第七十話 推測
完全に晃が凍り付き、冷気が漂う。
氷神の右手に握られた刀、ヴェル。切っ先から付け根まで薄らと氷が張り、柄の先の青白い水晶が薄く光る。
『氷結完了』
幼く低い男声が聞こえ、氷神が小さく息を吐く。白い吐息が溢れ、ゆっくりとヴェルを下ろした。
『大丈夫ですか?』
「えぇ……」
腕が重い。奴と刃を交えた所為だろう。表情には出さないが、疲労が見て取れた。
守と対峙する愛は、横目で氷神の方へ目をやると、薄らと口元に笑みを浮かべる。その笑みに気付いたのは、対峙する守だけで他の誰も気付く事は無かった。いや、正確には気付くより先に異変が起きたのだ。
『フフフフッ……』
「――!」
突然の笑い声に氷神が振り返る。氷に亀裂が走り、白い湯気が噴出す。そして、ガラスの割れる様な澄んだ音が辺り一帯に広がった。驚きを隠せない氷神とヴェルは完全に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。
二人の表情を馬鹿にする様に、甲高い笑いが響き渡る。
『フハハハハッ! あの程度で我をどうにか出来ると思っていたのか?』
「僕の方は軽い凍傷なんだけど」
『その程度すぐに回復するだろうが! 細かい事気にしてんじゃねぇ』
「あのな……。僕も一応人間なんだよ。細かい事じゃないんだよ」
不貞腐れた様な表情の晃は、右腕を押さえそのまま具現化を解いたと、言うより無理矢理抑え込んだ様な、そんな風に見えた。そんな晃の様子に、不満を垂れたのは愛だった。
「おい! 何、具現化解いてんだよ!」
「く・ちょ・う。また、乱暴になってるぞ」
「うるせぇ! とっとと具現化しやがれ!」
乱暴な口振りの愛にため息を漏らした晃は、右手で頭を抱える。それから守や智夏、望美の居る方へと体を向け、深々と頭を下げた。完全に戦闘態勢に入った状態の智夏は、腰の位置に刀を構え真っ直ぐに晃を見据える。一方、守も闘志は見せないモノの、いつでもフロードスクウェアを振り抜ける様に、両手に力を込める。
「貴様、分かっているのか? 今はこんな事をしている場合じゃない」
「でも、この状況を何とかしなきゃ……。それに、水島さんなら何とかなる……と、思う」
聊か不安だったが、守は強い口調でそう答え、ゴクリと唾を呑み込んだ。額から溢れる汗が首筋を伝い服がべたつく。張り詰めた緊張感の中、守の思考が僅かに正常に動き始めた。焦りが消え、全ての情報が正確に脳内を巡る。そして、一つの答えを導いた。
「フロードスクウェア。頼みがある」
『珍しく男らしい声だな』
「あーっ……。この際、面倒だから言っておくけど、そう言う変な事言うの止めてくれ。まるで俺がオネエ系だと思われるじゃないですか」
『まぁ、細かい事を気にするな。取り敢えず、何だ頼みって?』
軽い無駄話を挟んだが、守は真剣な表情で口を開く。
「このドーム状の中心に何があるか調べられますか?」
『調べられない事も無いが、俺はそう言うのには不向きだ。奴と違ってな』
語尾が僅かに強調された。それにより、守は小さく息を吐き、眉間にシワを寄せ困った様に言う。
「あのですね……。こんな時になんですが、いちいちウィンクロードの事を持ち出すのは止めていただけないでしょうか? 話が進みません!」
いつも以上に丁寧な言葉遣いに、守が本気で怒っていると気付き、フロードスクウェアはオドオドした口調で返答する。
『わ、悪かった。取り敢えず話を続けてくれ』
「……」
妙に間が空き、疑いの眼差しを向ける守が、小さくため息を漏らす。そのため息が何を意味するがフロードスクウェアにはサッパリ分からないが、何と無く呆れている事だけは分かった。
「で、出来るんですか? 出来ないんですか?」
『お前、何か怖いぞ。何か不満でもあるのか?』
「えぇ。不満だらけですよ。それより、話を前に進めましょうよ」
ニコニコと笑顔を見せるが、その目が笑っていない。明らかに怒っている。そして、フロードスクウェアは悟った。次、話を脱線させると、酷い事になりかねん、と。
危機感を募らせながら、フロードスクウェアは先程守の言った言葉を思い出す。『このドーム状の中心』と、言う言葉に疑問を抱く。
『なぁ、何で中心を調べるんだ? 普通は、出現点だろ? 俺の見た感じ、これは中心が出現点ではない様だが?』
「うん。そうみたいですね」
『何だ? 知ってたのか?』
「う〜ん。なんだろう。はっきりとじゃないけど、力の波長みたいなモノが――」
『見えるのか?』
「まさか。見えるわけ無いでしょ」
自信満々に即答した守は笑みを浮かべた。呆れた様にため息を吐いたフロードスクウェアだったが、内心驚いていた。視覚で感知したのではなく、空気の変化をよって自然と力の波長を感じ取った事に。天性の才能なのだろう。
感心するフロードスクウェアだったが、状況を思い出し話を戻した。
『それで、何で中心だと思ったんだ?』
「そうですねぇ。現状を整理すると、そこに行き着いたって事ですね」
『と、言うと、既に中心が何処か検討はついているのか?』
「ああ。俺の推測が正しければ、中心は青桜学園」
『青桜学園? 何で、そこだと?』
不思議そうに問う。すると、守の表情が一層真剣になる。
「俺が思うに、今この町で起こっている事は、全て一つに繋がっているはず」
『そりゃ、そうだろう。鬼獣の大量発生も、この空間もそいつの仕業だろうからな』
「それだけじゃないよ。今の俺等の状況も、水島さんの事も」
『こうなる事も全て計算されているのか?』
「そう言う事になる。それも、全てに意味がある」
『意味がある?』
オウム返しに聞き返すと、守が更に言葉を続ける。
「まず、風見さんと黒木君の事。この町を出る事を知っていたか、何らかの力で追い出したか。俺は後者だと思っている」
『だろうな。こんな鬼獣だらけで、自ら町を出る事は考えられんな』
「そう。それが鬼獣を集めた理由」
『それじゃあ――』
「ああ。目的は俺達ガーディアンや封術師の足止め。そして、強い鬼獣の気配を隠す事。これは憶測に過ぎないけど、あの男の言葉が本当なら――」
『五大鬼獣か……』
小さく呟くと、守が静かに頷く。
「その可能性が一番高い」
『でも、何の為に五大鬼獣を?』
「分からない。でも、何かをするつもりなのは、分かっている」
『今、こんな事をしている場合じゃないと言う訳か』
「そう。この状況を作った理由がそれだ。この月下神社を凍らせ、その異変に気付いた者をここに集めた。恐らく理由として氷神の様な人間じゃない者が偵察に来る事を知っており、争わせる事が目的だと思う」
『なら、ソイツは俺達の事や氷神の事を知っている人物って事か』
驚くフロードスクウェアに僅かに頷くと、奥歯を噛み締め拳に力を込め答える。
「少なくても氷神の組織のメンバーではないのは確かだ」
『それじゃあ……』
「ああ。俺達と同じ組織――ガーディアンか封術師のどちらか」
『同胞に敵がいるとは、信じがたいがな』
苦笑すると、守は小さく頷き、
「俺もそう思いたいよ」
と、小さく呟いた。その目は悲しみを宿している様にフロードスクウェアには見えた。