第四十九話 喫茶店の四人
青桜学園近くの喫茶店。
少しばかり険悪な雰囲気の四人組。
窓際に座る守は緊張した面持ちで、険悪な雰囲気の中苦笑いを浮かべる。そして、考える。この状況を打開する術を。
その隣りに座る彩は、眉間にシワを寄せムスッとした表情を見せ、向かいに座る大地の顔をジッと見つめていた。何から話せば良いか分からず、頭の中で色々と考えていたのだ。
彩の向かいに座る大地は、眉間にシワを寄せる彩の顔を、目を細めて見据える。何故、こんなに睨まれているのかと、考え悩む。どうすればいいのかと。
一方、守の向かいでは、優花が落ち着いた様子でメニューを眺めていた。少しだけ残念そうな表情を見せる優花は、メニューを置くと深々とため息を吐く。目的だったモノが無かったのだろう。
この沈黙の中、四人のサポートアームズである、フロードスクウェア・ウィンクロード・グラットリバー・キファードレイは大人しくしている訳も無くいがみ合いを続けていた。
『んだとこの野郎! 一回助けたくれぇで調子のんな!』
キファードレイの荒々しい口調に、ウィンクロードが皮肉たっぷりの声で言い返す。
『フッ……。強がりばかりですね。私達が来なければ、あなた方は――』
『何だ何だ? 仲直りの為に集まったんじゃないのか?』
ウィンクロードが言い終わる前に、フロードスクウェアが口を挟んだ。その言葉に、彩の右の眉がピクッと動く。それに連鎖する様に大地の右手の中指がビクッとする。眉間にシワを寄せたままの彩は、プクッと頬を膨らすと、唇と尖らし不満そうな表情を、横にいる守に向けた。
彩の視線に気付いていた守は、微かに視線を逸らし絶対に彩と目を合わせない様にしている。今、目を合わせれば何を言われるか、分からないからだ。そんな守の制服の裾を、テーブルの下で掴むと、大地や優花にばれない様に引っ張る。
流石の守も、渋々と顔を彩の方に近づけ囁く
「何? ってか、水島さん。仲直りするんじゃなかったんですか?」
「うるさいわね! それが出来ないから助けを求めてるのよ」
「何で、俺に助けを求めるんですか! 第一、俺関係ないでしょ? 何で俺までこの気まずい中に……」
少し涙目の守は、首を振り両肩をガックリと落とす。そんな守の肩を掴む彩は、激しく体を前後に揺さぶり小声で怒鳴る。
「あんた! パートナーでしょ! どうにかしなさいよ!」
「や、やめ、や――ッ!」
突如、彩の手が守の肩から離れる。その瞬間、後方へと投げ出された守は、後頭部を窓ガラスに激しくぶつけた。鈍い音に彩・優花・大地の「アッ」と言う声が混ざり合う。頭部を押さえ悶える守の姿に、彩・優花・大地の三人は唖然とし、硬直していた。
「う…うううっ……」
苦しむ守の姿に誰一人言葉を掛けない。掛けないと言うよりも、掛ける言葉が見つからないと言う方が正しかったのかもしれない。沈黙の中、守の呻き声だけが聞こえ、三人の表情は引き攣っていた。そんな中、初めに守に声を掛けたのは、首からぶら下がるフロードスクウェアだった。
『お、お前、大丈夫か?』
「だ…だ――……大丈夫そうに見えますか!」
フロードスクウェアの言葉に突如叫ぶ守。だが、その声が頭をズキズキとさせ、もう一度守は蹲った。その行動に半笑いを浮かべる彩と大地に対し、楽しそうに優花が微笑んだ。
「フフフフッ……。面白い人ね」
「――!」
その言葉に、彩と大地は驚き、優花の方へと顔を向け疑いの眼差しを向ける。そんな視線を気にせず、優花は体を前のめりにし、守の頭を撫でながら、「痛いの痛いのとんでいけ〜」と、楽しげに言う。恥ずかしそうに顔を真っ赤にする守は、「う〜っ……止めてくださいよ!」と叫び、涙目で優花の顔を見た。それが、更に優花の心を燻る。
