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ガーディアン  作者: 閃天
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第七十二話 無力さと悲しき過去

 自らの無力さ。

 それを知ったのはあの日、まだガーディアン見習い、所謂育成学校通称アカデミーに通っている時の事だ。

 当時十四歳だった俺は、アカデミーでも一位、二位を争う程のガーディアン見習いだった。ガキの頃からガーディアンになる為に、色々とさせられたのだ。そうでなくては困る。家の家系は代々ガーディアンになると言う決まりがあるらしく、俺にもその宿命と言う奴が訪れたと言うわけだ。

 別にガーディアンになるのがイヤだったわけじゃない。俺も幼い頃からガーディアンに憧れていたから。だが、一つだけ不満はあった。家に代々課せられたもう一つの宿命、水島家の護衛と言う不自由極まりないモノだ。


「あーぁ……。何で、俺があんなガキのお守りをしなきゃなんねぇんだよ」

「ダメだよ。大地君。そんな事言っちゃ」

「けどよ。もう卒業試験なんだぜ。もう少しお前と……」


 当時、俺には付き合っている娘が居た。名前は倉崎 冬子とうこ。冬に生まれた子だから、冬子と名付けられたと、冬子は笑顔で教えてくれた。出会いは、アカデミーに入学した日。数人に絡まれている所を助けたのがきっかけだ。しかし、その時彼女には「暴力は行けません」と、助けられたのに説教を喰らったのを覚えている。


「もう卒業なんだね……」

「試験に受かれば、だけどな」

「うーっ……。試験の事は言わないでよ〜」


 黒縁の眼鏡越しに潤んだ目が俺の顔をジッと見つめる。


「どうしよう……。私、落ちちゃったら……」

「大丈夫だって。まぁ、気楽にやれって」

「もう、他人事だから、そう言えるのよ。大体、私は大地君と違って実践の成績は良くないから……」


 彼女もガーディアン見習いだった。見た目通り、運動が得意と言う訳ではない為、実践の成績は下から数えた方が早い程だが、その他の成績では上位に食い込む勉強熱心な所がある。だが、このアカデミーの卒業試験は筆記ではなく、実践の方がメインになっていた。


「う〜っ……、どうしよう……」

「心配すんなって。何かあったら俺がカバーしてやるから」


 彼女の肩に腕を回し、額をコツンとぶつけた。


「もーっ。大地君のパートナーは風見さんでしょ? ちゃんと風見さんをカバーしなきゃだめだよ」

「エーッ。でも、俺、アイツの事よく知らないしさ……。教室でも誰とも話さないし、それにあの赤い眼……。気色悪いだろ? 何で俺のパートナーが最初っからアイツなんだよ」


 俺はこの時、優花の事を全く知らなかった。ただ代々水島家を守る家系と言うだけで、優花との接点など全く無いに等しく、水島家のお嬢様を護衛する命を授かるまで存在すら知らなかった。


「はぁ〜。憂鬱だぜ、毎日毎日、あんなのと一緒に居るのは」

「そうかな? 私は風見さんの事、尊敬するよ」

「尊敬? まぁ、戦闘の出来る封術師って所はすげぇと思うけどさ、やっぱりあの赤い眼がなぁ」

「もう、そんな事言っちゃダメだよ」

「分かった分かった。まぁ、卒業試験頑張ろうぜ」


 俺の言葉に彼女が微笑んだ。


「うん。一緒に卒業出来るといいね」


 彼女がそう言って駆け出した。俺は彼女に軽く手を振り、彼女も俺に手を振り返した。そして、最後にもう一度明るく微笑んだ。



 卒業試験。

 簡単に言えば、学校側が用意した鬼獣を時間内に封じるか、倒すと言う単純なもの。もちろん、鬼獣もそれほど強く無い下級クラスの鬼獣ばかり。成績上位の俺にとっては楽勝でしかない。しかも、パートナーはあの風見 優花だ。下級クラスの鬼獣では話にならないだろう。

