第六十一話 謎の男
街は夜の静けさに包まれた。
暗がりの街道を歩む彩は、小さく深々とため息を吐く。
奈菜から色々と相談された。胸の中に溜め込んだものを吐き出す様に、奈菜は悩みと想いを彩に話してくれた。けど、彩は何も答えてやる事が出来ず、現在に至る。
「はぁ〜……」
もう一度ため息を漏らし、夜空を見上げた。煌く星を見ながら、右手で前髪を掻き揚げ、そのまま額を押さえる。
『どうかしましたか? 彩様』
「う〜ん。私、ダメだなって……」
肩を落とし大きくため息を吐く。そんな彩を励ますようにウィンクロードは焦りながら答える。
『な、ななな何を仰っているんですか! そんな事ありませんよ』
「気を使わなくていいよ」
『そ、そんなつもりじゃ……』
少し暗い表情の彩は、もう一度ため息を吐いた。
その時、前方で黒い影が動き、ウィンクロードがそれに気付き彩に知らせる。
『彩様!』
「何? どうしたの」
「随分と平和ボケしているな。水島のお嬢さん」
「誰!」
声のする方へと顔を向ける。街灯の向こう側に黒い影が一つ。彩よりも少しだけ背丈が高く見え、肩幅も広い。それに、低音の凛々しい声からして、男だと分かる。しかし、彩に聞き覚えの無い声だった。
警戒を強める彩は無意識に胸元で揺れるウィンクロードを握り締める。瞬時に具現化出来る様、黒い影から視線は逸らさない。だが、男が動く気配は無く、淡々とした口調で言葉を告げる。
「時は満ちた。五大鬼獣の力は目覚め、全ての鬼獣が集う」
『五大鬼獣の力が目覚めたとは、どう言う事ですか!』
「それよりも、鬼獣が集うってどう言う事! 何処に集まるって言うの!」
ウィンクロードの問いを掻き消す彩の声。しかし、その声に返答は無い。
苛立つ彩は奥歯を噛み締めると、素早くウィンクロードを具現化する。眩い光が路地を照らし、彩の背丈程の杖が手の中に現れた。杖の頭に付いた水晶が青白く光を放つ。
『あなたが何者かは存じませんが、詳しい話を聞かせてもらいましょう』
「力ずくで……か? 止めておけ。死ぬぞ」
「あなたがね!」
彩の背後から別の声が轟き、疾風が地を駆ける。彩の両足の間を抜け、ミニスカートがはためく。と、同時に闇に隠れる男を風の刃が襲う。黒い影が風の刃を受け、粉々に砕けた。しかし、すぐに元の形に戻り、男の高笑いが響く。
「クフフフフッ……。止めておけと言っただろ? 無駄に終わるだけだ」
「無駄かどうかは、俺たちが決める」
声と共に男の足元から炎が炎上する。やがて炎は男を覆いつくす。
激しく燃える炎に、驚きを隠せない彩に、背後から声が掛けられた。
「大丈夫、彩」
「う、うん。大丈夫。それより、何で優花がここに?」
「彩や守君と話があって――」
「グアアアアッ!」
叫び声が聞こえ、彩と優花の視線が先ほどの男の方へと向けられた。
「炎蝟!」
「言っただろ? 無駄だと」
炎上していた炎は消え、そこには男が仁王立ちしていた。右手には炎を放出していた炎蝟が、首を掴まれ動きを拘束されている。優花の手持ちでは上位の強さを誇る炎蝟が、こうも簡単にやられ、優花自身も少し焦っていた。
姿すら見る事の出来ないその影に、奥歯を噛み締める優花は、キファードレイを掲げると、勢い良く振り下ろす。
もう一度疾風が地を駆け、鋭い刃が男に襲いかかる。しかし、全く避ける気配も見せない男はゆっくりとした口調で告げる。
「懲りない奴だ。それほどまでに知りたいか? ――力の差を!」
男が左手を前へと突き出す。その瞬間、爆風が風の刃を呑み込み、路地を破壊しながら優花と彩へ向って直進する。舗装された道路が次々と砕け捲り上がり、路地を挟む塀すらも呑み込み轟音を辺りに轟かせた。
だが、爆風は彩と優花の手前で消滅し、無残な傷痕だけを残す。力を差を見せ付けられ、呆然と立ち尽くす二人。
