第四十八話 舞い上がる疾風の龍
地が大きく揺らぐ。大地を見据える命土は、静かにライドフォルドを構える。待っているのに飽きたのだろう。
一方、大地の右腕はグラットリバーに侵食されていた。初めは手の甲までだったグラットリバーの体が、現在は大地の二の腕まで黒い硬質の物体で覆っている。額に浮き出る青筋が、はち切れんばかりに浮き出ていた。グラットリバーの表皮が黒く艶立ち、更に硬化していく。
「うぐっ……」
『大丈夫か?』
「心配……すんな……」
大地はそう言い、グラットリバーに無理に笑みを浮かべる。引き攣った大地の笑みを見たグラットリバーは、心配だったが何も言わなかった。大地の右腕をグラットリバーが完全に侵食した時、命土が一瞬にして大地の目の前に姿を現した。
「ごめんなさい。あなたと遊んでいるほど暇じゃないの」
「――くっ!」
『大地!』
「ああ。わかってる!」
命土が不適に笑みを浮かべ、ライドフォルドを振り抜く。鋭い刃が大地に迫るが、それより先に大地の黒い右腕が刃を受け止める。澄んだ刃音が辺りに響き、地の揺れがおさまった。ぶつかり合うグラットリバーとライドフォルドに、波動が伝わりライドフォルドごと命土の体が弾かれる。
『グッ! 何だこいつ!』
弾かれたライドフォルドがそう叫ぶ。それと同時に、大地が右腕を命土に向って振り出す。振り抜かれる大地の右腕は、命土の服を掠めた。ギリギリで後方に飛び退いた命土は、ライドフォルドを構え直し鋭い眼差しを大地の方に向ける。
「両手が痺れる」
『野郎……。何て硬さだ』
「さっきよりも頑丈になったわ」
『ああ。だが、弱点はある。そこを突くぞ』
「えぇ。わかったわ」
命土はそう言うと、もう一度大地に向っていく。
呼吸の荒い大地は、少し前屈みになり右肩を落としていた。右腕には力が入らず、ぐったりとしている。表情を歪める大地は、肩で息をしながらグラットリバーに問う。
「後……どれ位……もつ?」
『まだ、完全じゃないんだ。これが限界だ』
「ざけるなよ……。まだ、時間をかせがねぇーと……」
悔しそうにそう言う大地だが、既に体も限界だった。右腕を包んでいたグラットリバーは、徐々に引っ込んで行き、静かに具現化が解ける。弾ける様に具現化の解けたグラットリバーに、不適に笑みを浮かべる命土は地を蹴り大地へ迫った。
「限界の様ね!」
「だま――」
大地がそこまで言った時、前方で澄みよい刃音が聞こえ、命土の叫び声が轟く。と、同時に周囲に集まる生徒達がザワメク。
「何あれ?」
「ってか、ダサッ!」
「今時、あんなカッコの奴いねぇよ」
と、様々な声が漏れる中、命土の声が響く。
「誰! あんた!」
その声に大地は顔を上げる。すると、命土の前に立ちはだかる妙な格好の少年が目に入った。カラフルなワイシャツを着ており、髪の毛はヘアーワックスでオールバックにしている。今時、あんな髪型の奴などいないと、思っていた大地は驚き、呆然としていた。
一方、命土も驚いていた。カラフルなワイシャツに、オールバック、そして、口にはマスクをし、色つき眼鏡を掛けている。どっからどう見ても怪しい奴にしか見えない。だが、両手には確りと大剣の柄が握られ、それがサポートアームズである事も明白だった。
『何とか間に合った様だな』
「……」
『とっとと行くぞ』
「……」
何も言わず、少年は頷く。そんな少年は大地の方に体を向けると、右手を柄から放し親指を立てたまま大地の方に突き出した。その瞬間、大地はその怪しい少年が守であると悟った。そして、微かに笑みを浮かべて呟く。
「後は……任せたぜ……後輩」
と。そして、大地は意識を失った。そんな大地の下に駆け寄る一人の若者。これまた、奇怪な服装に、アフロ頭、サングラスを掛けている。どちらにしても怪しいに事に代わりは無く、周囲に集まった生徒がまた、ザワメク。
「こ、今度はアフロ!」
「な、なな、何でアフロ!」
「ンッ? でもあのアフロ、何処かで見た事が……」
