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ガーディアン  作者: 閃天
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第九十話 一人じゃない

「何よ……これ」


 目の前に広がる光景に、愛が驚きの声を上げた。

 大量の血痕と砕かれた道路。瓦礫と化した建物。

 ここで何があったのか想像できないが、誰かが負傷しそれでも戦っているのは分かる。散ばった血痕がまだ生暖かい。

 右手の人差し指でそれを確かめた愛は、怪訝そうな表情を浮かべ周囲を窺う。先程飛んできたのは、その戦闘の流れ弾と言った所だろう。複雑そうな表情を見せる愛は、右耳のセイラに言葉を投げかける。


「何か感じる?」

『近くで強い気配を感じるわ。でも……』

「でも、何?」

『一つの気配が消えかかっているの。結構ヤバイ状況よ』


 セイラの言葉に真剣な表情を見せる愛は、左手で指鉄砲を作ると、静かに息を吐き心を静める。そして、右手で一枚のカードを取り出すと、無言のままそれを空へと放った。


「セイラ!」


 愛の叫び声と共に、背中に大きな翼が開かれ、突風が周囲に吹き荒れる。羽ばたきと共に宙へと舞い上がった愛は放ったカードに指鉄砲を向け、


「来たれ! 蝉風せんぷう


 指鉄砲の先から青白い光りが放たれ、宙を舞うカードを貫く。光りが弾けカードが消滅し、無数のセミが空へと散ばる。重なり合う耳障りな鳴き声に、僅かに青筋を見せ隠れさせる愛は、引き攣った笑みを見せると、右手に作った指鉄砲をセミの方へと向けた。


「うるせぇ! てめぇら、とっとと周囲を調べてきやがれ!」


 指先に青白い光りを集めそう叫ぶと、宙を舞うセミ達は慌てた様に周囲に散ばった。小さくため息を吐いた愛は、翼を羽ばたかせながら空中を優雅に舞う。周囲に戦闘をしている様子は無いが、戦闘している気配は感じる。何処で戦っているのか、それすら分からなくするほどの強い気配に、冷や汗ばかりが流れていた。

 そんな愛の気持ちを悟ってか、セイラは静かに問う。


『怖い?』

「そ、そんなんじゃないわ。ただ――」

『別に恐怖を感じる事を恥じる事は無いわよ。誰だって死ぬかも知れない戦いは怖い。ワタクシだって、貴女を失ってしまうかもと思うと、怖くて仕方が無いもの』


 微かに震えるセイラの声に、愛は優しく答えた。


「ありがとう。でも、私は大丈夫」

『……愛ちゃん』

「安心して。別に怖くないって強がってるわけじゃないから」

『じゃあ、どうして?』


 不安そうな声に、愛は瞼を数秒閉じ落ち着いた口調で、


「皆がついてる。セイラも、ヴィリーも居る。晃やキルゲルだっている。少し前までの私だったら、きっとこんな事言えなかったと思う。私は一人じゃない。だから、こんな所では死なない」

『愛ちゃん――……。大人になったね』

「う、うるさい!」


 恥ずかしそうに顔面を真っ赤に染めた。

 二人が黙ると、周囲は静まり返った。翼の羽ばたき。それがとても大きく聞こえ、巻き上げる風が瓦礫を崩す。瓦礫の崩れる音すら掻き消してしまう翼の羽ばたきに混じり、微かにセミの鳴き声が聞こえた。それが合図だった。

 激しい爆音が轟き、地上が揺れる。巻き上がった土煙が視界に入り、そこから一匹のセミが飛んで来た。


「あそこね」

『気をつけて。何か不気味な感じがする』

「えぇ。さっきみたいなへまはしないから」


 鋭い眼差しと強い意志を胸に、愛は一匹のセミに導かれ、その場所へと急いだ。



「ハァ…ハァ……」


 荒々しい息遣い。口から滴れる赤い液が、地上へと落ちる。赤く染まった長い白髪から滴れる血液。右腕に握った刀は刃を折られ、額から突き出た角にも亀裂が走っていた。左肩口から裂けた衣服。白い肌があらわになり、それを血が赤く染める。

