第九十二話 守対晃
地面を転げ、土煙が立ち込める。
細身の剣を構え佇む晃は、静かに息を吐き土煙の中を見据える。静かに呼吸を整える晃は一度顔を伏せると、先程までとは正反対の穏やかな表情を見せた。
土煙の中で蹲る守。受身を取る事が出来ず、完璧なまで綺麗に膝を腹に受けてしまった。呼吸が出来なくなる程苦しく、すぐに体を起す事が出来ず、苦悶の表情を浮かべ立ち上がった時に、首元に切っ先を突き付けられていた。
「君が――火野守君か……。初めまして――ではないね。確か、会うのは三度目かな?」
「――うっ…ぐっ。……さ、ん……度目?」
苦しみながらも不思議そうに聞き返す。静かな空間の中、二人の視線が交わり、晃がゆっくりと頷く。
「そう。三度目だ」
彼の言葉に守は苦しいながらも思考回路をフル回転で働かせ、晃の事を思い出す様に脳内で時間を遡る。だが、どう思い出しても晃と会うのはこれが二度目、月下神社とこの青桜学園の二度。
深く長い息遣いの守は、ゆっくりと摺り足で右足を前に出すと、苦しそうな表情をしながらフロードスクウェアを下段に構える。切っ先が地面に触れ、フロードスクウェアが『イテッ』と声を上げた。しかし、その緊張感の欠けた声に守は反応しない。いつもの守なら一言何かあってもいいはずだが、それ程までに余裕が無いと言う事なのだろう。
沈黙し向かい合う二人。首元に切っ先を突き付けられながらも、全く退く様子を見せない守。一方、もの悲しげな瞳を向ける晃。そして、その二人を見据える奈菜と空中に舞う一人の男。男の口元には薄らと笑みが浮かび、二翼の翼が大きく空を掻く。
『どちらが、勝つと?』
「本命は、桜嵐晃かな。でも、俺的には――」
クスリと笑い、男は守を見据える。
守、晃の両者の呼吸が重なり、五回目の息継ぎと同時に刃が動く。予備動作無しに突き出された晃の突き。それを間一髪で守は避ける。刃が僅かに首を掠め、鮮血が滲む。表情が微かに引き攣るが、怯む事無く左足を踏み込みフロードスクウェアを――振る。切っ先が地面を抉り、砂塵を巻き上げながら刃が空を一閃した。
巻き上がった砂塵を真っ二つに裂いた鋭い一撃だったが、守の手に手応えは無い。僅かに切っ先に何かが触れたと、フロードスクウェアは感じたが、それを口にする事は無かった。
二人の合間に舞う砂塵を貫く細い刃。先程よりも鋭い突きを刃の腹で受け流す。
「クッ!」
『イテッ! 守! 何してんだ!』
「――遅い!」
先程と同じ様にくの字に曲がった膝が、守の腹を抉る。
「――ッ!」
身を退き直撃を避けた守だったが、晃の方が一枚上手だった。くの字に曲がった膝が一瞬の内に伸ばされ、守の顎を蹴り上げた。首が伸び、守の足が地上から離れ、地面に背中から倒れる。
地面に横たわる守の顔に、切っ先が向けられた。
――終焉。短く激しい二人の戦いは晃の圧勝で幕を引こうとしていた。仰向けのまま動かない守の右手に握られた大剣フロードスクウェアは、鍔の水晶を光らせ低い声で問う。
『目的は何だ?』
『テメェには関係ねぇ』
「止めろ。キルゲル」
『うるせぇ! テメェもテメェだ。とっとと――』
「僕等の目的はアレの回収だ。無駄な戦いは――」
『クフフッ……グハハハハッ!』
二人の会話を裂く様に笑い声が響き、晃とキルゲルが怪訝そうな表情を向ける。反響する笑い声が止み、殺気がゾワッと背筋を凍らせる。思わず右足を一歩退き、守の顔に向けていた刃を構えなおしていた。ほんの一瞬だが、殺されると錯覚した。
上空を舞う男もその殺気に気付いていた。体が僅かに硬直してしまう程の殺気に、先程までの笑みが消えていた。鋭い眼差しが向けられ、右手に光の結晶が現れる。
