第四十七話 祈ってるだけでは救えない
激しく火花が散る。正面からぶつかりあうグラットリバーとライドフォルド。黒く艶やかなグラットリバーの表面が、火花と一緒に僅かに欠ける。素早く飛び退く大地は、一定の呼吸を保ちながら、命土を真っ直ぐに見据えていた。
あの落ち着き払った表情。まだ何処か余裕の見える態度。何れにせよ大地には余力を残している余裕は無かった。
「グラットリバー。大丈夫か?」
『……ウッ。やべぇな。あの刃の切れ味は、ちっとばかし厳しいぜ』
「そうか……。だが、俺達に考えてる時間はねぇ。少しでも長く時間を稼ぐぞ」
『分かってるぜ。相棒!』
口元に笑みを浮かべる大地は、左手で右手首を掴むと、額に血管を浮き上がらせながら雄叫びを上げる。
「ウオオオオオオッ!」
右腕に太い血管が浮き上がり、グラットリバーが軋み始める。荒々しい地響きが起き、地が僅かに揺れ動く。大地の足元には小さな亀裂が幾つも走り、小さな音を立て崩れ落ちる。
「一体、何をする気かしら?」
冷静に大地の様子を見据える命土は、表情一つ変えずライドフォルドを構えず立ち尽くしていた。
地の底から響く様な地響きは、轟々しく音を荒げていく。その音は次第に学校中に広がり、校内は大騒ぎになっていた。
「あれって……うちの生徒じゃない?」
「ヘッ! ほ、本当だ! こ、これはスクープよ!」
教室に居た報道部の鳥山 理穂は、カメラを持ちすぐさま教室を出る。他にも興味本位で校内から出てくる者は沢山居た。もちろん、教師たちもその中に含まれている。遠くで聞こえる生徒達の騒ぎ声。それに、大地が気付いていないわけは無い。
『くっ! このままだと、周りの生徒も――』
「分かってる! だが、今の俺に出来る事はこれしかないだろ!」
『確かに、そうかもしれんが……』
「なーに。大丈夫だ。いざとなれば、この身を犠牲にしてでも他の生徒は守る」
『大地……』
心配そうな声のグラットリバーだったが、すぐにいつもの調子の口調に戻る。
『――だな。お前は体だけは丈夫だからな』
「うっせぇ! 体だけは余計だ」
そんな会話をする大地とグラットリバーを、教室から見据える彩は小さく呟く。
「何やってんのよ……バカ」
と。そして、心配そうに手を組んでいた。
教室は外に比べ静かだ。彩の他に教室に残っているのが、守だけだからだ。他の生徒は外の戦いの野次馬をしに行ったか、次の授業の美術室に行ったかどちらかだろう。既に予鈴はなった。真面目な連中は既に教室を移動して当然だ。
『……彩様』
ウィンクロードの心配そうな声。二人の無事を祈る様に、彩は両手を握りかたく瞼を閉じる。本当は、二人の事を怨んでなど居なかった。彩だって、あの事件の事は全て人から聞いていた。優花が自分の意思でやったわけじゃないと言う事も、その事で苦しんでいる事も。でも、優花や大地を前にすると、どうしても正直になれない自分が居た。そして、ついついあんな態度をとってしまうのだ。
かたく閉ざされた瞼の間から、薄らと涙がこぼれる。怖かった。大切な人が傷付くのが――。そして何より、大切な人が居なくなってしまうんじゃないかと、言う事が――。
「祈ってるだけじゃ……何も救えないぞ」
突然の声に、組んでいた手を解き涙を拭いて振り返る。ボサボサの髪に眠そうな顔つきの守がそこには立っていた。いつもの様にのん気に欠伸をし、右手で頭を掻く守は真っ直ぐに彩の目を見据えている。
「う、うるさい! べ、別にあんな奴ら――」
そこまで言って言葉が詰まる。いや、守の目を見た瞬間に言葉を詰まらされたのだ。いつもと違う怒りの篭った目。まるで彩に訴えかける様な目。『本当はわかっているんだろ?』と、言いたげで、『助けたいんだろ?』と、言っている様な守の目に、彩は何も言う事が出来なかった。
