第七話 フロードスクウェアとウィンクロード
「やっば〜い!」
彩の叫び声が屋上まで続く階段に響く。階段を蹴る音が響くが、ここは滅多に人が通らない為、誰もその事に気付かない。ついでに言えば、電気も殆ど点いてなく結構薄暗い。暫く階段を登った所で、彩は苦しそうに膝に両手をつき俯く。息遣いの荒い彩に、ウィンクロードは声を掛ける。
『大丈夫ですか? 彩様』
「だ、大丈夫。ちょっと、疲れが……」
『疲れと言うよりも、食べすぎかと……』
「何? ウィンクロード」
『いえ……。何でもございません』
少し困った様にそう呟いたウィンクロードは、小さなため息を零した。顔を上げた彩は目の前に続く階段を見ながら、「う〜っ」と、唸り声を上げた後、渋々と言った感じで脚を進める。先程とは程遠いペースで脚を進める彩の耳に足音が聞える。この足音は、階段の上から聞え、階段を駆け下りているのか、徐々に近付いてくるのが分かる。
足を止めて誰が下りてくるか見届けようとした彩に、階段を駆け下りる守が衝突する。お互いぶつかりあい、後ろへと仰け反るが守は何とか倒れるのを踏み止まった。だが、彩は既に足に力が入らず、踏み止まれなかった。
「あっ! エッ!」
天井が一瞬視界に映り、それが瞬時に真っ暗になる。鈍い音が耳に響き階段をすべり落ちているのだと分かる。だが、何故か痛みは無い。しかも、何か暖かいものが体を包んでいる様だった。徐々に視界に光が射し込み、声が聞える。
『大丈夫ですか! 彩様!』
『そっちの心配より、コッチの心配をして欲しいんだがな!』
『何を仰います! もし彩様に何かあったら!』
『んだよ! コイツに何かあったらどうすんだ!』
「君達が喧嘩してもしょうがないと思うんですが……。と、言うかここでもめている状況でしたっけ?」
のほほんとした口調で二人を宥める守は、立ち上がり彩を見下ろす。少し驚いた表情を見せる彩は、戸惑いながらも「あ、ありがとう」と言って、立ち上がった。だが、制服についた埃を落としていた守は、その言葉を聞いてなかったのか、「何か言った?」と、首をかしげた。眉を細める彩は「何でもないです」と、歯を食い縛りながら言い引き攣った笑顔を見せる。
制服の埃を払っていた守は、ふと思い出す。何故、急いでたんだっけと。右手で下唇を触りながら考え込む。ここまでの経緯を頭の中で巻き戻し、屋上でのフロードスクウェアの言葉を思い出す。
「ヌワッ! そうだった! 水島、鬼獣が出たらしいぞ。しかも、この前逃がした奴が」
「鬼獣が? そんなまさか。ウィンクロードは何か感じた?」
『いえ。私は何も。フロードスクウェア殿の勘違いでは?』
『何を! この俺が――』
「でも、万が一って事もあるだろうし、一応さ」
のん気な口調の守は表情を緩めたままそう答えた。「そうねぇ……」と、小さな声で呟いた彩は、胸を抱えるような形で腕組みをする。そんな彩の行動に、呆れたような声をフロードスクウェアが発する。
『娘。それで、男を誘惑しているつもりか?』
「――なッ! だ、だだ誰が誘惑なんか!」
『貴殿は彩様を愚弄する気が!』
「――?」
急に声を上げた彩とウィンクロードに、軽く首を傾げる守は目を細めた。ボーッとしていたため、フロードスクウェアの言葉を聞き逃していた守は、何をこんなに怒っているんだろう? と、思いつつ右手で頭を掻き毟る。そして、胸の位置にいるフロードスクウェアに声を掛けた。
「あのさ〜。お前、何か変な事でも言った?」
『いや。変な事など言って無い。正直な印象を述べたまでだ』
そのフロードスクウェアの言葉に噛み付いたのはウィンクロードだった。今までに無いほど大きな声で怒りの声を上げる。
