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ガーディアン  作者: 閃天
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第八十一話 共喰らい

 シトシトと落ちる赤い液が、路面を赤く染める。

 静寂が周囲を包み込み、三日月型の大鎌は瓦礫に切っ先を沈めていた。

 軽い足音が一つ、大鎌に近付き、長い柄の先を真っ赤な手が握り締める。瓦礫が崩れ、切っ先が姿を見せた。美しく煌びやかに輝くその刃を一振りし、静かに辺りを見回す。腰まで届く長い黒髪が揺れ、赤い瞳が後方に立つ電鋭を見据える。


『消え……た、様に見えた』


 優花の声でそう述べ、自分の右手に目を落とす。右手には血がベッタリと付着しており、それを舌で舐める。


『フム。中々の味。しかし、我満足出来ぬ。血を欲する』


 大鎌を器用に回転させる。鋭い風切り音が響き、突風が吹きぬける。

 右膝を地に落としている電鋭は、その優花の姿を真っ直ぐに見据えていた。左肩から溢れる大量の血が腕を伝う。肩を貫かれた。優花の右手によって。それは、全く予期していなかったもので、電鋭も逃げるのにワンテンポ遅れた。その為、肩に一撃貰ってしまったのだ。

 険しい表情を変えず、深々と呼吸を繰り返す。息を吐く度に左肩から血が溢れ、衣服を一層赤く染める。


「くうっ……。まさか、共喰らいだったとは……。あの目を見て気付くべきだった……」

『共喰らい? 笑止。我、望むは鮮血のみ』

「黙れ。寄生虫。貴様等など、所詮人の体を蝕む事しか出来ない下等な連中」

『下等? 笑止。下等は貴様等だ。人を襲い血肉を貪る。生きる為とは言え、その行為は万死に値する』

「万死だって? 可笑しな事をベラベラと……。あんまり、調子に乗らないで貰いたいね」


 表情を僅かに引き攣らせながら立ち上がる。右腕で稲妻が迸り、槍が鮮やかに空を舞う。手も触れずに回りだす槍を見て、バカにする様な笑みを浮かべる優花は、右手に持った大鎌を頭上に投げる。空中を優雅に舞う大鎌が、静かに優花の顔の横を通り過ぎ地面に突き刺さった。と、同時に周囲に突風が吹き荒れ、美しい黒髪が舞い上がる。


『我、本領発揮。貴様を抹消する』

「抹消? 出来るのかな?」

『……参る』


 優花がそう述べると、左腕に大柄な刃が姿を現す。左腕を包み込み、体と一体となったその刃は、緩やかに風を纏い時折高音の音を響かせる。その刃の矛先を静かに電鋭の方へと向け、右手で大鎌の柄を握り締めた。直後、瓦礫を蹴り電鋭との間合いを一瞬で詰める。


「くっ!」


 咄嗟に槍を握り刃を受け止める。衝撃と甲高い音が響き、地面が砕けた。思わぬ衝撃に仰け反る電鋭の首筋にヒヤリとしたモノが当る。その瞬間、前髪に隠れた右目があらわになり、電鋭の姿が消えた。空を切った大鎌をピタッと止めた優花は、振り返り静かに笑う。


『ククククッ。ネタは解消。我、次は逃さん』


 金色の瞳を見据える優花の赤い瞳が、不気味な輝きを放つ。それと同時に左腕の刃が更に刃を震わせ、高音の音を響かせる。高音の音が周囲に振動を広げ、次々と瓦礫を破壊していく。

 膝を落とし荒い呼吸を繰り返す電鋭の首筋からは血が滲む。


「うっ、くっ……。ハァ、ハァ」

『息切れ。笑止。これが、五大鬼獣の実力か?』

「ふざけた事を抜け抜けと……」


 奥歯を噛み締める電鋭は、静かに右拳を握り締め、深く息を吐き立ち上がる。右手に握った槍を構え、正面に佇む優花を真っ直ぐに見据えた。

 大鎌を器用に回転させる優花は、左手の刃で空を一閃する。斬撃が地を裂き、空を貫き電鋭へと迫る。右手に握った槍を振り抜き斬撃を受け止めた。稲妻が迸り、斬撃が砕ける。それと同時に、目の前に現れた優花の左腕が振り下ろされた。咄嗟に後方に飛び退き刃をかわすが、それに合わせる様に大鎌が背後から首筋を目掛け引かれる。素早く槍を背中に沿わせそれを防いだ。


