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ガーディアン  作者: 閃天
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第六十六話 現状報告

『現状を報告する』


 低音の凛々しい男声が、漆黒のフードの下から聞こえた。

 黒いドーム型の上に立つ男の足元で揺れるフード付きコートの裾から、使い古した黒の革靴が姿を見せる。それと同時に、先程の声が言葉を続けた。


『現在、住宅地にて水沢 彩と思われる人物が、男女二人組みと交戦中。二人組みの様子から、車 まどかと林 竹尚たけなおと思われる。月下神社の石段付近には比嘉 守と犬神 千佳が氷神と思われる女と交戦中だ』

「…………」


 言葉が終わり、大きく開いた裾口から薬指に赤い水晶の付いたリング、手首に蒼い水晶の付いたブレスレットを付けた右腕が現れ、人差し指で額をポリポリと掻いた。


「あのな……」

『何だ?』

「間違い過ぎだ」

『間違い? 何をだ』


 驚いた様子の声に、呆れた様にため息を吐き、頭を押さえたまま淡々と答える。


「まず、水沢じゃない。水島だ。水島 彩。それに、車じゃなくて、胡桃くるみ。比嘉じゃなく、火野。千佳じゃなくて、智夏だ」

『何! あれでチカと、呼ぶんじゃないのか?』


 驚愕する声に対し、もう一度深々とため息を吐き、男は俯く。その男に同情する様に、赤い水晶が光り、穏やかな男の声が聞こえる。


『ロッジエッガスに偵察を頼んだのが間違いだったな』

「ああ。俺とした事が……」

『マスター! ロッジエッガスに失礼ですよ!』


 手首の蒼い水晶が光り、綺麗な女性の声が聞こえた。それに、マスターと呼ばれた男が眼を細め小さく息を吐く。


「しかしだな……」

『それより、これからどうする?』


 ロッジエッガスと呼ばれた先程の声の主が、会話に割って入った。空気が読めないのか、空気を読まないのか分からないが、ロッジエッガスはマイペースに言葉を続ける。


『鬼獣は青桜学園に集まっている。あそこに何かがあると見ていいのだろう』

『あ〜……分かってるよ。んな事さ。でも、私達もこの外じゃない。どうしようもないよ〜』


 子供っぽい女の子の声がコートの内側から響き、マスターは腕を組み考え込む。全ての現状と自分の置かれた状況。今するべき事を、全て考える。頭の中で色々なモノが動き出し、思考が走り出す。



 月下神社鳥居前。犬神 智夏と氷神のやり取りが続いていた。

 睨みを利かせ、ジリジリと間合いを計る智夏は、艶やかな黒髪を揺らし、しなやかな褐色の腕で刀を振り上げる。風塵が舞い上がり、風が氷神の美しい白髪を撫でた。

 そんな二人を止め様と守が間に入った。


「止めろ! 犬神さん!」

「退け! 火野!」


 左手で突き飛ばされ、バランスを崩した守を、氷神が両手で支えた。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……」

「いや。私はお前を傷つけるなと、命を受けている」


 氷神が表情を変えずそう述べ、守からそっと手を放す。不服そうな表情の智夏は、右手に持った刀を下ろすと、拳を振るわせたまま俯いた。怒りを堪える様に奥歯を噛み締める智夏は、刀を鞘に収め頭を下げる。


「すまん」

「いえ。この様な状況で、疑うなと言う方が悪いんです。しかし、この件に関して、私どもは全く関与しておらず、この現状を調査し原因を消去する。それが、私にあてられた命でもあります」


 淡々と感情の篭らない口調で話す氷神に、静かに顔を上げた智夏は、ゆっくりと息を吐く。そんな智夏を見据える守は、空を見上げ状況の変化を悟った。

 空を覆う黒い壁。それが、何か守には全く検討もつかなかったが、町に不可解な現象が起きている事だけは分かった。

 真剣な表情で空を見ていると、智夏の怒りを殺した声が聞こえた。


「あの化物は何だ? それに、お前達は……」

「私はあくまでゼロの使い。現在、あなた方に危害を加えるつもりもありません」

「ゼロの使い? ゼロって誰よ」

「私の尊敬する人……と、言っておきます」


 氷神は冷やかにそう述べると、静かに視線を守の方へと向けた。だが、守は二人など見ておらず、首からぶら下げたネックレスと話をしていた。その姿に、すぐに氷神を異変を察知し、胸元から小さな水晶を取り出す。青白い光りを放った水晶から、澄んだ少年の声が聞こえた。


