをすると同時に脇差を構える。

 地面に転がる水晶を手に取った達樹は、不適な笑みを浮かべ、それを懐へと隠す。同時に無数の矢が達樹の体を襲う。先ほどのフードを被った連中の攻撃だろうが、今回は具現化された背中の大きな翼がそれを防ぐ。


「残念だけど、君らと遊ぶ程暇じゃないんだ」


 飛び立とうと翼で空を掻く。だが、それを許さぬ様に鋭い一撃が達樹を襲う。それは、紅蓮の炎と土煙を裂いた不気味な黒い影だった。表情が一瞬強張り、身を引きそれをかわしす。


「クッ!」

『達樹さん!』


 美しい女性の声で達樹が自分に迫る一つの影に気付く。


『おせぇんだよ!』


 乱暴な口調と同時に見せた晃の大人びた顔。白髪混じりの赤黒い髪が揺れ、赤みを帯びた黒い瞳が力強く達樹を見据える。右足が踏み込まれ、間合いが――思うより先に閃光一閃。疾風が駆け、白銀の羽が数枚散る。遅れて大量の血が地面へとドボドボと零れた。


「クッ……流石と、言う所か……」


 苦痛に歪む達樹の顔を見据える晃。その手に握られたキルゲルの細い刃には、血が付着していた。右肩から血が流れる。先程の腹部の傷もあり、その場に大量の血を零す。

 ゆったりとした剣の構えをする晃は、強い眼差しを変えない。一方で一つの足音が近付き、静かに声が聞こえる。


「貴様は誰だ」


 凛々しくも厳しい口調。晃を警戒しているのだろう。視線は達樹に向けたまま、晃も静かに答える。


「僕は桜嵐晃。隣り町に住んでる。そして、アイツを追って来た」

「そうか……」

『テメェらは誰だ? 怪しげな服装みてぇだが?』


 刺々しくキルゲルが尋ねる。答えは返ってこず、右手に握られた刀を静かに構える。装飾品の様に美しい刀。金色に輝く鍔に、刃の付け根に光る黄色の水晶が印象的だった。キラリと煌いた刀を構えず、真っ直ぐに達樹の方に視線を向ける。

 その時、悲鳴が響いた。


「キャッ!」

「皆川!」


 悲鳴に振り返ると、皆川奈菜が鬼獣に囲まれていた。ここに奈菜が居た事を忘れていた。それは、忘れては行けない事だったのに。奥歯を噛み締め駆け出す。それと同時に背後で不適な笑い声と、眩い光が――。光に包まれる世界。恐ろしい程の静寂に、光の世界が音を立てて崩れ落ちる。そして、聞こえるのは翼の羽ばたきと甲高い笑い声。


「クハハハハッ! 残念ながら、全ては俺の手の中に落ちた。鍵も扉も全て!」

「チッ! セイバー」

『残念ながら、我の刃は届かん』


 セイバーが静かに答えると、奥歯を噛み締め上空を舞う達樹に視線を送る。

 右手に握られた水晶が輝き、左腕には意識を失った奈菜が抱えられていた。眉間にシワを寄せる晃は、その姿を見据えキルゲルを下段に構える。


「行くぞ」

『無理だ。届くわけねぇだろ!』

「やってみなきゃ――!」


 晃は言葉を言い掛け、それを呑み込む。見えたからだ。黒い空に走った青白い光と轟々しく輝く一つの存在を。音も無く現れたそれは、一瞬にして晃の視界から姿を消し、眩い雷火と共に地上へと飛来した。それに数秒遅れ、轟々しい雷鳴を轟かせ、宙を舞う鬼獣と達樹を一瞬にして地上へと叩き落していた。


「グッ……な…何が……」


 何が起ったのか、理解する間も無く雷撃を受けた達樹は、地面に這い蹲り顔を上げた。左腕に抱えていたはずの奈菜の姿は無く、白銀の翼も黒焦げている。地上に落ちた無数の鬼獣達も弱ってはいるが、命に別状は無くゆっくりと体を起す。

 そして、その視線の先に輝く青白い雷光。銀色に輝く毛並みがその姿を勇ましく見せる。古傷の残るその体つきはしなやかで、鋭い眼差しの奥にギラつく赤黒い瞳が周囲の鬼獣をけん制する様にゆっくりと動き出す。

 足元に寝かされた奈菜。達樹に一撃加えた時に奪ってきたのだろう。全ての鬼獣をけん制した後、彼女の体を抱える様に背中に乗せ、静かに歩みを進める。

 あまりの光景に呆然とする晃。フードを被った二人も何が起ったか理解するのに時間が掛かっていた。


「クッ……俺の……邪魔を――」


 痺れる体を無理矢理起き上がらせた達樹の手の中で光が満ちる。それはやがて刃を形成し、剣と成す。鋭い切っ先、柄頭から伸びる提げ緒が金色に輝き、その先に水晶が煌く。深い呼吸の後、背中の翼を羽ばたかせ、突風を巻き上げる。砂塵が周囲を包み、晃も、フードを被った二人も、飛び立つ達樹を固唾を呑んだまま見据えた。

 走れば刃も届く距離だったが、それをしなかったのは、達樹が放つ異様な殺気が体を締め付ける様な錯覚を覚えたからだ。それにも関わらず、歩みを止めぬ一体の鬼獣は、奈菜の体を守の側へと置くと、ゆっくりと振り返り、空を見上げた。


「上には気をつけろよ」


 ボソリと口にした鬼獣の見据える先は、達樹ではなく、達樹の更に上空。蒼く燃える巨体の影。五大鬼獣の一人、火猿の姿だった。業火の如く燃え上がる炎が爆発する様に周囲に居た鬼獣を蒼い炎で包み、焼き払う。灰と炭だけが空から降り注ぎ、乾いた音が周囲に響く。やがて、その音も止み、静まり返ると、ゆっくりと火猿の口が開かれた。


「アレを……返せエエェェェェッ!」


 咆哮が達樹と、地上に居た者を襲う。地面が砕かれ、砕石が舞う。そして、蒼い炎を纏った火猿が彗星の様に地上へと落下する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