第五十七話 激突! そして、新たな敵
夕日に色に染まり行く中、屋上では金属音だけが響く。
素早く軽快な足音が、縦横無尽に駆け巡り、鋭い風音を聞かせたかと思うと、少々鈍い金属音が聞こえる。
防戦一方の守は、素早く動き回る大地を目で追いつつ、攻撃に備えて優位な形でフロードスクウェアを構えていた。黒い瞳が右へ左へと素早く動き、確りと大地の動きを捉える。そして、大地が右手を振り抜くと同時に、最小限の動きで身を引きフロードスクウェアの平で受け止めていた。
二人の攻防は次第に激しくなり、時折火花が散り突風が吹き始めた。
そんな二人の戦いを、物陰に隠れて覗いている二つの影があった。報道部の鳥山 理穂と山中 若菜の二人だ。守を尾行して屋上に隠れていたが、まさかこの様な状況に出くわすとは思っても居なかった。
その為、理穂はシャッターを押すのも忘れ、二人の戦いに見入っていた。
「う……嘘でしょ! な、何、アレ!」
驚きから震える理穂の声。それに対し、落ち着いた様子で若菜が返答する。
「彼らが、あの時の戦っていた人と見て間違いないみたいですね。理穂」
「じゃあ、じゃあ、遂に真相に――」
「まだですよ。実際にあの化物は出てきてませんから」
「うっ……」
若菜の言葉に、表情を引き攣らせた。確かに、鬼獣の姿を見ないと、本当に守があの鬼獣と戦っていたのか、分からないからだ。
息を呑み、真剣な眼差しを守の方に向ける理穂は、嬉しそうに目を輝かせていた。一方、若菜は怪訝そうに眉間にシワを寄せている。
「理穂。速めに、ここを出ましょう」
「エッ! な、何言ってんのよ! こんなチャンス滅多に無いんだから!」
「それはそうだけど……。あんまり危険な事に首を突っ込むと――」
「命を落とすぞ」
若菜の言葉を遮り、男の声が聞こえた。ゾッとする様な声に、理穂と若菜は動きを止める。瞳孔が開き、脈が早まる。息が苦しくなり、振り返る事すら出来ずに居た。恐怖から体が自然に震え、殺されると錯覚する。
「そんなに怯える事無いよ。キミたちに、危害を加えるつもりは無いから」
穏やかな声だが、何処か冷たい印象を与える声に、返答する事は出来なかった。
守と大地の攻防が途切れる。
両者とも大分疲れが見え始めていた。肩で息をする守は、フロードスクウェアを何とか構え、確りと大地を見据える。
一方、大地も肩で息をしているが、前傾姿勢を保ったままいつでも攻撃に転じられる様にしていた。
「ハァ…ハァ……」
『大地。そろそろ良いだろ?』
「ま、まだだ……」
『何も、そこまでする必要はないだろ?』
「俺は、アイツの本気が知りたい。そうじゃなきゃダメなんだよ」
真剣な大地の顔に、グラットリバーは諦めた様に黙り込んだ。右手をブラブラと揺らす大地は、呼吸を整え守を睨む。その視線に、守も気付きフロードスクウェアを構え直す。
『来るか』
「多分、今度ので最後だと思う」
『全力で来ると言う事か?』
「うん。そうなると思うよ。俺等も、全力で行く」
『まぁ、妥当な考えだ』
フロードスクウェアの皮肉った言葉に、守は返答しなかった。既に意識を集中していたのだ。いつもの穏やかな表情は消え、真面目な表情を見せる守は、ゆっくりと息を吐き、フロードスクウェアの柄を固く握り締めた。
対峙する二人の合間に流れる空気が変る。緊迫した空気の中、吹き抜ける生暖かい風。両者の髪が緩やかに揺れる。守が右足を摺り足で前に出す。前傾姿勢を取る大地は、更に腰を低くすると、右手を床につける。
風が止む。それと同時に二人が動く。大地は右手で床を押し、両足で更に床を蹴り加速する。一方、守はフロードスクウェアを中段に構え、右から左へと流れる様に振り抜いた。それと同時に、大地も右拳を振り抜く。
