第五十話 報道部
青桜学園の片隅。
様々な部の部室となっている二階建ての建物。その二階の右端の部室から、妙な奇声が発せられる。
「キエエエエッ!」
何とも不気味な奇声に、運動部の面々は奇妙な表情をしながらその部室を見上げていた。ユニホーム姿に丸刈りの野球部員三年、田島 真吾は身震いをさせ視線を静かに落とし言う。
「う〜っ。寒気がするな〜」
「全くだよ……」
それに答えたのは、その隣りに居た同じく野球部員三年の金子 浩平だった。まだユニホームに着替えてはおらず、カバンを肩に担いでいる。結構真面目な奴だ。深々とため息を吐く野球部の二人は、もう一度だけ二階の右端の部室を見上げ、苦笑いを浮かべる。
「報道部の連中、この時期なると見境無いからな」
「全くだ……。田島も気をつけろよ。報道部に、今変なネタを掴まれたら、即記事にされるぞ」
「ああ……。そうだな。しかし……」
田島は迷惑そうに目を細め、両肩を落とすと、「最近、報道部荒れてるよな」とボソッと呟いた。金子は、その言葉に何度も頷き、「事件の真相が掴めないからだろ」と、少しだけ呆れた感じで答えた。
「んーもう! どうなってのよ!」
部室内に響く理穂の怒声。先ほどの奇声もこの理穂が発したモノだ。少しだけ散ばった部室に、複数の生徒。その中に部長の姿があった。相変わらず、細々とした糸目の部長は、少しだけ困った表情をしていた。
「理穂く〜ん。頼むから、部室を散らかすのは止めてくれよ」
のん気な部長の言葉に、理穂がキレる。
「何のん気な事言ってるんですか!」
激しく机を叩く理穂。痛々しく鈍い音に、その場に居た皆が思う。『うわっ、痛そう』と。もちろん痛かった。その為、理穂の目には薄らと涙が浮かんでおり、それを必死に我慢する様子の表情が窺える。
唖然とする部長は、鼻から静かに息を吐くと、少しだけ右に体を傾けた。凄く面倒臭そうな部長は、やる気の無さそうで眠そうな眼をした若菜に視線を向ける。長い髪を二つ分けのお下げにしている若菜は、時々そのお下げにした髪を触り、カメラのフレームを覗き込む。
何をしているのか、理解に苦しむ所があるが、この場を収める為に、部長は静かに口を開く。
「それじゃあ。時間も無いし、各自で記事を纏めようか」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 部長!」
「タメ口禁止だよ」
のんびりとした口調の部長に、ムスッとした表情を見せる理穂は、眉間にシワを寄せる。その表情に、聊か困った表情を見せる部長に代わり、大人っぽく可憐な女性、楠木 恭子が言う。
「ダメよ。女の子が、眉間にシワを寄せちゃ」
長くウェーブの掛かった茶色の髪を揺らし、理穂の眉間に右手の人差し指を当てる。その行動に理穂は更にムスッとした表情をする。
楠木はこの報道部の副部長で、エースである。エースと言うのは、トップ記事を扱っていると言う意味だ。ついでに、理穂と若菜の二人は隅の方の目立たない所の記事を担当している。だが、すぐにトップの座を奪おうと、理穂は考えていた。
「もういいです! 行くわよ! 若菜」
「エーッ……。何故、アタシが……」
迷惑そうな表情をする。当然と言えば、当然だ。だが、有無を言わさず、理穂が若菜に顔を近づけ静かに言う。
「行くわよ」
少しだけ怖い理穂の顔に、渋々と若菜は「分かりました。一緒に行きましょう」と、了承した。殆ど脅されたという感じだったが、正直、若菜は理穂と一緒に居る事が好きだった。理穂と居れば、色々と面白い事に遭遇するからだ。それに、何かとスクープを見つける事が出来るかも知れないと、若菜自身思っていた。
部室を飛び出し、校内をうろつく理穂と若菜。やる気の感じられない若菜は、カメラのフィルター越しに様々な風景を眺めていた。そんな若菜の前を歩く理穂は、深々とため息を漏らす。
