表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーディアン  作者: 閃天
81/101

第八十話 降臨(めざめ)

 刃が空を切る。

 もう何度目だろうか。その大きな三日月型の刃が空を切ったのは。

 切っ先がコンクリート片を真っ二つに裂き、地面を砕く。

 軽快なバックステップを見せ付ける電鋭。右手に握られた両端に刃の付いた槍を回し、慎重に間合いを測りながら一定の距離を保つ。

 優花もまた電鋭との間合いを測り、少しずつ距離を縮めていく。徐々に刃が電鋭に迫る。

 刃を振る度に鋭い風音が鳴り、疾風が吹き抜け電鋭の黒髪が揺れる。

 赤い瞳が電鋭を見据え、三日月型の刃が地面を抉り切り上げられた。切っ先が僅かに電鋭の前髪を掠める。黒髪が二人の間に散り、穏やかな金色の瞳が優花を見据える。

 刹那、いつしか向きの変わった刃が電鋭に向って振り下ろされていた。予測していた事だったが、あまりにも速い切り替えしに、電鋭の反応が遅れ、諦めた様に目を伏せる。右手に持った槍で受け止める気が無いのか、静かに左手で右目を覆う髪を掻き揚げた。

 甲高い乾いた音が周囲に響き、柄から伝わる振動が体中に駆け巡る。


『えっ、えっ、エェェェッ。ど、どうなってるの!』

『野郎。消えやがった』


 驚きの声を上げるシェイドネリアとキファードレイ。確実に刃が当るはずだった。しかし、そこに電鋭の姿は無い。切っ先が触れる直前、その姿が煙の様に消えた。突然の事に困惑する二人に対し、優花は冷静だった。

 地面に刺さった切っ先を抜く。地面が砕け乾いた音が僅かに聞こえた。口から吐き出される吐息が荒い。流石に疲れていた。あれだけ大鎌を振ったのだ、疲れて当然だ。だが、結局一発も当らなかった。これが、五大鬼獣。普段戦っている鬼獣とは天と地の差だ。動きのキレも、堂々たる態度も、その隠された能力も。全てが規格外だった。


「ハァ…ハァ……」

「お疲れの様で。そろそろ、武器を退いてもらえると嬉しいな」

「ハァ…こ、こと……わる」


 眼差しは強く電鋭を見据える。小さくため息を漏らす電鋭は、静かに首を振り槍を地面に突き刺す。そして、大きく手を広げ、


「どうして、分かってもらえないのだろう。私は、あなたの事をこんなにも想っているのに……」


 甲高く大声で述べる。

 その声に、シェイドネリアは震えた声で言う。


『ううっ……寒気が……』

『ケッ。何が想っているだ』

『何処にでもいるんだよね。ああいう台詞吐く奴って』


 シェイドネリアとキファードレイの率直な意見に、電鋭が微笑む。背筋に走る寒気に、優花は一歩足を引く。

 空気が変わる。その瞬間を優花は肌に感じた。今まで大らかだった電鋭のオーラに、僅かに殺気が込められる。遂に本気になったのだろう。そう確信し、優花も意識を集中する。周囲に気を配る優花は、ふと気付く。先程まで地面に突き刺さっていた槍が消えた事に。

 おかしいと思うが、それよりも電鋭の動きに目を向ける。何をするつもりなのか分からないが、とても嫌な予感がする。


「フフフッ……。私は知ってる。あなたがどうして退かないかを」

「……何の――!」


 言葉を言い終える前に、優花は言葉を呑む。奴の目的は初めから――。


「それじゃあ。消えてください」

「止め――」


 スッと右手を上げると、雷光が空を裂く。眩い光が全てを消し去り、轟音だけが周囲を包む。眩い光に瞼を閉じた優花の耳に、ビルの崩壊する音が微かに聞こえた。全ての音が鳴り止み、暫しの時が過ぎる。電鋭が近くに居るのか分からないが、優花はまだ瞼を閉じていた。