『た、達樹さん! まだ時は――』
「イヤ……今が、その時だ。今しか――ッ!」
達樹と呼ばれた男の声が途切れ、腹部から血が流れる。体が大きく傾き、地面へと落下した。爆音と衝撃が広がり、土煙が舞い上がる。
広がった土煙が守と晃の方まで届き、横たわる守の体を隠し、晃の膝下までを土煙が覆った。怪訝そうな表情の晃は、爆音の方へと視線を向ける。刹那、凄まじい風が吹き抜け、腹部に僅かな痛みを感じた。
「クッ!」
『晃! 正面!』
「――ッ」
衝撃が晃を襲う。咄嗟に振り抜いた細い刃は弾かれ、晃の体が地面を転がる。腕が痺れる程の衝撃に、晃の表情が強張った。
座り込む晃を見据える守。その目はいつもと違う、奇妙な印象があった。右手に握られたフロードスクウェアが、ゆっくりと持ち上がる。切っ先が天を向き、鋭い一撃が振り下ろされた。
「うおっ!」
素早く地面を転がり、それをかわした晃は、すぐさま体勢を整える。
『また来るぞ!』
「チッ!」
守の右足が踏み込まれ、右手のフロードスクウェアが振り抜かれる。太い刃が風を裂く。それに合わせる様に、晃も右足を半歩踏み込み、キルゲルを振り抜く。細い刃が太い刃と激しくぶつかり合い強い衝撃と爆風、火花を広げた。
「うくっ」
『晃!』
細い刃が地面へと突き刺さった。首元に突き付けられた太い刃に血が流れる。
「止めとけよ。僕に君と戦う理由は無い」
腹部に突き刺さった晃の右拳から力が抜ける。口の端から零れる血が、ボトリとフロードスクウェアの上へと落ちた。膝から地面に崩れた守の手からフロードスクウェアが落ち、重々しい不気味な音を立てた。その大剣はすぐに消滅し、元のネックレスへと戻った。守が意識を失ったから、そうなったのだろう。
小さく息を吐き、守の首に吊るされ揺れるフロードスクウェアを真っ直ぐに見据える。小さな赤い水晶が色あせていた。
「ハァ…ハァ……」
深く吐き出される息と共に、口から血が吐き出された。
地面に落ちた右膝に、右手が乗り、左手が腹部に刺さるモノを握る。染み出した血がそれを伝い、左手に触れた。
歪んだ表情と共に向けられた視線の先に、一つの影が浮かぶ。黒いロングコートを羽織り、フードを被った人物の手に弓が握られ、右手が矢を引いていた。光り輝く矢が、弓に埋め込まれた水晶に触れる。
『ウチ等の土地でこれ以上の悪さはやめて欲しい』
妙に落ち着き、それでいてのんびりとした口調。だが、その声に怒りが込められているのは分かった。
苦痛に表情を歪める達樹は、腹部に刺さった矢を抜き、それを握り締め不適に笑う。
「君らは、傍観者のはずじゃなかったかな?」
「違う……。私達は、監視役――ただ、それだけ」
「人はそれを、傍観者と呼ぶん――ッ!」
いつの間に背後に忍び寄っていたのか、後ろから首筋に刃を当てられていた。刀身は短めの脇差と言った所だろう。息を呑み、視線を僅かに後ろに向ける。背後に居る者も、目の前に立つ者同様、黒いロングコートに身を包み、フードを被っていた。僅かに見える黒髪が、静かに揺れ凛とした落ち着きのある声が耳元で聞こえる。
「傍観者……。そう呼ぶのは、構わない。だが、私達は傍観者である前に人間だ。これ以上は――」
『……マスター。我等はあくまで監視役だ。これ以上の言葉は無用』
淡々とした口調でそう述べたのは、彼女のサポートアームズ。低く渋い声。それが、達樹に引き攣った笑みを作らせた。
前方には矢を向ける者。後ろには首筋に刃を当てる者。完全に身動きを封じられた達樹は、何かをポケットから落とした。球体の水晶の様な綺麗な美しい輝きを放つ――それは、サポートアームズに付く水晶によく似た――モノだった。