『守殿! 貴殿のサポートアームズは、彩様を愚弄したのであります! あなた様は、持ち主であります、何かきつい罰を与えくださいませ!』
「んにゃ〜っ。罰を与えろと言われてもですね……。困りましたなぁ〜」
『何を困っている。別に悪い事をしたわけでもあるまい?』
「いんっや。お前が何を言ったかにもよる訳なんで、取り合えず謝りましょう」
相変わらず目を細めたままのんびりした口調で守がフロードスクウェアに言い聞かす。だが、フロードスクウェアは断固として謝るのを拒否する。困った様に腕を組み考え込む守は、何やら顔を俯ける彩に気付く。
『そう言えば、水島何も言って来ないな』と、思いながら守はジッと彩を見つめると、一瞬彩と視線がぶつかった。すぐに目を逸らされたが、確かに目はあった。俺が何かしたかな? と思う守は、取り合えず頭を下げる。
「ごめんなさい」
「な、何よ! 急に」
「いや〜。何かよく分かんないけど、謝っとく」
『軽々しく、女に頭を下げるとは、情け無いぞ!』
フロードスクウェアが不満そうに声を上げる。だが、マイペースな守は頭を上げるなり、のんびりとした口調でフロードスクウェアに言い聞かす。
「ん〜っ。まぁ、そうなんだけどさ。やっぱり、今回は俺やお前に原因がある気がする。ここは、非を認めて潔く頭を下げ様じゃないですか。男は潔く無いと」
その「潔い」と言う言葉にフロードスクウェアが敏感に反応する。そして、『悪かった』と急に謝った。眠そうに欠伸をする守は、ふと思い出す。
「おおっ! 忘れる所だった。水島、そろそろ教室戻った方が良いぞ。授業始まるから」
「戻った方が良いって、守は戻らないの?」
「元々、午後は授業受けないつもりだったし、気になるだろ? フロードスクウェアが感じた鬼獣の気配が」
『でも、あれは勘違いなのでは?』
そう言うウィンクロードに「ニシシシ」と、軽く笑い声を上げた守は頭の後ろで両手を組みながら答えた。
「備えあれば憂いなしって言うだろ? 何事も用心に越した事はないさ。じゃあ。あっ、話は放課後、屋上で。今度は遅刻なさらない様に」
少々早口でそう言った守は、彩の返事を待たずして階段を駆け下りた。その守の言った言葉で彩は大切な事を思い出し、「あーっ!」と大きな声を上げ頭を抱え疼くまる。そんな彩にウィンクロードは優しく言う。
『話すの忘れてしまいましたね。まぁ、近くに鬼獣も居ない事ですし、心配は無いかと』
「そ、そうだよね。鬼獣とさえ戦わなきゃ大丈夫だよね」
『そうですよ。さぁ、行きましょう。授業に遅れては大変ですから』
「うん」
膝を抱えながら頷いた彩は、静かに立ち上がり小さなため息を吐き教室へと歩き出す。そして、自分の胸を見下ろして落ち込んだ様に、がっくりとうな垂れる。心配そうにそれを窺うウィンクロードは、そんな彩に声を掛け様としたが、その前に彩が言葉を発した。
「私って、魅力無いかな?」
『急にどうなさったのですか? ハッ、まさか、先程のフロードスクウェア殿の言葉を気になさっているのですか? 彩様は、十分魅力があります! あの様な言葉気にせずとも!』
落ち込む彩にウィンクロードは必死でフォローする。だが、この必死さに更に彩は肩を落す。
「そんなに必死になるって事はやっぱり……」
『そ、そんな事は!』
「いいよ。別に……。気にしてないから」
明らかに気にしている彩だが、こうなってしまってはどうしようも無く、ウィンクロードは黙り込んだ。その後、彩は重い足取りで教室へと向った。
暫し更新が遅れてしまい、すいませんでした。ゴタゴタと立て込んでおりまして、こんな状態が続くと思いますが、気長に待ってもらえると嬉しいです。