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ガーディアン  作者: 閃天
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第七十七話 炎

 土煙が舞い上がり、瓦礫が降り注ぐ。

 乾いた音がまばらに聞こえ、瓦礫の崩れる音が響く。

 静かに吹き抜ける風が土煙を吹き飛ばし、その中に居る人物が姿を見せる。右手には剣が握られ、切っ先が深々と地面に突き刺さっていた。吹き飛ばない様に咄嗟にそうしたのだろう。

 円形に窪んだ地面は波状に抉れ、周囲の木々も爆風で折れている。


「ゲホッ、ゲホッ」


 漂う土煙の中で僅かに聞こえた咳払い。黒髪が揺れ、地面から刃が抜かれる。真っ赤な水晶が煙の中で輝く。

 一方で瓦礫が崩れ落ち、中から一人の男が姿を見せる。巨体に野獣の様な眼光がギョロリと動く。体を覆う赤い毛が威嚇する様に逆立ち、裂けた口元からむき出しの二本の牙からドロリと液体が落ちた。隆々とした腕が地面から抜かれ、鋭利な爪があらわとなる。


「何ですかアイツは……」

『さぁな。ただ、ヤバイニオイがプンプンする』

「今まで感じた事無い位やばい気がしますよ」


 苦笑するのは守、その前に佇む火猿は不気味な笑みを浮かべ、静かに息を吐き出す。


「何人か逃げたが、まぁいい」

「ヴァン!」


 女性の声が響き、青白い光が火猿の右肩を直撃する。一瞬にして凍り付けになる右肩。だが、火猿の顔には笑みが浮かぶ。口からは白い吐息が漏れ、右肩の氷が僅かに欠ける。


「邪魔するなよ。今、忙しいんだよ」


 厳しい口調に似つかわぬ可愛らしい声が響き、火猿の鋭い眼差しがゆっくりと声の方に向けられた。そこにいたのは、指鉄砲を構える愛で、その指先には青白い光が灯り、微弱ながら冷気が漂う。

 足元を吹き抜ける冷風が、周囲の温度を僅かに下げているが、それよりも火猿の体から発せられる熱が高温の為、周囲から湯気が上がっていた。凍り付いた月下神社も融け始め水が地面に溜まっている。

 額から溢れる汗を拭う守は、愛の方を横目で見る。今の所異変は無い。怪我はしていないと判断し、守は安堵の表情を見せた。しかし、フロードスクウェアはあくまで厳しい口調で言葉を告げる。


『安心している場合じゃないだろ。この状況は最悪だぞ』

「分かってますよ。でも、良かったじゃないですか。怪我がなかったんですから」

『何をのん気な事を……。言っておくが、この先は他人の事を考えている時間など無いぞ。自分の事だけを考えろ』


 念を押す様にそう告げるフロードスクウェアに対し、守は優しく微笑む。


「ありがとう。でも、そう言うわけにもいかないだろ」


 笑みが消え、真剣な眼差しが火猿を見据える。柄を握る手から伝わる鼓動で、守の緊張状態が良く分かった。平然を装っているが、やはり相当緊張している様だ。

 静かに息を吐き、呼吸を整える愛も同じ様に守の方に目を向けた。逃げ遅れたのか、それとも逃げなかったのか、どちらなのか判断が出来ず、愛は左手で右目を押さえる。


「クッ……」

『どうしたの? 愛ちゃん。まさか、右目が疼くの?』

「違う。イライラすんのよ。足手まといが……ノコノコと……」


 奥歯がギリッギリッと軋み、左手の爪が皮膚に食い込む。血が僅かに流れ、涙の様に頬を伝う。右耳で揺れる小さな羽根型のイヤリングが突然消え、愛の背中に巨大な白翼が現れる。それと同時に大人びた女性の声が周囲に響き渡った。


『貴方は退きなさい。ここはワタクシ達が引き受けます』


 白翼が羽ばたき、愛の体が宙に舞う。風が吹き荒れ塵が舞い上がる。突風に吹き飛ばされそうになりながら、守は愛の方へと目を向け、火猿も愛を睨む。

 二つの視線を浴びながら、空高く舞い上がる愛の右手には、いつの間にが銃が握られていた。淡い蒼い色の銃が鉄の擦れる音が聞こえ、指が引き金に掛かる。僅かに蒼い輝きを放つ右目が、照準を映し出し、それに合わせる様に銃口を動かす。


『標準は合わせた?』

「えぇ。合わせた。次は?」

『後は、引き金を引くだけ。姫、頑張ってな』


 のんびりとした口調に子供っぽい声。それに静かに頷くと、一呼吸置いてから引き金を引く。破裂音が周囲に轟き、大気を振動させる。微かな振動が地上にいた守と火猿にも届いた。それと同じくして、火猿の胸板から血飛沫が上がり、鈍い音が響く。

 衝撃が火猿を襲うが、微動だにせず僅かに左の眉が動き、口元に笑みが浮かぶ。むき出しの牙がその笑みを一層不気味に見せ、愛は背筋が凍り付く。

 飛び散った血が発火し、火猿の周りを炎が包む。その中央に佇む火猿が右腕を上げると、愛に向って人差し指を向ける。


「うるさいハエだ。消えろ」

『守!』

「分かってる!」


 フロードスクウェアの声に、守が走り出す。切っ先が風を斬り、刃が炎を纏う。


『愛ちゃん!』

『姫! 逃げなきゃやばいって!』

「……」


 沈黙する愛。その異変にいち早く気付いたのはセイラだった。あの目と笑みが完全に愛を恐怖させ、我を失わせた。精神的に危険な状態に、セイラは焦る。この状況で火猿の攻撃をかわす事は出来ない。それ所か、このままでは具現化された白翼を制御できず、地上に落ちる。現に翼の先が消えかかっていた。


『愛ちゃん! 確り――』

「無駄だ。諦めろ」


 囁き声と同時に背後に現れた一つの影が、愛の体を地上へと蹴落とした。爆音が響き愛の体が地面へと叩き付けられた。衝撃が広がり、土煙が舞う。驚き足を止めた守は、愛の方へと体を向ける。

 土煙の中で仰向けに倒れる愛。美しい白翼が弾けて消えた。その白翼がクッションとなったのだろう。目立った外傷は見えない。一安心する守だがその背後で不気味な声が聞こえる。


「二人まとめて死ね」

『守!』


 フロードスクウェアの低い声が掻き消される程の轟音が周囲を包み込み、灼熱の炎弾が地面を抉り迫る。

 振り返る勢いそのままにフロードスクウェアを振り抜く。切っ先がいち早く炎弾に触れる。鉄球の様な硬さの炎弾は、守の体を刃ごと押していく。全体重を掛け何とか踏み止まる守だが、その熱に意識が朦朧とする。


『確りしろ! ここで踏み止まらないと――』

「無駄だ! 無駄だ! とっとと灰と化せ!」


 地を蹴った火猿が炎弾をその大きな拳で殴る。衝撃が炎弾を伝い守の体へと襲い掛かる。

 衝撃により守の体は後方へと吹き飛び、同時にフロードスクウェアも手から離れた。守は愛の隣りに落ち、フロードスクウェアはそこから五メートルほど離れた所に突き刺さる。

 熱により朦朧とする守は、その場で体を起すと手探りでフロードスクウェアを探す。視点が定まっておらず、ただ手だけが空を切る。

 その間も迫り来る炎弾が、地面を抉る音を轟かせ目前に迫っていた。

 動く事の出来ない愛と、意識の朦朧とした守。両者共に炎弾を防ぐ術は無かった。

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