『ククククッ。中々。しかし』


 左腕を引くと、その矛先を電鋭へと突き出した。


「ぐああああっ」


 悲鳴と飛沫が飛ぶ。鮮やかな真っ赤な飛沫が、地面に散乱し優花の綺麗な顔に血痕を散りばめた。


『クククッ。もう、その右目は使えん』


 切っ先が抜かれ、電鋭の右目から血が涙の様に溢れる。金髪の髪で傷は隠れているが、確実に切っ先は電鋭の右目を抉っていた。その証拠に左腕の刃の切っ先には血がベタリと付着している。

 左手で右目を抑える電鋭は、左目で優花の姿を睨み距離を取る。しかし、片目だけだと上手く距離感が掴めず、バランスを崩し横転する。その無様な姿を見据える優花は、不適に微笑み静かに口を開く。


『無様な格好だな。五大鬼獣』

「うぐっ……。貴様、何故……」

『その目の事か?』

「貴様……知っていたのか……」


 苦痛に表情を歪め、苦しげに息を吐いた。五大鬼獣である自分が、ここまで追い込まれると思ってもいなかった。不測の事態が起きた、それが一番の要因だ。そして、もう一つ電鋭が追い込まれる要因となったモノがあった。それは、五大鬼獣としてのおごりだ。誰よりも強いと自負があり、それが祟った。

 右目を奪われ、攻撃を避ける術を失い、同時に距離感を奪われた。今、優花との距離がどの位なのか、射程距離はどれ位なのか、それだけが頭の中を巡り巡る。

 そんな電鋭に向って優花が走り出す。距離感の掴めない電鋭は、ぎこちないバックステップで距離を取る。だが、次々と繰り出される左腕の突きが電鋭の体を蝕んでいく。


「ぐっ!」


 甚振る様に皮膚を掠めていく刃。血が霧状に飛び散り、周囲に散乱する。首筋、右肩、二の腕、脇腹、太股、脹脛ふくらはぎと、次々と刃に傷付けられていく。傷口が広がり更に血が溢れる。

 刃を防ごうと槍を振るうが、距離感が掴めず無常に空を切るだけだった。

 電鋭の振るう槍が空を切り、優花の突き出す刃が肉を裂く。繰り返されるこの行為に、ついに電鋭の足も止まる。溜まりに溜まった疲労がそうさせたのだろう。両肩を激しく上下に揺らし、苦しそうに呼吸を繰り返す。


「ハァ…ハァ……」

『息切れか? 期待外れだ』

「黙れ……」

『フム。流石、五大鬼獣。死を目前にしても尚、強気の態度。感服した。その敬意を示し、苦しめずに殺してやろう』

「そうしてもらえると……ありがたいね」


 観念した様に深々と息を吐いた電鋭は、右手に握っていた槍を消した。既に槍を具現化する程体力に余裕は無かった。そして、これ以上五大鬼獣としての自分の名を汚したく無い、と言う思いもあった。自らの驕りが生んだ敗北。それを認め、死を受け入れる覚悟をした。

 大鎌が首元に添えられる。三日月型の刃が美しくも不気味に煌き、


『眠れ。永遠に――』


 柄が引かれ血飛沫が空を彩った。だが、それは電鋭の血ではなかった。


「貴様――」

「悪いが、それ以上優花の体で遊ばせねぇぞ。クズ野郎!」


 右腕に纏った漆黒の鱗が刃を抑え、額から流れる血が地上へと落ちる。体中傷だらけで、右耳のひび割れたピアスが不気味に光を帯びた。


『――ガッ! ……ガガガッ』


 雑音が響き、ピアスの水晶が光を失った。

 奥歯を噛み締める大地は、左手でピアスを取り、ボソリと何かを呟いて地面へと落とした。静かにゆっくりと地上へと落ち行くピアスは、地面に降り立つその前に消滅した。


「グラットリバー……」

『分かった』


 右手の甲に埋め込まれたオレンジの水晶が光を放ち、漆黒の鱗が右腕を侵食する。

 驚いた様子の電鋭は言葉を失い、ただ大地を見据えていた。その視線に大地が気付き、視線を電鋭の方へと向ける。


「勘違いすんな。俺はテメェを助けるんじゃねぇ。これ以上、優花の体で暴れさせないだけだ。これが終わったら、次はテメェの番だ」


 ドスの利いた声に、鋭い眼光。それを見て、電鋭が弱々しく微笑み「ああ。分かっている」と告げた。

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