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ガーディアン  作者: 閃天
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第七十八話 氷の神

 咆哮と共に一筋の閃光が大気を裂いた。

 爆音が轟き、黒煙が上る。

 その光景を見上げる氷神は、静かに息を吐く。その吐息が白く染まり、冷気が周囲を取り巻く。長い白銀の髪が揺れ、凍える様な淡い蒼色の瞳が目の前に立ちはだかる者を見据える。色白の美しい顔立ちがキリッと引き締まり、刀身の細い白刃の刀を相手に向けた。

 対峙するのは老人。表情の読み取れない小ジワだらけの顔に、レンズの太い眼鏡の奥で淡いブラウンの瞳が煌く。口元に浮かぶ余裕の笑み。氷神など相手にならん、とでも言っている様だ。

 摺り足で間合いを取る氷神と違い、身動き一つ見せない老人。恐ろしく静かで、緊迫した空気の中睨み合う。

 その沈黙をガラガラの擦れた声が破る。


「ヌシ。何の為に戦う。人でも無いヌシが戦う意味など無いじゃろ?」

「私には私のすべき事がある。人か人じゃないかは問題ではない」

「分からぬな。ヌシ程の力があれば何れ五大鬼獣と呼ばれる事になるじゃろうに」


 首を左右に振り否定的な言葉を告げる老人に、氷神は表情を変えず答える。


「そんなものに興味は無い。私の崇拝するのはゼロのみ」

「ゼロ……とな。誰かは知らぬが、余程の人脈があるようじゃな」

「無駄話は止そう。私は気が長いほうじゃない」


 目付きが鋭く変わり、右足を踏み込む。白刃が鋭く空を裂く。老人は軽く上半身を退け逸らし刃をかわす。続け様に刃を振るうが、老人はその場を殆ど動く事無く、上半身の動きだけで刃をかわし続けた。

 老人とは思えない機敏な動きに終始戸惑う氷神。やはり五大鬼獣ともなれば、この程度では刃がかする事も無い。そう判断した氷神は、ステップを変え左足で地を蹴り、そのまま上段蹴りを見舞う。

 表情を変えぬ老人は、上半身を大きく仰け反らせ蹴りをかわす。すると、氷神が僅かに笑みを見せ、続け様に回し蹴りを放つ。驚いた様子も見せない老人は、この攻撃を予期していたのか、バックステップで距離を取る。


「甘すぎじゃ」

「それで、かわしたつもりですか?」


 不適な言葉と共に鋭い閃光が空を貫き、老人の右肩に刃が深々と突き刺さる。いつの間にか左手に持ち替えた刀が、左足を踏み込むと同時に突き出されていた。だが、その感触に違和感を感じ、刃を抜きその場を離れる。

 眉間にシワを寄せる氷神に対し、穏やかに笑う老人。傷口から血が噴き出る事も無く、何事も無かった様に再生していく。息を呑む氷神は、摺り足で右足を前に出すと、刀を構えなおす。


「ヴェル」

『奴の体ですが、物理攻撃を無効化している様です』

「無効化?」

『はい。しかし、詳しい原理は分かりません』

「そう。分かったわ」


 氷神はそう述べ、視線を老人へと向けた。

 先程の攻撃で分かった事は、物理攻撃が効かない事と相手の属性。奴の属性は土。これははっきりとしている。しかし、どう言う事だ。土属性と言えば物質硬化が基本。それが奴には全く無い。むしろ軟化している様に思える。

 焦りを隠す様に深々と息を吐く氷神は、その視線を更に強くした。

 鋭く強い眼差しに、老人は大らかに笑い、静かに口を開く。


「動揺している様じゃな。まぁ、無理も無いかのぅ。ようやく届いた刃も無駄じゃッたんだからのぅ」


 のんびりしたマイペースな口調に、氷神も静かに答える。


「流石、五大鬼獣最強と謳われるだけはある。気配のコントロールも、その老人の芝居も完璧です」

「芝居をしとるつもりは無いんじゃがな」


 しわくしゃな顔で笑う老人に対し、氷神が感情の読めない冷たい表情を向ける。潤んだ唇が僅かに動き小声で言葉を紡ぐ。冷気が足元から漂い、白煙が氷神の体を包み込んでいく。


「私にはすべき事がある。貴様に構っている程暇じゃない」


 白い吐息が喋る度に漏れ、右手に持った刀の刃が氷結していく。それと同じ現象が、左手でも起こる。両手が凍り付き、美しい二本の透き通った刃が生み出された。白煙が薄れ、その奥から姿を見せる。額に青白い角を二本生やし、柔らかな唇の奥に煌く小さな牙。鮮やかな白銀の髪の一本一本が、針の様に鋭く刺々しい。

 鬼の様な風貌の氷神。これが、彼女の本来の姿なのだろう。静かに吐き出した吐息が凍り付き、粉雪が舞う。


「その姿……氷牙鬼か……」

「その名はとうの昔に捨てた。今の名は氷神」

「フムフム。氷神……。氷の神。実にお似合いの名じゃな。その両手の刃も、実にヌシの名に似合っとる」

「貴方は、何を言っている?」


 表情は変えず問う。すると、変わらぬ余裕の表情を見せ老人は答える。


「人の名に意味がある様に、鬼獣の名にも意味がある」

「それが、どうしたと言うのですか」

「ヌシの元の名、氷牙鬼。その名を捨てたのは、ヌシが力を失ったからじゃな。そして、新たな氷牙鬼が生まれた」

「……何を言っているのですか?」


 僅かな氷神の表情の変化に、老人は確証した。自分の考えがほぼ当っている事を。

 それを踏まえた上で不適に笑い、自らの力を解放する。地面が軋み、地響きが起きる。地面がひび割れ、空気が圧迫される。さっきまでの気配とは桁違いの重苦しい重圧が氷神の体を襲う。これが、本来の力なのだろう。

 そして、老人の肉体にも変化が現れる。膨張し、十倍以上も膨れ上がり、引き締まった鋼の様な肉体があらわになった。顔も既に原形をとどめておらず、バケモノの様に鋭い牙を剥き出しにしている。

 全身を襲う張り詰めた空気に、氷神は思わず後退してしまう。圧倒的な力の差を感じていた。


「臆したか? 今のヌシがワシと対等だと思わぬ事だ」


 擦れ声が一層濁った声。その声に共鳴する様に、周囲の壁が崩れ落ちる。

 劣勢に立たされた氷神は、右腕を顔の前に運ぶと、静かに口を動かす。


「……ヴェル」


 誰にも聞き取れない程の小さな声に、氷の刃に埋められた刀の水晶が光る。


『私の命は氷神様と共にあります。例えこの身が砕け様とも、私はあなた様を守って見せます』

「すまない……。私の力が及ばぬばかりに……」


 もう一度小声で答え、右手を下ろす。両方の刃を静かに構え、ゆっくりと顔を上げる。その淡い蒼の瞳が見据えるバケモノ。その圧倒的な力に立ち向かう為、氷神は静かに息を吐く。更なる冷気が漂い、足元はいつしか氷が張っていた。その氷が次第に広がる。


「行きます。全力で」

「ワシも全力で受けよう」


 両者の視線が一瞬交わり、刹那に消える。地面に張った氷が澄んだ高音の音を立て砕け、地面が破裂音を轟かせ砕け散る。甲高い音が次々と聞こえ、火花が複数散る。それに遅れて凄まじい衝撃波が広がった。次々とつぶれる地面。破壊される塀。爆音が次々と轟き、土煙が舞い上がる。血肉が裂ける痛々しい音と鮮血が飛ぶ。

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