「はう〜っ……。どうしよう……これから」
「計画性無さ過ぎですよ。そもそも、楠木先輩が居る限り、トップ記事は無理ですよ」
「うるさいな〜」
額に掛けていた眼鏡を下ろし、鼻に掛ける。首から提げるカメラを手に持ち、辺りを見回す。あれっきり、一度も鬼獣を写した事はない。だが、理穂は鬼獣の正体を探る為、色々と調べていた。しかし、何の手がかりも掴めていないのが現状だ。
「う〜っ……」
肩をガックリ落とし、不満そうな表情の理穂。校内を歩き回ったが、結局何も見つからず、何故か電力室前に来ていた。ここで初めて鬼獣の姿を写真に写したのだ。と、言ってもそれは偶然だった為、一体何が起こったのかは理穂自身分からなかった。
ボーッと空を見上げる理穂は、先日の光景を思い出す。オールバックの男とアフロの男の事。
実際、あれは変装した守と彩だったが、皆あれは二人とも男だと思い込んでいる。もちろん、理穂自身もあれは男だと思っていた。
「はぁ〜っ……あの時の四人組の正体さえ掴めればな〜」
「四人組と言うと、先日のグランドを破壊した四人の事?」
「そう。そもそも、あの四人組は何? 人間なの?」
「アタシに聞かれても、答えられませんよ」
欠伸交じりの声に、仕方なくため息を漏らす理穂。そんな理穂に、不意に若菜が問う。
「あの子に聞けば?」
「あの子?」
「そう。理穂を襲った――」
その言葉を言い終える前に、理穂が慌てて口を開く。
「ば、ばばばば、馬鹿な事言わないでよ! だ、だだ、だい、だい、第一、わ、わわ、私はおそ、襲われてなんか!」
あまりの慌てっぷりに、聊か呆れた表情の若菜は、面倒臭そうに座り込む。そして、チラチラとミニスカートの下から見え隠れする理穂のパンツをカメラに収める。そんな事とは知らず、慌てまくる理穂は、力一杯否定している様だが、若菜はどうでも良かった。
ある程度時間が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻した理穂に、若菜はつまらなそうに欠伸を一つしてから言う。
「マニアには高く売れる」
「だ、だから、マニアにはって、どう言う事よ」
少しだけ頬を赤く染める理穂が、怒声を響かせる。すると、若菜は先程の話へと戻す。
「理穂、覚えてない? あの理穂が襲われた日の事」
「だ、だから、襲われてないって言ってるでしょ!」
面倒臭そうな表情を一瞬見せた若菜だが、すぐに疲れたようなため息を吐き話を進める。
「それは、どうでもいいです。それよりも、あの時あの子は明らかに理穂を守った様に見えた」
「なら、何で襲ってるとか言うのよ」
「その方が面白いからですよ」
「あんた、意地が悪いわね。まともな大人になれないわよ」
皮肉っぽく理穂は言ったが、若菜は全く気にしていない様に反論する。
「記者なんて、まともな人がやる仕事じゃないわよ」
「イヤ……そんな事ないでしょ?」
「そうかな? アタシ的にはそうだと思うよ。人の秘密とか、芸能人のプライベートとか追い掛けて記事にして世間の眼に晒しちゃうんですもの。まともな人がやる仕事じゃないでしょ?」
疲れた様なため息を吐く若菜は、首を左右に何度か振る。少しだけムスッとした表情を見せる理穂は、「そうかも知れないわね」と、不機嫌そうな声で言い放った。
祝・五十話!! 祝・連載一周年!!
知らぬ間に、連載始めて一年が過ぎました。
一年……色々ありました。でも、まだ五十話しか進んでないんですね。頑張らなきゃ。
結構、読んでくださる人が居る様で、僕も更新するのが楽しみです。
しかし、本当に楽しんでもらえているのかと、不安になる事もあり、作者の独り善がりになっているのでは? と、思うこともあります。
それでも、必ず完結させるつもりです。まだまだ長くなるかも知れませんが、これからもよろしくお願いします。