 傷は深く、息をする度に揺れる肩から血が溢れていた。


「もう、諦めたらどうじゃ?」


 渋い声に、不適な笑み。何も言わずそれを見据える女性は、自らを落ち着かせる為に、静かに白い息を吐いた。

 弱々しく輝く水晶。刃を砕かれ既に具現化を保つのもギリギリの状態で、サポートアームズが声を発する。


『氷神様……だいじょう……ぶ……ですか』


 途切れ途切れの言葉に、氷神が僅かに頷いた。殆ど虫の息の状態に、彼女のサポートアームズであるヴェルは危機感を感じる。このままでは何れ氷神は死を迎えてしまうと。ボロボロの肉体に、鬼獣化した影響で精神的にも既に――。

 ヴェルの心配を他所に、鋭い眼差しを変えない氷神。口元に見える小さな牙も既に元に戻りつつあった。血を流しすぎた為か、視界が霞む。目の前に対峙するその人物の姿も薄らとしか見えない。それでも、鋭い眼差しを変えず、相手の顔を睨み付ける。


「フォッフォッフォッ。まだ、そんな目が出来るのかのぅ。これ程まで力の差を見せ付けても尚、挑むと言うのなら――」


 言葉が途切れ、伏せていた老人の目が開かれる。鋭く鋭利な目付きに、ブラウンの瞳が殺気を帯びていた。圧倒的な威圧感に氷神は一歩足を退く。

 直感が危険だと告げる。その場を離れろと脳が指令を送る。だが、動き出すより先に、倍以上に膨れ上がった老人の右腕が地面を抉った。瓦礫と共に氷神に迫る拳。動き出しの遅れた氷神に、それをかわす術は無く、瓦礫と拳を体に受け空中へと投げ出された。


「ぐうっ」

「まだまだじゃ」


 声と同時に左拳が氷神の体を地面へと叩き付けた。


「ぐはっ!」


 地面が砕け陥没する。口から吐き出された血は宙を舞い、氷神の体は地面に減り込む。全身から力が抜け、完全に動きを停止した氷神を見据え、静かに拳を持ち上げる。具現化されていたヴェルは水晶だけの姿になり、鬼と化していた氷神の姿も普通の女性の姿へと戻っていた。

 血塗れの白装束。弱々しく上下する胸。

 静かに息を吐いた老人は、その肉体を元の姿へと戻す。これで、全てを終わらせた。そう思ったからだ。だが、その瞬間に轟く銃声。弾丸が老人の額を貫き、地面へと突き刺さった。

 空から降り立つ愛。背中の大きな白翼の羽ばたきが風を巻き上げ、砂煙を舞い上がらせる。


『愛ちゃん。相手は五大鬼獣よ。気をつけて』

「分かってる。それより、彼女は?」

『大丈夫そう。衰弱してるけど――』

「そう。なら、私達でどうにかするしかないみたいね」


 表情はいつになく真剣だが、体は僅かに震えていた。それは、彼女のサポートアームズであるセイラやヴィリーだけが感じる程の僅かな振るえだった。彼女が感じる恐怖。それは、火猿と対峙した時とは比べ物にならない程の恐怖だった。足が竦み、ここからすぐ逃げ出したい。

 再生されていく相手の顔を見据える。口元に浮かぶ笑みが、不気味で更に愛の恐怖心を掻きたてる。

 背中に具現化されていた白翼が消え、右手に一丁の蒼い銃が具現化された。その銃口が真っ直ぐに老人へと向けられ、愛の唇が静かに動く。


「私は雪国 愛。これ以上好き勝手させない」

「フォッフォッフォッ。強がらなくともよい。お嬢さん。ワシとて、無駄に戦いとうわけじゃない」

「なら、そこを動くな。すぐに終わらせる」


 力強い眼差し。トリガーに掛かった指が、静かにそれを引く。甲高く響く銃声。弾丸が老人の左肩を貫き、続け様に間接を打ち抜いていく。だが、老人の体は何事も無い様に再生を続け、愛の前に立ちはだかった。

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