第五十八話 不測の事態
高らかと宙を舞うネックレス。
小さな剣のアクセサリーが、夕日を浴びて輝く。
フロードスクウェアは何も語らない。守の事を信用していたし、これが最善の方法だと、フロードスクウェアも思っていた。
死電の手の中に、アクセサリーが納まった。
俯き拳を握り締める大地は、守の方に顔を向ける。怒りの篭った表情の大地は守に歩み寄り,襟首を掴むあげた。
「てめぇ、自分が何したかわかってんのか!」
「ああ……。分かってる」
落ち着いた様子の守の言葉に、大地は更に怒りをぶちまける。
「てめぇはバカか! 奴等が素直に人質を返すはずねぇだろ!」
『止めろ! 大地!』
グラットリバーの言葉も聞かず、大地は守を殴った。吹き飛ぶ守は、フェンスに背中を打ちつける。口角が切れ血が流れた。俯いたままゆっくりと立ち上がると、大地の目を真っ直ぐに見据える。
「俺は、誰も傷付けたくない。この戦いに、関係ない人を巻き込みたくない」
「だからって、自分の武器を渡して何になる!」
「全く彼の言うとおりだよ。馬鹿なガーディアン君」
不適な笑みを浮かべ守を見据える死電に、守も静かに視線を向ける。二人の視線がぶつかり合い、死電が右手を向けると、人差し指を立てサポートアームズに命令した。
「僕等が、人質を返すわけないだろ? やれ。レイアースト」
『皆殺しだ!』
『大地!』
「分かってる!」
大地は右拳を握り、戦闘態勢に入る。そんな大地にレイアーストと呼ばれた、鎧型のサポートアームズが突っ込んできた。腰を低く構える大地は右拳を脇下に構える。拳の中が微かに光を放つ。
『大地。一発限りだぞ』
「ああ。分かってる。一撃で粉砕する」
『ヴハハハハッ。一撃で粉砕だと? 笑わせてくれるぜ!』
鉄音を響かせるレイアーストの足音。それに紛れ、もう一つ足音が大地の背後から響く。
「黒木君! そのまま動くな!」
「うるせぇ! てめぇの――うがっ」
守が大地の背中を蹴り宙に舞う。レイアーストの頭上を越え、守は一直線にタンクの上に立つ死電を見据える。二人の視線が完全に合わさり、死電が不適な笑みを浮かべた。サポートアームズを持たないお前に何が出来る、と言いたげなその顔に、守は右手を硬く握り目付きを変える。
「行くぞ! フロードスクウェア!」
「フッ。何を馬鹿な事を。お前のサポートアームズは――」
『守! 一気に叩き切れ!』
守の右手からフロードスクウェアの声が響き、光が放たれた。そして、守の手から具現化されたフロードスクウェアが現れる。鋭く大きな刃が、夕日を浴び美しく輝く。
「うおおおおおっ!」
全身全霊を込め、フロードスクウェアを振り下ろす。落下速度も加わり、刃が勢いよく落ちる。
「クッ!」
驚きのあまり、反応の遅れた死電の左肩に、僅かに切っ先が触れ服を裂いた。そして、勢いそのままにタンクまでを真っ二つに裂き、水が大量にタンクから溢れる。
舞い散る水飛沫。塔屋の上に着地した守は、フロードスクウェアの切っ先を地面ギリギリで止め、水飛沫の合間に見える死電を睨む。裂かれた服の合間から見える細く白い体には、薄らと血が流れ出していた。その死電も、水飛沫の合間から守を睨みつけている。
「どう言う事だ……なんで、アイツがフロードスクウェアを持ってるんだ? 確かに、あの時……」
この状況で先に口を開いた大地。その場に居た誰もが思った疑問だった。レイアーストですら、その場で動かずに守の事を見据えていた。
水飛沫を浴びながら静かに立ち上がる守はフロードスクウェアを持ち上げ、中段に構える。切っ先を自分の方に向ける守に、死電は静かに問う。
「貴様……どうやってそれを……」
『お前の持っているのは、ただのネックレスだ。守はいざと言う時の為に、必ず二つネックレスを首に掛けてんだよ。しかも、俺と似た形状のアクセサリーがついている奴を』
「クッ……。貴様は、こう言う事が起きる事を予測していたと言うのか!」
怒りに右手に握っていたネックレスのアクセサリーを砕く。真剣な表情を崩さない守は、静かに息を吐き答える。
「不測の事態に備えて置くのが、本当の策士と言うモノだ。残念だけど、俺は人質を取る様な卑劣な策士には負ける気はしない」
「グウッ……。ふざけるな! 貴様如きに――」
怒りを滲ます死電は、凄い形相で守を睨む。一方、守も真剣な眼差しで死電を見据えていた。二人の睨み合いが続き、辺り一帯が水浸しになる。守の濡れた髪の先から雫が滴れた。その雫が守の目の前を通過する直前、死電の姿が消える。だが、その動きは全てフロードスクウェアが捉えていた。
『守! 上だ!』
「なっ!」
「フロードスクウェアは、相手の気配をすぐに探れる」
守は中段に構えたフロードスクウェアで、空に舞う死電を切り上げる。咄嗟に身をよじり、刃をかわす死電だが、切っ先が右頬を掠めた。皮膚が裂け、血が僅かに溢れる。表情を歪める死電は、守から距離を取る。
先程の戦いとはまるで別人の守の動きに、大地は驚きを隠せなかった。的確な太刀捌き、軽快な動き。全てが鋭かった。
「アイツ……。アレが本気ってわけか?」
『あの様子だと、この先もドンドン伸びるぞ』
「そうだな……。俺の見込み通りだ。うかうかしてられねぇな」
『そう思うなら、俺達は奴のサポートアームズを叩くぞ』
「ああ。最初から全力で行くぞ!」
大地は右拳を握り締めると、更に力を込める。パキッパキッ、とグラットリバーの黒い表面が、徐々に大地の右腕を侵食し、鋭く硬質に変化していく。
その音にレイアーストも気付く。瞬時に振り返るが、その瞬間に視界が真っ暗になり、頭に激痛が走る。
「わりぃな。とっとと終わらせてもらうぜ!」
『グッ! 下等なサポートアームズ風情が!』
『分かって無いな。下等なサポートアームズでも、扱う者次第で何倍もの力を発揮するんだよ』
グラットリバーの言葉が、レイアーストの頭に響く。
『黙れ! 何が使う者だ! 能無し共め!』
「往生際が悪いんだよ!」
暴れるレイアーストの頭を、更に強く握る。メキメキと、レイアーストの頭が軋む。
「クッ! 戻れ! レイアースト!」
『チッ……』
舌打ちと同時にレイアーストが消え、死電の指へと戻る。それと同時に死電の髪が静電気で逆立つ。何か異変を感じた守は、すぐさま塔屋から飛び降りると、理穂と若菜の元に駆け寄る。
「早くここから逃げてください。とにかく遠くへ」
「で、でも――」
「分かりました。行きますよ理穂」
「エッ! ちょ、まだ話す事が――」
「そんな事を言ってる状況じゃないです。今は言う通りに」
納得の行かないと言う様子の理穂の腕を引き、若菜は屋上を後にした。
それを確認した守は、静かにフロードスクウェアを構え直し、ゆっくりと塔屋の上に立つ死電に目を向けた。
『これからが、本番だぞ。分かってるな守』
「うん。分かってる」
紫の電流が死電の周りで弾ける。額に浮き出る青筋。そして、右手の人差し指のリングが、その電流を吸収し、眩く光る。先程までとは比にならない力に、守も大地も表情を歪めた。