既に男の姿は無い。
『一体、何者だったのでしょうか?』
「封術師やガーディアンの類じゃないって事はハッキリした」
『ンな事より、早いとこずらかった方がいいんじゃねぇか!』
「そうね。この状況で人に見られるのはまずいわ」
優花はそう言いキファードレイを元に戻す。彩も少し遅れてウィンクロードを元に戻した。破壊された塀と路面を見て、苦笑する。もしこの状況で人と会ったら、何て言い訳したらいいんだろう、と考えると笑うしかなかった。
その時、背後から足音が聞こえる。
『彩様! 人です!』
「ヘッ? ひ、人?」
「まずいわ。急いで――」
「ヌオッ! 何だこりゃ!」
彩と優花が逃げ出す前に、そんな声が響いた。何と無く聞き覚えのある声に続き、もう一つ聞き覚えのある声が聞こえる。
『こんな所で、テロは考えられんな』
「ってことは――」
『鬼獣だろうな』
「鬼獣がこんな所で暴れるものですかね?」
『鬼獣達にも色々と考えがあるんだろ?』
「そうですかね〜。俺にはとてもそうとは思えんが……」
「あんた等……知ってて無視してるわけ!」
遂に彩が怒鳴る。その声に対し、驚いた声で返答が返った。
「おおっ! 水島さんじゃありませんか! こんな所で会うとは奇遇ですね」
「まーもーるー! あんた、一体いつからそこに居たのよ!」
「いつからって……そりゃ、力ずくで……かって、所からですよ」
「それって――……ほぼ、初めからじゃない!」
笑みを浮かべる守の頬に、彩の鉄拳が入った。
「はうっ!」
痛々しい鈍い音と共に、守の呻き声が聞こえる。苦痛に蹲る守は、左頬を摩りながら彩の顔を見上げた。鬼の様な形相をする彩に、守は怯えた笑みを浮かべ「すいませんでした」と、小声で謝る。しかし、怒りが収まらないのか、彩が拳を鳴らし一歩守に歩み寄った。そこで、ようやく優花が口を開く。
「よしなさい。彩」
「けど――」
『そうです。彼はガーディアンなのに――』
「だから、それは――」
「うるさい! 言い訳は聞かないわよ!」
「はうっ」
頭を叩かれた。
頭を押さえる守は、優花の方に目をやり静かに口を開く。
「風見さん……。ちゃんと話してくれたんじゃないんですか?」
「ごめんなさい。まだ話してないのよ」
「な、何? 何の事?」
彩は話が見えず、守と優花を交互に見る。困った様な表情を見せる優花は、何処から話すべきか迷っているらしく、腕を組んだまま小さく息を吐く。一方で守は呻き声を上げながら立ち上がり、不満そうな表情で彩を見据える。
しかし、そこでパトカーのサイレンの音が響き、三人はその場を一目散に逃げ出した。それから、守の家の近所にある公園へと逃げ延びた。
「あう〜っ……。今日は散々な日だ」
『全くだな』
「って、それは、私のセリフよ!」
「散々殴ってそれはないでしょ?」
「何、もう一発殴られたい?」
「いえ……結構です」
笑顔で拳を鳴らす彩に、怯える守は即座にそう答えた。呆れた様なため息を吐くフロードスクウェアは『尻に敷かれるなよ』と、呟く。しかし、その声は守には聞こえていなかった。
ようやく落ち着いた頃、話が進められた。優花が彩と会うより先に守と会っていた事。優花の指示で守が姿を現さなかった事。全てを彩に話した。
「ご、ごめん!」
今までの事を謝る彩。散々殴っておいて、ゴメンで済むと思っているのか、とフロードスクウェアは思ったが、守の場合はそれで済んでしまうのだ。それが、フロードスクウェアには理解できず、もう一度深いため息を吐いた。
こんばんは。作者の崎浜秀です。
読者の皆様に募集したい事があります。
それは、“鬼獣”の名前です。色々と考えているのですが、いいアイディアが浮かびません。
それで、読者の皆様の力を貸してください。よろしくお願いします。