 風が優しく髪を撫で、瓦礫の崩れる音に体がビクッと反応した。恐る恐る瞼を開く。瓦礫が山となり目の前に広がる。

 膝から崩れ落ちる優花は、両手を地に下ろし両肩を小刻みに震わせた。大地が居たはずのビルも藻屑と化し、全てを失った。そのショックは大きく、優花は戦意を失う。その視線の先に、割れたイヤリングが一つ転がっていた。

 視界が滲む。手から零れたキファードレイが、その姿をとどめられなくなり、ネックレスへと戻った。


『お、オイ! テメェ、確りしやがれ!』

「……ごめん」


 弱々しく返答する。戦意を失った優花の姿に、電鋭は穏やかな笑みを見せ、静かに歩みを進めた。


「どうです? まだ戦いますか?」

「……」


 放心する優花は反応を示さない。キファードレイもシェイドネリアも言葉を呑み、ただ電鋭を見据えるだけだった。

 静かに時が過ぎ、風が優しく吹き抜ける。穏やかな表情の電鋭は、優花の正面に腰を下ろし、静かに口を開く。


「返答しないと言う事は、戦意喪失と見ていいのかな?」

「……」


 やはり返答は無い。小さく頷いた電鋭は、クスリと笑うと踵を翻し、静かにその場を去っていく。

 その後姿を見据える優花は、右目から涙を一筋零した。赤い瞳は一層赤くなり、目頭が熱くなる。だが、涙が零れたのはそれ一滴だけで、それ以上涙は出ない。霞む世界に弱々しく瞼を閉じた。闇が全てを包み込み、優花は静かに地面に倒れた。

 ほんの数十秒程の時間が、優花には長く感じられ、闇の中を彷徨う。そんな中、一際大きく輝く光が優花の前に現れる。不気味な青白い暖かい光。闇から救う様に、光が優花を包み込む。その奥で声がする。気味の悪い不気味な声が――。


『望め――……力を――。望め――……強さを――。望め――……』


 繰り返される言葉に、優花は静かに口を開く。


「誰?」


 静かな声に、不気味な声が言葉を告げる。


『力が欲しくば願え。力が欲しいと。願え。全てを破壊したいと』

「あなた、何を――」

『解放て――……願え――……力を――……強さを!』


 眩い光が視界を遮り、優花は意識を失った。



 動かなくなった優花の微妙な変化に、キファードレイがいち早く気付く。微かに漂う殺気が、全ての空気を変える。優しく流れていたはずの風が静まり返り、突如静寂が周囲を包む。

 異様な空気に電鋭も気付き足を止める。背後から感じる威圧に、電鋭の額から一筋の雫が流れた。右手の指先にバチッと電撃が迸り、雷光が空を裂く。それは、電鋭が意として行ったものではなく、咄嗟に出た自己防衛だった。だが、眩い光を発しただけで、雷撃は何かの力により消滅していた。


「ど、どういう――」

『クククククッ。久方ぶりの空気だ。我ここに降臨する』


 不気味な声が周囲にこだまし、突如鋭い風が吹き荒れる。地面が、瓦礫が、壁が、風によって生じた刃により切り裂かれる。その刃は電鋭の体をも襲う。皮膚が裂かれ赤い液が滲む。


「クッ」


 奥歯を噛み締め、拳を握る。微弱な電流が右腕に集中し、槍を手の中に生成していく。余分に電撃を放電した所為か、先程よりも生成に時間が掛かっていた。

 通常二、三秒で終わるはずの柄の生成が十五秒掛かり、今も尚刃を生成している途中だ。漂う殺気と、ただならぬ気配に僅かながら表情を強張らす電鋭は、静かな口調で問う。


「貴様は誰だ? 彼女はどうした?」

『クククククッ。再びこの地に立てる事。汝に感謝しよう。我、レイドフェレス。汝の鮮血を欲す!』


 突如右手に具現化された大鎌が、回転し宙を滑空する。スピードはそれほどまで無いが、風を裂き不気味な音を奏でるその大鎌に、電鋭は視線を奪われていた。その刹那、何処からともなく突風が吹き抜け、鮮血が飛び散った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