第五十九話 剣と盾
緊迫した空気に、守と大地は息を呑む。
弾ける電撃の音。
それが、徐々に広がっていく。
空にはいつしか暗雲が螺旋を描き、その中で雷鳴が鳴り響く。
「やべぇな……」
表情を引き攣らせ笑う大地。流石にこれはお手上げといった感じだ。
一方、守の方は真剣な眼差しで暗雲を見据えていた。時折稲光が見える。そして、雷鳴が轟く。だが、守は表情を変えず、ゆっくりとフロードスクウェアを下段に構える。
『おい。何するつもりだ』
「大した事じゃないよ。避雷針って奴かな?」
『避雷針? ……まさか!』
「悪い。フロードスクウェア。お前の事は忘れないから」
『うぉい! ふざけんな! 何で俺が、避雷針なんかに!』
守はその言葉を無視して、ゆっくりと呼吸を整える。
『オイコラ! 人の話を――』
「フロードスクウェアは人じゃないから」
『そ、そうじゃなくてだな! もっと、他に方法があるだろ!』
「無い! 覚悟を決めるんだ!」
『ふざけんなよ! 俺だってあんな落雷直撃したら、どうなるかわかんねぇんだぞ!』
そう叫んだフロードスクウェアに、守は「そうか」とだけ小さい声で言うと、静かに呼吸を整える。やはり、意思は揺らがない様だ。その為、フロードスクウェアも意を決した。
『分かった。もう何を言っても無駄な様だ。心の準備をする時間を――』
「もう無理。すぐ落ちてくるから」
『んなっ!』
驚くフロードスクウェアを他所に、死電が高笑いと一緒に口を開く。
「フハハハハッ! この稲妻が落ちた時、貴様らは僕の本当の強さを知る!」
辺りが光に包まれ、雷鳴が轟く。紫の閃光が空を二つに裂き、轟音が鳴り響いた。瞬時にフロードスクウェアを空に放る守だが、落雷はそれを避け守達の後方へと吸い込まれていく。
「なっ! 何故、落雷が!」
突然の事に驚く死電。その一方で、安心している者もいた。
『た、助かった……』
フロードスクウェアだ。落雷が逸れたお陰で、無傷で床に突き刺さった。
「ったく、何で俺等が後輩の手助けをしなきゃならん」
『仕方ないだろ。雷と相性が良いのは、土の属性の俺等なんだ。それに、避雷針は俺等の役目だろ』
「避雷針ね……。まぁ、別にいいんだけどな」
呆れた口調の大地は、目の前に立つ守の背中を真っ直ぐに見据え、口元に微かに笑みを浮かべた。
大地の行動に驚く素振りも見せない守は、床に刺さったフロードスクウェアの柄を握ると、フロードスクウェアにしか聞こえない声で言う。
「行くぞ。全力で」
『おま、まさか!』
何かを言おうとしたフロードスクウェアの言葉を聞かず、守は刃を抜き走り出す。軽快な足音。それは徐々に加速し、塔屋の手前で右足を踏み込むと同時に、全力で床を蹴った。勢い良く飛び上がる守は、その目でジッと死電を見据える。互いの視線が交わり、互いの動きがスローに映った。
振り上げたフロードスクウェア。
掲げるレイアースト。
二つの水晶が輝き、二つの声が混ざり合う。
「裂け! フロードスクウェア!」
「防げ! レイアースト!」
振り下ろされたフロードスクウェア。
具現化されたレイアースト。
両者が激しくぶつかり合い、激しい衝撃波が全てを吹き飛ばした。
空を覆う暗雲が一瞬にして外へと弾かれ消滅。そして、眩い夕日が辺りを照らす。
吹き荒れた暴風に、大地は顔を顰め左腕で顔を庇う。
「クッ! 何て衝撃波だ……」
『どうなった?』
「分からん」
大地がそう言うと同時に、フェンスに何かがぶつかる音が響く。
風が治まり、フェンスが不気味な音を立て軋む。
大地は左腕を下ろし、顔を上げた。そして、塔屋の上に佇む男の姿に、表情を引き攣らせる。
「チッ……」
『ヤバイな』
大地の視線の先には、死電が立ち尽くしていた。右手に現れた妙な形の盾。それが、レイアーストの本当の姿だ。傷一つないレイアーストの姿に、死電は静かに声を上げる。
「フハハハハッ! 見たか! 僕の力を!」
「残念だけど……キミの負けだよ」
大地の背後から聞こえた声。これは、間違いなく守の声だ。
驚き振り返った大地の視界に入ったのは、壊れかけたフェンスにぶら下がる守の姿だった。右腕から流れる真っ赤な血が、指先から零れ落ち、左手だけで必死にフェンスを掴んでいる。
握力が徐々に失われ、苦痛の表情を見せる守。その様子に高笑いする死電が大声で叫ぶ。
「フハハハハッ! 僕の負けだって? そこでぶら下がる事しか出来ないキミに何が出来るって言うんだい?」
『オイ! 上だ!』
「上?」
死電が上に顔を向けると、真っ直ぐにフロードスクウェアが落下してくる。切っ先を真下に向け、加速するフロードスクウェアに、死電は咄嗟にレイアーストを振り上げた。落下スピードが加わり、激しく二つがぶつかり合う。
鈍い鉄音が響き、血が滴れる。
『グッ……な、何故……』
翳されたレイアーストを中央から貫いたフロードスクウェアの刃は、死電の右肩に突き刺さっていた。驚き困惑する死電の右手が、レイアーストから放れる。そして、静かに両膝が床に落ちた。
右肩に圧し掛かるフロードスクウェアの重量が、刃を右肩へと更に減り込ませていく。苦痛が激痛に変わり、死電は左手でフロードスクウェアの柄を握る。
「クッ……ウウッ……」
『足掻けば足掻く程、食い込んでいくぞ』
「ふざける……な!」
無理にフロードスクウェアを抜いた死電は、そこで初めてフロードスクウェアの重さに気付き、その場にフロードスクウェアを落とした。レイアーストの具現化が解け、亀裂の入ったリングがフロードスクウェアの横に転がる。
「ふ……ふざけやがって……」
『死……電……退く……ぞ』
「ああ。分かってる」
「ンな簡単に逃がすかよ!」
フェンスにぶら下がっていた守を引き上げた大地が、右手を握り締め眉間にシワを寄せ死電を睨む。右腕を左手で押さえる守は、乱れた呼吸のまま死電の方に目を向ける。
漂い始める沈黙。吹き抜ける生暖かな風。静まり返った辺りには、風音しか聞こえなくなっていた。不穏な空気に、辺りを警戒する大地は、小さな声でグラットリバーに問う。
「な、何だ。この威圧感……」
『奴の仲間か? それとも……新手か』
「どっちにしろ、俺達には不利って訳か……」
『ああ。そうなるな』
グラットリバーの冷静な判断に、大地は動きを制限された。
現状では、こちらが圧倒的不利と言う状況で、大地は頭をフル回転させる。守の事、フロードスクウェアの事、対峙する死電の動き。全ての事を考える大地は、慎重に事を運べる為にまずフロードスクウェアを回収する事を考えた。
その時、何処からともなく鋭い風音が聞こえてくる。それが、大地と守の横を通り過ぎたかと思うと、塔屋の上に立つ死電の体が吹き飛ぶ。血が飛び散り、死電の姿が塔屋の後ろへと消えていく。
守と大地は何が起こったのか分からず、呆然としていた。一方、フロードスクウェアには、一部始終がハッキリと見えていたが、それを口にする事はなかった。