第八話 晴天 割く 蒼い閃光
静けさ漂う校舎裏。日陰の為少し暗く、湿っぽい。この高校はすぐ裏手が森になっており、校舎裏には森に入られないようにと、高いフェンスが作られている。それは、殆ど二階に届くほどの高さで、まずこれを登って森に行こう何て考える奴は居ない。昔は、フェンスなど無くよく生徒がサボるために、森の中に入って行ったらしいが、その度に行方が分からなくなり、人さらいの森とも呼ばれている。それが、誠かどうかは今となっては分からない。
そんな人目のつかない校舎裏へとやってきた守は、ふと足を止め足元を見据える。暫く黙っていると、壁の向う側から声がする。ここは、丁度科学室の裏手に当たる。きっと何かの実験でも始めるのだろう、換気扇が五月蝿く鳴り響き、悪臭などが漂い始める。そう、ここは、実験で使う薬品の悪臭が、漂う所でも有名なところだ。その事を思い出した守は走り出す。
『どうした? 立ち止まっていたかと思えば急に走り出して』
「あの場所って、結構不良って言うか、怖い顔の人がタバコ吸う為に集まる場所なんだよ」
ニコニコとフロードスクウェアに説明する。あそこは、不良のたまり場としても有名で、恐喝・喫煙・挙句酒を飲む者も居るとか。何で、そう言う連中がこの高校に受かったのかは不明だが、教師達はそれを見て見ぬフリをするため、普通の生徒達も近寄ろうともしない。守もその一人だ。そんな守に、フロードスクウェアは問う。
『それで、どうして急に走り出す。まさか、そいつ等が怖いのか?』
「う〜ん。まぁ、非暴力主義の俺としては、あんまり出会いたくは無いかなぁ」
そう言って苦笑する守は、頭を掻きながら立ち止まる。科学室の裏手から随分と離れた守は、校舎裏の逆サイドまでやってきた。ここは、丁度トイレ裏で守はよくここから校舎に侵入している。ついでに、ここの掃除の担当は守のクラスだ。だから、守はいつもトイレの窓の鍵を開けたままにしている。そんなトイレの裏で立ち止まる守は、悩んでいた。それは、道が分かれているからだ。真っ直ぐ行けば運動場へとでる。左の坂道を下れば電力室にでる。電力室とは、この高校の電気を全て管理する所だ。その為、一応一時間交替で警備員が警備をする。流石にそこに行けばサボっているのがばれてしまう。そう考える守はボソッと呟く。
「さて、困りましたな。これは、どっちに行ってもサボりがばれてしまいますよ」
分かれ道で足を止め考え込む守は、運動場の方をチラリと見る。竹刀を持ち少しふっくらとした体型の教師(体育教師としては古典的な)が、ドスの効いた声で怒鳴りつけ、竹刀で地面を激しく叩く。目を細めて表情を引き攣らせる守は、半笑いを浮かべて「うん。無理」と、呟く。『何がだよ』と、軽い口調で言うフロードスクウェアは、微かに鬼獣の力を感じる。
守のクラスでは、只今数学の授業真っ最中。窓際一番前に座る彩は、ふと窓の外に目をやる。運動場で何度もグランドを走らされる生徒を、頬杖をつきながら見据える。静かな教室とは打って変わり、五月蝿く怒鳴り散らす声が運動場から響く。『大変そう』と、思う彩はふと教室内に目を向ける。後ろを見回すが、大半は睡魔に負けノックアウト。ちゃんと授業を受けているのは、意外と少ない。弱々しい感じの数学教師は、そんな生徒達を叱る事も出来ず、黙々と教科書を読みながら黒板に公式などを書き出してゆく。
「私も、守と一緒にサボればよかったかな……」
ボソッと小さな声で呟く彩は、ため息を吐き机にうつ伏せになる。もちろん、この声が聞えたのはウィンクロードだけだ。まさか、午後の授業一発目が数学だったなんてと、思う彩は眠そうに欠伸をする。そんな彩に、ウィンクロードは聊か不満そうに言う。
『彩様。私はどうも、彼が嫌いです』
「彼って――。フロードスクウェアの事?」
微かに首を傾げ、そう呟く彩はウィンクロードを右手に乗せて真っ直ぐ見つめる。小さな杖の頭についた水晶が光、ウィンクロードの声が聞える。
『いえ。守殿です。確かに、階段から落ちた時は助けていただきましたが、元々はあちらがぶつかって来たせいで落ちた訳です。助けるのは当たり前かと。それに、フロードスクウェア殿をちゃんと管理できないなんて、ガーディアンとして最低です』
「何か、厳しくない? 守に対して」
『いえ。私はいつもと変わりませんよ。それに、彼のせいで狼電(電気を纏った鬼獣の名前)を逃がしたんですよ! 早く見つけて封印しなければ、何れ大変な事になりかねません』
「そうだよね。でも、あの時はどちらかと言えば、私の方が助けられた様な感じもするけど……」
鞘がそう言って俯いたその瞬間、稲光が眩く辺りを包み込んだ。直後に青い空に蒼い稲妻が一閃し、轟々しい雷鳴が鳴り響く。それと、同時に校舎内の電気が一瞬にして消える。流石に、眠っていた生徒達もこの音に飛び起き騒ぎ出した。
「な、何だ! 今の音!」
「落雷だ! 雷が落ちたぞ!」
「エッ! 嘘! こんなに晴れてるのに!」
口々に窓際に集まる生徒達は、雷が落ちたと思われる電力室の方に顔を向ける。電力室の方からは、薄らと黒煙が上り、周りの木々から少し火の手が上がっていた。電力室の方に目をやる彩は、先程の稲妻の事を思い出し、鬼獣があそこにいる事を確信する。フロードスクウェアの言った事が正しかったと、ウィンクロードは後悔するがすでに手遅れだ。席を立った彩は数学教師の目の前を通り過ぎ教室を出る。すると、数学教師が焦った様に言う。