『強い反応があります。多分、この現象を起こした張本人だと思われます。どういたしますか?』

「……取り敢えず、今は動きを見ます。目的を探らなくては……」

『承知しました。それでは、動きがあり次第お知らせします』


 そう告げ光りが消えた。

 各々が何かを考える様に黙り込む中、守はハッと顔を上げると、本堂に向って走り出した。智夏もその行動で、元々の目的を思い出し守の後に続き本堂へ向う。

 鳥居を潜った先は、まるで氷河期の様な寒さだった。全てが凍り付き、冷気が漂う。息を吐けば、それが凍り付く様に白く変わる。宝石の様に煌く氷の中に、無傷に埋まる本堂。所々に人の姿もあり、守の脳裏に最悪のイメージが焼きつく。


「くっそ!」


 両膝を落とし、拳で地面を殴った。鋭い氷が拳を裂き、鮮血が薄らと流れる。遅れてやってきた智夏もまた、守と同じ様にその光景に驚愕し、呆然と立ち尽くしていた。頭の中が真っ白になり、瞳孔の開いた瞳がゆっくりと左右に動き、氷の中に一人の少女の姿を探す。幼い頃からの親友である月下 望美のその姿を。だが、そこに探している少女の姿は無かった。


「そんな……。望美……」

「何? どうかしたの?」


 嘆きボソリと呟いた智夏に、背後からそんな言葉が聞こえた。のんびりとした独特の口調に、聞き覚えのある可愛らしい声。その声に驚いたのは智夏と守だけではなかった。


「な、何で……」

「どうかしました?」


 ニコッと笑みを浮かべた望美と氷神の目が合った。氷神は見ていたのだ。月下神社が凍り、その中に望美の姿が会った事を、はっきりと覚えていた。その女が何故、ここに無傷でいるのか、その疑問から氷神の頭は混乱する。

 一方で、望美が無事だった事に心から安心する守は、僅かに顔を綻ばせ笑みを見せ、智夏は嬉しさのあまり望美に抱きついていた。


「どうしたの? 苦しいよ。智夏ちゃん」

「良かった……。ホント良かったよ」

「よ〜しよし。怖かったね〜」


 子供をあやす様に頭を優しく撫でる望美は、拳から真っ赤な液を垂らす守の方へと眼を向けた。そして、胸の位置で揺れる赤い水晶の付いた剣のアクセサリーを見据える。

 視線に気付く訳も無く、フロードスクウェアは水晶を僅かに光らせ、小声で守に告げる。


『今分かるだけの現状報告をする』

「現状報告? お前にそんな事が出来たんですか?」


 感心した様な馬鹿にした様な、そんな言葉遣いに、フロードスクウェアが聊か不満そうな声で返答する。


『馬鹿にしてるのか? ハッキリ言って、俺はあいつよりも状況把握能力は高いと、自負している!』

「…………ああ。ウィンクロードの事ですか」

『他に誰がいる?』

「いえ……。他の人と比べるのは、良くないと思いますよ」


 やや冷静な口調の守に、不貞腐れた様なぶっすりとした口振りでフロードスクウェアが言葉を続けた。


『現状報告だ。出来損ないと小娘が交戦中だ。相手は誰か分からんが、サポートアームズを持っているのは確かだ』

「水島さんが? 交戦中ですか……」


 悩む様に腕を組む守は、やけに落ち着いていた。大地や優花もいると、安心していたのだろう。その安心をフロードスクウェアの一言が掻き消した。


『お前、のんびりしている場合じゃないぞ。この空間に、あの二人はいないぞ』

「エッ!」

『エッ、じゃないだろ。あの二人はこの空間内にいないんだよ。お前とあの小娘だけなんだよ』


 他人事の様に突き放した声のフロードスクウェアに、驚き口をパクパクさせる守は、素早く屈み込みフロードスクウェアを右手に持ち、押し殺した声で問いただす。


「ど、どどどどどう言う事だよ!」

『俺に聞くな。だが、あの二人の気配が無いのは確かだ』

「や、やややややばいじゃないですか! それじゃあ」

『そうだな。こんな所でのんびりと油を売ってる場合じゃないな』

「何他人事みたいな事言ってるんですか!」


 焦る守は「どうしよう、どうしよう」と、何度も口走りながらオドオドと瞳を右往左往させる。頭を両手で抱え蹲る守は、ブツブツと小声で呟き始めた。脳内では様々な情報が交錯し、自分のするべき事を一つ一つ明確にしていく。

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