完全にフロードスクウェアとグラットリバーが、一直線に並び交錯する直前、男の声が響いた。
「そこまでだよ! ガーディアン諸君」
その声に瞬時に動きを止める守と大地。フロードスクウェアとグラットリバーが、ぶつかる寸前でピタリと止まっていた。真剣な表情を崩さない守と大地は、静かに武器を下ろす。そして、声のした方へと顔を向けた。
塔屋の上に備え付けられたタンクの上に立つ男。奇抜な衣装に、灰色の髪。そして、青白い肌。何処か、不健康そうなその男は、目を隠すほど伸ばした前髪を掻き揚げると、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「仲間割れの最中、悪いね。僕は死電。キミたちを殺しにきたよ」
笑顔でそんな事を述べる死電を大地は睨む。
「誰だ? 何故、俺等の事を知っている」
「ヤダな。当然だろ? だって、キミ等は、僕等にとって、敵なんだから」
死電は不適に笑みを浮かべると、右手の人差し指に填めた指輪を見せる。その指輪の水晶が黄色い光を放つと、刺々しい声が聞こえた。
『ヴハハハハッ! さっさと俺を具現化しろ!』
「落ち着け。僕は、命土と違って、ちゃんとした作戦があるんだよ」
『作戦だと? んなもの、必要ねぇな』
「そう言うな。完璧に奴等を叩きのめす為さ」
死電とサポートアームズの話し声を聞き、守と大地は表情を更に引き締めた。
一方、落ち着いた様子のフロードスクウェアとグラットリバーは互いに話を始める。
『あやつ……。全く気配が無かった』
『ああ。あれほど、完璧に気配を消せるサポートアームズがあったのか?』
驚きを隠せないフロードスクウェアとグラットリバーは、その目で死電のサポートアームズを見据えた。そのリングの形は盾を模っており、その中心で輝く黄色の水晶は、更に光を放つ。
『フッ。流石に、俺の強さに気付いたみたいだな。下等なサポートアームズ共!』
「ヘェ〜ッ。一応、お前の強さの分かる奴も居るんだな」
『当然だろ? 俺はずば抜けた戦闘能力を持っているんだからな』
威張るサポートアームズに対し、大地は「フッ」と鼻で笑うと、右手を握り締めた。
「てめぇが、誰だろうが、俺には関係ねぇ。真剣勝負の邪魔をすんじゃねぇよ!」
『止めろ! 大地!』
大地をグラットリバーが止め様と叫ぶが、既に大地は走り出していた。そんな大地を見下す死電は、右手を翳すとサポートアームズが光を放つ。眩い光と共に、姿を現す一体の鎧。それは、胸に黄色の水晶を宿していた。
それが何か分からないが、大地は気にせず突っ込み、右拳を振り抜く。だが、その拳は空を切り、代わりにその鎧の拳が大地の腹を抉った。
「グッ」
「黒木君!」
駆け寄ろうとした守に、死電が叫ぶ。
「動くな! こいつらがどうなっても良いのか?」
死電の言葉に動きを止める。すると、塔屋の裏から理穂と若菜が姿を現す。
「エッ! キミ達は――」
「クッ……。人質と言うわけか……」
腹部を押さえる大地は、苦しそうにそう呟く。
「こっちも、人質を取るつもりは無かったんだけどね」
「ごめんなさい! わ、私達――」
涙を浮かべる理穂が全てを言い終える前に、守が俯きながら言葉を挟んだ。
「要求は何だ!」
「要求? 決まってるだろ。サポートアームズを渡せ」
真顔でそう言う死電は、右手を差し伸べた。その言葉に、苦笑する大地は、怒りの篭った声で返答した。
「ふざけろ! てめぇに渡すもんは――」
「分かった。それで、二人は助かるんだな」
大地の言葉を遮り、守がそう言い放った。その言葉に、「お前、何言ってんだ!」と、大地は叫んだが、守は返答せず、フロードスクウェアの具現化を解く。そして、ネックレスを取り、ゆっくりと右手でフロードスクウェアを空高く放り投げた。