 森を詮索する俺は、欠伸をし後ろを振り返る。視線の先にはあの女が居る。何を考えているか全く分からないが、取り敢えずパートナーとなったわけだ。話し掛けないわけにはいかない。


「で、どうだ? 鬼獣の気配とか感じるか?」

「いいえ。全く感じない」

「そっか。近くに鬼獣はいないっぽいし、少し休むか?」

「……」


 優花は無言で俺の顔を真っ直ぐに見る。やっぱり、何を考えてんのかわかんねぇ。ため息を吐き、俺は木の根に腰を下ろした。すると、優花も隣りに腰を下ろし、小さくため息を吐く。


「なぁ、何でお前は封術師になろうと思ったんだ? やっぱり、家の決まりか?」

「違う。私は、やらなきゃ行けない事がある。その為には力が必要だから……」

「ふ〜ん。やらなきゃ行けない事……ねぇ」

「あなたは、どうしてガーディアンに?」


 優花が不意に質問する。答えは簡単だった。


「家の習わしだな。別に俺はガーディアンなんてどうでもいい。例えガーディアンになっても、水島家を守る為に働かなきゃ行けないんだぜ。全く、誰がんな決まりを考えたんだか。お前も、結局の所水島家を守らなきゃいけないんだろ?」

「そうね……。でも、私は好きよ。あの子と一緒に居るのは」

「まぁ、別に嫌いじゃねぇけど、俺的にはもっと彼女と一緒に過ごしたい訳だよ。この青春時代を」

「青春時代?」


 不思議そうに尋ねる優花に、俺は大手を広げ大袈裟に語る。


「そっ。青春は一度きりの短いモノ。ソイツは今しか味わえない特別なモノなのさ。お前には分からないかな?」

「……。あなたに彼女が居たのがビックリだわ」

「はぁ? 俺的にはお前が久遠と付き合ってるって言う方が、不思議だね。あの成績トップでモテモテの久遠とさ」

「…………」


 その言葉に彼女が押し黙り、眉間にシワを寄せる。表情が険しい。いつも落ち着いた感じ優花がこれ程表情を変えたのを、俺は始めてみた。


「彼は……危険よ」

「何だよ突然」


 突然彼女が発した言葉に声が裏返る。真っ赤な瞳が俺を見据え、彼女が勢い良く立ち上がり走り出した。俺は何も聞かず、優花の後を追う。彼女の瞳が赤くなったと言う事は、近くに鬼獣が居ると言う事。さっきの話は気になったが、今は目の前の鬼獣に集中する事にした。

 走り出して数分。優花が足を止め、俺もゆっくりと足を止めた。


「何だよこれ……」


 そこは既に森では無くなっていた。木々は吹き飛びただの平地と化していた。こんな事ありえない。下級鬼獣にこんな力を持った奴はいない。ましてや、ここに居る封術師やガーディアンにここまでの破壊力を持った者は居ない。