そんな生徒達の声を聞き流し、その若者は大地の横に座り込む。そして、胸の位置で揺れるアクセサリーを右手で握る。静かに息を吐き、右手を開く。すると、右手に若者と同じ大きさの杖が現れ、頭の水晶が青く輝く。
「水は全てを癒す、毀れる水滴は優しく暖か、滴れよ! 蓮の葉の雫」
若者が杖を大地の体の上に翳すと、頭の水晶が光を放ち一滴の雫が零れ落ちた。落ちた雫が大地の体に触れると、波紋を広げる。目立った外傷の無かった大地の体に変化は無いものの、その雫は大地を癒した事は間違いなかった。その証拠に、額から溢れていた汗がスッと引いている。
『こっちは、大丈夫です。後はお任せしますよ!』
「……」
『わかった』
静かに頭を下げる守に代わって、フロードスクウェアがそう返事を返した。このアフロの若者は、彩だった。ついでに、このアフロは演劇部から借りてきたカツラだ。
力を集める優花は、そんな彩と守の正体に気付いていた。もちろん、気付いたのは二人がサポートアームズを具現化してからだ。具現化されたサポートアームズに同じ形状の物は少ない。その為、すぐにフロードスクウェアとウィンクロードだとわかったのだ。
『チッ……。今回はあの二人に助けられたな』
「まだ……安心は……出来ない」
『そうだな。だが、これで十分時間が稼げる』
「ええ。今の内に……力を……」
優花は更に意識を集中する。キファードレイに集まる力は、風となり刃の周りを渦巻く。
守を睨み付ける命土。守も息を呑み、真っ直ぐに命土の目を見据える。両腕に圧し掛かるフロードスクウェアの重みに耐え、守は静かにフロードスクウェアを下段に構えた。呼吸を整える命土は、ライドフォルドを構えなおすと、静かに口を開く。
「ライドフォルド。次の一撃で終わりにするわよ」
『チッ! ダメだ……。ここは退くぞ!』
「な! 何を言ってるの! あたしは……」
『いいから退くんだ! この人数では明らかにフリだ!』
「たかが四人じゃない! この位なら――」
『バカ! よく見ろ!』
ライドフォルドがそう叫ぶと同時に、優花の声が響く。
「風塵舞い上げ鋭き刃と化し、汝、我をも切り裂かん――」
「守! すぐに下がって!」
彩は優花の呪文を聞くなり、守に向ってそう指示する。守は振り返り、コクリと頭を下げると、その場を離れた。これで、優花の対角線には命土の姿しか無い。振り上げられたキファードレイの刃が不気味に輝き、取り巻く風を圧縮する。
「全てを喰らい尽くせ! 疾風の龍!」
優花がキファードレイの刃に圧縮された風を、一気に解き放つ様に横一線に振り抜く。すると、圧縮された風が暴風と化し、見る見る龍の姿に変り対角線上の命土に向って突っ込む。地を抉る轟音、唸る風、舞い上がる砂塵。それらが、辺り一帯を呑み込む勢いで広がる。周りに集まっていた生徒達も、その舞い上がる砂塵に顔を隠す様に背を向け、守と彩も目を凝らしその行方を見守っていた。
迫り来る龍。その迫力は凄まじく、真正面でそれを見据える命土は、動く事が出来ない。それは、下手に動くとあの龍に呑み込まれてしまいそうだったからだ。
『クッ! こいつは……ヤベェ……。もう逃げる事はできねぇぞ』
「うるさい……わかってるわ。こんなもの、正面から受けてあげるわ!」
ライドフォルドを構えなおす命土は、これを正面から受け止める意思を固めた。そして、不適に笑みを見せ、迫り来る龍に突っ込んでゆく。
『や、やめろ! 命土――』
ライドフォルドがそう叫ぶが、既に遅かった。振り上げられたライドフォルドは、一直線に龍に向って振り下ろされていた。振り下ろされた刃が龍と衝突し、その瞬間龍の形を保っていた風が辺り一帯を吹き飛ばすかの勢いで、爆発を起した。爆音が轟き、爆風が広がる。周囲一帯を砂塵が覆い尽くした。
弾けた土が荒れ果てたグランドに落ちる音が微かに聞こえるだけで、後は何も聞こえない。しかし、地面には無数の血痕が残っていた。それが、命土のものである事は言うまでも無い。