「んん〜ん。可愛い! やっぱり、大地と違って、守君は可愛いわね」
「なっ!」
「嘘ッ! 優花って……」
表情を引き攣らせる大地と彩の二人は、少々体を仰け反らせながら優花と守の方を見ていた。優花があんな表情をする所を、彩も大地も初めて見た。そして、優花が守の様な子がタイプなのだと、この時初めて知り、驚き呆然としていた。
そんな彩と大地は顔を近づけると、コソコソと話を始める。
「優花が、あんな風に笑ってるの初めて見た」
「お、俺もだ……。まさか、あんな一面があるとは……」
二人はもう一度優花の方へと顔を向ける。そして、「意外だ」と声を揃えて言う。そんな二人の視線に気付いていないのか、優花は嬉しそうな目で守を見つめ、「フフフフッ」と楽しそうに笑う。それが、女の子っぽく可愛らしく、彩も大地も少しだけ優花に見とれていた。
頭部を押さえたまま恥ずかしそうにする守は、優花の可愛らしい笑顔を見る事が出来ず、赤面しながら俯いていた。そして、隣りの彩に助けを求める様に、チラチラと視線を送るが、彩は全く気付く気配は無い。それどころか、大地に顔を近づけヒソヒソと話をしているのが見えた。
「優花って、変ってるわよね?」
「そ、そうだな……。少し人より感性が違うんだろ?」
「そう言う問題かな? そもそも、守の事を可愛いだなんて……可笑しいわよ」
彩と大地のヒソヒソ話に、グラットリバーが口を挟む。
『いいんじゃないか? 優花ならあれ位の優男の方がお似合いだと、俺は思うぞ』
その言葉に、「えーっ」と、否定的な声を上げる彩は、首を左右に振りながら、右手を顔の前で激しく振る。
「無い無い無い。ありえない。絶対に無い!」
『何、ムキになって否定してるんだ? まさか――』
『私もグラットリバー殿の言う通りだと思います』
「ムッ……。珍しいな。ウィンクロードとグラットリバーの意見が合うなんて」
「そうね……確かに珍しい」
疑いの眼差しを胸元で揺れるウィンクロードに向ける彩は、そっと右手でウィンクロードを持ち上げる。薄らと光を放つアクセサリーの頭の水晶に、真っ直ぐに視線を送った。首を軽く傾げる大地は、右手首のグラットリバーに視線を落とし、静かに問う。
「なぁ、何してるんだ? 彩の奴」
『さぁな。俺に聞くな。それより、お前はどう思うんだ? 優花と守の事』
「ど、どうって……」
大地は守と優花の方に顔を向ける。一緒にいる時には見せた事の無い、優花の笑顔に大地は何故か胸が痛んだ。きっと、自分が不甲斐無かったのだろう。長い間一緒にいたのに、優花をあんな風に笑わせる事が出来なかったのが――。
いつも、優花が辛い思いをしているのには、薄々気付いていた。だが、大地は何も出来なかった。慰める事も、その思いを和らげる事も。辛い気持ちに気付いていたのに、手を差し伸べられず、優花はずっと孤独の中にいたのだ。
そんな事を考えると、守なら優花の辛い気持ちを和らげてくれるんじゃないかと、少なからず思った。そして、グラットリバーに答えを返す。
「俺も……似合ってると……思う。あいつなら――」
「バカーッ!」
「――ふがっ」
何故か彩が左フックを大地に見舞う。鈍く重々しい短音が聞こえた。右頬を打ち抜かれた大地の顔は、大きく左に振られ、体が椅子から投げ出される。そして、そのまま床へと激しく倒れこむ。静まり返った喫茶店内の客の視線が、横たわる大地へと向けられた。守も優花も、何も起ったのか分からず、不思議そうな表情で大地と彩を見ていた。
床に倒れたまま動かない大地は、拳を小刻みに震わせる。そして、立ち上がり彩の方に顔を向け、「何すんだ!」と、怒鳴った。だが、その瞬間に彩の右のショートアッパーが、大地の腹部を抉り、大地はすぐに大人しくなった。