「水島さん! どちらに――」
「すいません。ちょっと、トイレに……」
頬を赤く染め恥かしそうにそう言う彩に、数学教師は弱々しく「そうですか」と、言った。廊下に出ると、すぐ彩は走り出す。だが、ウィンクロードを責める事は無く、すぐに鬼獣を封印できる様にウィンクロードを大きくする。右手に持つウィンクロードに、彩は少々表情を強張らせながら問う。
「ウィンクロード。あの雷撃って、狼電のもので間違いない?」
『はい。あれは狼電のもので間違いございません。すいません。完全に私のミスです』
「いいのよ。気にしないで。それより、もしかすると、守とフロードスクウェアが会ったのかも知れない。急がないと」
『そうですね。今の彼等は戦力外。力を蓄えた狼電などと戦えばただじゃ済まされませんよ』
「あう〜っ。私が待ち合わせに遅刻しなければ、こんな事にならなかったのに〜」
そんな事を叫びながら、彩は全速力で電力室に向った。
稲妻の落ちた電力室の前。黒く焦げつつある電力室の壁は、黒煙が上り窓は砕け散っている。周りの木々は少々燃えている所もあり、焦げ臭い。地面の所々が黒く焦げ黒煙が上がり、落雷の凄さを物語っている。そんな電力室から少し離れた場所にうつ伏せに守が倒れていた。ピクッと微かに指が動き、守が勢いよく顔を上げた。「ゲホッ、ゲホッ」と漂う焦げ臭いに守はむせ返りながらも、立ち上がりゆっくりと空を見上げる。
「ビックリだ……。まさか、こんなに晴れてるのに、落雷するとは……。恐るべき、鬼獣の力ですな」
『お前、案外冷静だな』
「そんな訳無いですよ〜。膝なんて笑っちゃってますから。ハハハハハッ」
笑いながらそう言う守は何度か膝を拳で叩き震えを止める。落雷は突然の事で、間一髪でかわしたがフロードスクウェアに『危ない』と、言われなければ、多分守は丸焦げになっていただろう。そう考えると、恐ろしく足が震えて当然だ。少し焦げた制服の袖からは、微かに煙が上がっており、守はそれを見て更に身を震わす。
『しかし、あいつ。更に力を蓄えたみたいだな』
「はうう〜っ。怖ぇよ。俺、これで雷苦手になりそうです」
『そう弱気になるな! お前には最強のサポートアームズ、フロードスクウェア様がついてるんだからな』
「最強と、自分で言っている所が怪しいんですが……。まぁ、そう思えば結構心強いかも」
『さて、早速奴に罰を与えるとするか』
張り切るフロードスクウェアに対し、少し不安を過ぎらせる守。そう思いながらも、フロードスクウェアを大きくし両手でしっかりと柄を握り締めた。少し、フラフラとする足元の守は、鬼獣を探す様に辺りを見回す。稲妻を落としたと同時に姿を晦ましたのだろう。
だが、フロードスクウェアが『まだ近くに気配を感じる』と、言ったため探しているのだ。少々腰の引けた感じの守は「はう〜っ。はう〜っ」と、何度も口にしていた。そんな守にフロードスクウェアは呆れた様にため息を零し、この前とは違う呪文を守に言わせる。
「揺るげ大地。激しく揺らぎ喰らうは物の怪! 鋭き眼で獲物を捕らえ、喰らうがいい! 地を這う大蛇!」
フロードスクウェアの切っ先を軽く地面に触れる様に突き立てる。静寂が辺りを包み込み何も起きない。目を細める守は、静かにフロードスクウェアを持ち上げ、のんびりとした口調で問う。
「今回も失敗ですか?」
『う〜む。お前、また呪文を――』
「間違えてない! 今回は、ちゃんと言われた通りに言った」
『ならば、何故術が出ない』
「さぁ? もしかすると、俺にガーディアンとしての資格が無いんじゃ」
突然思いついた様にそう言う守だが、すぐに笑みを浮かべて「ごめんな。フロードスクウェア」と、軽く謝り頭を軽く下げる。そんな守に、フロードスクウェアは怒った様に声を上げる。
『何を下らん事を! こうやって、俺をちゃんと扱えているだろ!』
「術もまともに使えないし、こうやって持ってるだけなら誰でも出来るって言うか――」
『黙れ! サポートアームズは、適合者が現れて初めて目を覚まし、適合者の念じる力により具現化する事が出来るんだ! 俺がこうして具現化していると言う事は、お前は俺の適合者で間違いないんだ!』
力強く守を説得するフロードスクウェアに、圧倒され守は「ごめん」と、小さく謝る。すると、フロードスクウェアは『男は安易に頭を下げるな』と、言った。それに対し、守は「ごめん」と、また謝った。呆れた様子のフロードスクウェアは苦笑しため息を漏らした。『本当にコイツが俺の適合者なのか?』と、思いながら。
お久し振りです。作者の崎浜秀です。
少し考えたのですが、『ガーディアン』は、毎週水曜日に更新する事にしました。更新日が曖昧だと、読者の方にも色々、迷惑を掛けると思ったので。
来週から、できれば次回予告なのもやりたいなぁ〜なって(テレビじゃ無いんだから……)思ってます。それでは、来週またお目にかかりましょう。
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