 眼を疑いたくなるこの光景に、優花が静かに空を見上げる。刹那、上空から何かが勢い良く地面に落ちた。衝撃が広がり土煙が舞う。


「何があった?」

「分からない。でも、危険な感じがする」

「危険って……」


 俺はその時土煙の中に冬子の姿を見た。だが、それはもう――


「冬子!」

「あっ! ちょ、チョット待って!」


 優花の制止の言葉も聞かず、俺は走った。土煙の中に。土煙が舞う中で、俺は必死にその姿を探す。だが、見つかったのは――。


「冬子……とう……」


 彼女の体を抱き締める。その体から血が零れ落ちた。彼女に既に息は無く、俺は涙を零した。何で冬子が……。拳を握り締め、力一杯に叫んだ。


「久遠 達樹! 出て来い!」


 怒声に返答は無い。俺は知っていた。冬子のパートナーが久遠である事を。だから、安心していた。奴なら冬子も安全だと。


「クッ……久遠! 出て来い!」


 その声に、何処からか翼の羽ばたきが聞こえ、


「すまない……黒木」

「どう言う事だ……」

「倉崎の事は残念だよ。俺が目を離した隙に居なくなって……。まさか、一人で鬼獣に挑むなんて思ってなくて……」


 これは嘘だ。冬子は人一倍チームワーク、パートナーとの信頼関係の大切さを分かっていた。だから、俺は――


「嘘よ……。彼女がそんな事するはずがないわ!」


 俺が怒鳴るより先に優花の怒鳴り声が響いた。驚き振り返ると、優花の赤い眼から涙が溢れていた。そして、優花は更に言葉を続ける。


「彼女は私に言った。パートナーを信頼する事を。そして、ガーディアンと封術師がお互いに助け合わなきゃいけない事を。それを教えてくれた彼女が、自ら個人行動を取るはずが無いわ!」


 俺の言いたかった事を彼女が全て言ってくれた。だが、その言葉を馬鹿にする様に久遠が口を開く。


「ギャーギャーギャーギャー騒ぐな。自分の命も守れない奴に、ガーディアンになる資格は無いね」

「な…なんだと……」

「聞こえなかったのか。自分の命を守る力の無い奴に、他の者を守る事は出来ない。力の無い奴がいるだけ邪魔なんだ」


 奴は冬子の全てを否定した。冬子の考え方も、冬子のガーディアンと言う夢も、全てを。怒りが湧き上がり、奴が憎くてしょうがなかった。そして、俺は胸の奥である決意をし、静かに冬子の体を地面に寝かせ立ち上がった。


「テメェだけは――」

「止めとけよ。キミ達二人掛りでも、俺に傷一つつけられないから」

「いくぞ……。グラットリバー」

『んっ? 何だ。卒業試験は終わったのか?』


 ポケットから出したブレスレットを右手首に付けると、寝惚けた様にグラットリバーが返答した。だが、周囲の空気にすぐに試験中だと気付いたのだろう。声を張り上げる。


『ま、待て。まだ試験中じゃないか! 試験中は試験用の武器以外は禁止されてるはずだろ』

「うるせぇよ。もう、試験なんてどうでもいい……アイツを……殺す」

『お、オイオイ。何物騒な事言ってんだ? 考え直せ。お前はガーディアンになるんだろ? そうあの子と約束したんだろ?』


 その言葉に下唇を噛み締めた。約束? もう冬子は死んだ。約束なんてどうでもいい。どうせ、俺にはガーディアンになる理由なんてないんだ。ここでどうなろうとも――。

 完全に自暴自棄になっていた俺に、優花の平手打ちが飛んだ。一瞬、何が起ったか分からなかったが、俺の前に優花が立っていた。


「確りしなさい。今ここで彼に手を出したら、あなたはもうガーディアンになる資格すら失われるのよ」

「じゃあ、どうしろって言うんだ! 冬子は……冬子は!」

「私だって辛い……。でも、あなたがここでガーディアンになるのを諦めたら、彼女は悲しむ。私は彼女に頼まれた。パートナーとしてあなたを支える事を。そして、あなたを立派なガーディアンにする事を……」


 俺は握っていた拳を下ろした。いつの間にか、奴はそこから姿を消していた。そして、何食わぬ顔で、卒業試験を突破し、アカデミーを卒業した。俺と優花は卒業試験の事を協会に話したが、結局事故と言う事になった。



 だが、もうあんな思いはしない。

 俺は全てをこの拳に賭ける。


「ウオオオオッ!」


 叫び、グラットリバーが俺の体を侵食する。膨れた右腕、鋭く尖った指先。俺がいつも使う黒金とは形状も異なり、激痛が腕を襲う。だが、痛みなど俺には関係ない。

 拳を握り締め、大きく振りかぶる。激痛に奥歯を噛み締め、全身全霊を込め勢い良く拳を振り抜いた。黒い壁に拳が触れ、破裂音が辺り一体に広がった。

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