第六十話 監視役
呆然と立ち尽くす大地。
目の前で起きた事に、終始戸惑っていた。
一方で、落ち着いた様子の守は、床に転がるフロードスクウェアを回収し、ホッと息を吐く。誰も怪我をせずに済み、安心したのだ。
『嬉しそうだな』
「えっ? そう?」
半分テレながらそう口にした守は、右手で頭を掻く。
真剣な表情の大地は、今起きた事を分析する。死電を貫いたモノは何か、そしてもう一つの消えた気配はなんだったのか、色々と考えた。だが、結局大地一人では何の考えも浮かばず、考えるのを断念した。
「くっそーっ……。一体、なんだったんだよ!」
『さぁな。だが、もう一つの気配は敵では無さそうだな』
『そう決め付けるのは、懸命じゃないな』
突然、フロードスクウェアが話に割り込んだ。不思議そうな表情をする守と、大地は目があった。全く何も知らないと言わんばかりの眼差しに、流石の大地も唖然とした表情を見せる。
「お前……。何も感じなかったのか?」
「感じなかったって? そりゃ……強いとは感じましたけど……」
「そう言う意味じゃなくてだな」
『守は気配を感じ取る能力は無い』
そう言ったのは、フロードスクウェアだ。呆れた顔をする大地は、右手で頭を押さえると、頭を左右に振った。
「お前、それでよくガーディアンが勤まるな」
馬鹿にした口調。それは守にも分かった。だが、別に怒りはしない。実際、守自身ガーディアンとして無能だと知っていた。その為、大地に口答えする気が無ければ、文句を言うつもりもない。
しかし、フロードスクウェアは違った。自分のパートナーを馬鹿にされる事は、耐え難い屈辱だった。
『貴様! 守を馬鹿にすると――』
「馬鹿にしたらどうする? 殴るか?」
『ふざけ――』
『止めておけ。やるだけ虚しくなるぞ』
「そうだよ。俺も聞いてて辛いしさ……」
守とグラットリバーに宥められ、フロードスクウェアも渋々大人しくなった。守とグラットリバーは大きくため息を漏らし、この状況にあきれ返っていた。
何とか逃げ延びた死電の右肩からは、血が滴れていた。先程、飛んできたモノが突き刺さった痕も確り残り、そこから血が溢れている。
苦痛の表情を見せる死電は、赤い屋根の上に足を下ろすと、荒々しい呼吸で口を開く。
「クッ……。何者だ……一体」
『死電! 前だ』
「!」
死電はレイアーストの声で気付く。屋根の上にもう一人人が居る事に。黒の足元まで隠すロングコートを羽織るそいつは、フードを深々と被り顔を隠していた。背丈は高く、艶のある黒髪がフードから見え隠れしている。その奥に見えるキリッした目が、真っ直ぐに死電を見据える。
緊迫した空気が流れ、死電の表情が僅かに強張った。状況を把握したのだ。それでも、不適に笑ってみせる死電は、強い口調で言い退ける。
「クフフフッ……。誰だが知らんが、そこを退け」
「……」
「怖くて、口もひら――」
『逃げろ! こいつはやべぇぞ』
「何?」
レイアーストの声に不思議そうな顔をする死電だが、その言葉の意味をすぐに理解した。目の前の者は、右手に少し変った脇差を握っている。その刃の付け根には黄色の水晶が輝いており、それがサポートアームズである事を示していた。
傷を負う死電は、今戦うのは懸命ではないと、分かっていた。だが、何故か負ける気はしない。それは、相手のサポートアームズが具現化しても脇差程度だからだ。
不適に笑みを浮かべる死電は、ゆっくりと立ち上がると、右手のリングに左手を添える。すると、光と共にレイアーストが具現化された。
「フハハハハッ。その程度のサポートアームズで、この僕に勝てると思っていたのか! 行け、レイアースト!」
強気な死電の言葉に対し、レイアーストの反応は無い。動く気配の無いレイアーストに、苛立ちを見せる死電は大声で怒鳴る。
「何してるんだ! さっさと奴を――」
『黙れ! お前には分からないのか! 奴の――』
『戯言はすんだか? 我のマスターは気が短い。そろそろ終いにしたいのだが』
突然、低音の声が渋く淡々とした口調で、死電とレイアーストの会話に割り込んだ。一瞬にしてその場が凍り付き、ロングコートを着た者がゆっくりとサポートアームズを、顔の前に持ってくる。
空気が変った。刺々しく突き刺す様な緊張感に、死電もレイアーストも動く事が出来ない。放たれる重圧に呑み込まれる死電とレイアーストは、呼吸が苦しくなり膝を落とした。
「かはっ……。な、何だ……」
「災いは根から断ち切る」
フードの下から凛と堂々とした声が聞こえる。
『我を開放せよ』
「今解き放つ。汝の力」
その声と共に、顔の前に構えられた脇差が輝きを放つ。まるで具現化される時の様な眩い光に、死電は目を疑う。そして、死電の目の前で、それは変化を遂げる。鋭く透き通った刃に、金色に輝く鍔。装飾品の様な美しさの刀が構えられる。
圧し掛かる重圧に押し潰されそうになりながらも、死電は立ち上がりレイアーストの具現化を解く。瞬時に危険を察知したのだ。
『逃げろ! 死電! 俺等はこんな所で――』
「分かっている! 今――」
「逃がさん」
『我が牙からは逃れられぬ』
サポートアームズの言葉と同時に、刃が一閃。そして、何事も無くサポートアームズは元の位置に構え直された。
死電には傷一つ無く、斬られた形跡は無い。もちろん、死電も斬られた感触や痛みなどは無かった。恐る恐る体に触れてみるが、やはり無傷だ。
「ふ…ふはは……フハハハハハッ! 驚かしやがって! 何が、逃れられ…ぬ……だ……」
声が途切れる。そして、血が舞う。何が起こったのか分からず、死電の体が崩れる。視界が可笑しい。いつの間にか、コートを着た者を見上げる形になっている。呆然としていると、コートを着た者の唇が僅かに動く。何かを言っている様だが聞き取れない。いや、聞く事も出来ず、意識は飛んだ。
崩れた死電の体が光となり、サポートアームズに吸収される。残されたレイアーストは、ゆっくりと屋根の上に落ちた。
『クッ! 何故、貴様がそれを――』
「セイバー。これは、どうしたらいい?」
凛とした声が右手に持った刀に尋ねる。セイバーと言うのが、このサポートアームズの名の様だ。原形の脇差へと戻ったセイバーは、独特の低く渋い声で答える。
『我等の仕事は、監視役。本来、この様に手を下してはならぬ掟になっている』
「考え方が古い。今は今。昔は昔よ」
その言葉に対し、間を空ける。特に怒っている様子も無く、ただ何かを考えている様な感じで、すぐに淡々とした口調で口を開く。
『古いか……。随分長く生きたからな……。そう言われても仕方あるまい。しかし、我等の仕事は今も昔も変らぬ監視役。下手に手を出し正体を知られれば命取りになりうる』
「かもね。だからこそ、今まで友人が傷付いても我慢していた。けれど――」
『言いたい事は分かる。だが、我々はあくまで監視役。それだけ忘れるでない』
「分かってる」
ボソッと呟くと、レイアーストを回収し、その場を退いた。その姿はすぐに見えなくなり、風の様に消え去ってしまった。
大分遅くなりました。すいませんでした。
次の話が早く更新できるよう頑張ります。