「いい加減……意地張るなよ。――水島」
『あ、あなたに何が分かるって言うんですか! 彩様は――』
「家族を殺されたんだろ?」
「な、何で守が……」
驚いた様子の彩に、「前に風見さんに聞いた」と、守は静かに言った。そして、真剣な顔つきで更に言葉を続ける。
「彼女。言ってたよ。水島といた三年間楽しかったって……」
「嘘よ! だったら……だったら何で一年も私の前から姿を消してたのよ!」
『その理由はお前が一番よく分かってるんじゃないか?』
フロードスクウェアが口を挟む。その言葉に戸惑う彩。どうしても理由が分からなかった。一年も会いに来なかった理由が――。そんな彩に代わり、ウィンクロードが答える。
『理由など簡単です! 罪悪感があったからです! それ以外に理由などありません!』
「ウィンクロードの言っている事もあるかも知れないけど……。本当の理由はそうじゃない」
『それ以外にどんな理由があるというんですか!』
ウィンクロードの言葉に一度目を伏せた守は、真っ直ぐに彩の目を見据え直し静かに口を開く。
「本当の理由は――恐怖だ」
「きょう……ふ……」
オウム返しの様に聞き返す彩は、何処かボンヤリとしていた。そんな彩に代わりもう一度ウィンクロードが怒鳴る。
『何故、彼らが彩様に会うのに恐怖を感じるんですか!』
「なら、ウィンクロードは感じないのか? 自分が無意識の内に大切な人を傷つけるかも知れないとしたら」
守のその言葉にウィンクロードはハッとする。優花が無意識で彩の家族を殺してしまった事を思い出したのだ。そして、守の言いたかった事を理解し、自分が間違っていたのだと気付いた。
押し黙る彩とウィンクロードを見据える守は、小さく息を吐くと落ち着いた様子で口を開く。
「それに、風見さんは今も苦しんでいる。水島の家族を殺した事や、自分の呪いの事、何より水島と仲直り出来ない事を一番苦しんでいる。だから――」
優しく微笑む守は右手を差し出し言う。
「俺達であいつらを助けよう。そして、あの二人と仲直りするぞ! ついでに、気付かせてやろう。もし呪いで水島を襲っても、大丈夫だって――ぐおっ!」
殴られた。彩の渾身の右ストレートで。
「な、何すんだ! いきなり!」
「最後のはどう言う意味よ! 私が襲われても大丈夫だって!」
「そ、それは――」
急に頬を赤くする守は、恥ずかしそうに右手で頭を掻く。その態度に無性に腹が立った彩は、もう一発右ストレートを守におみまいした。左頬を思いっきり殴られた守は、後方によろける。そして、左頬を押さえながら涙目で彩の顔を見ていた。
「何よ。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ!」
「だ…だから……」
何やら言い辛そうな守は俯き口をモゴモゴとさせる。そんな守を見かねたのか、フロードスクウェアが呆れた口調で彩に言う。
『小娘。お前も鈍感な奴だな』
「な! 何よ! 大体、何であんたにそんな事言われなきゃなんないのよ!」
『そうです! 何故、あなたに鈍感呼ばわりされなきゃならないのですか!』
『相変わらず、うるさいな。最近、メッキリ出番が少なくなったと思ってたのに。本当、うるさいな〜』
そんな事をぼやくフロードスクウェアに、『そんな事、今は関係無いでしょ!』と、ウィンクロードが怒鳴る。ムスッとした表情をしたままの彩に、深呼吸を二・三度繰り返した守は、意を決した様に口を開く。
「風見さんが暴走した時は、俺とフロードスクウェアが守ってやるからさ!」
顔を真っ赤にする守はそれだけ言って彩に背を向ける。そんな守の言葉の意味を悟った彩も、耳まで真っ赤にする。そして、恥ずかしさを隠す様に大声で怒鳴った。
「う、うるさい! 大体、今のあんたで優花をとめられるわけ無いでしょ!」
「はぐっ! 水島……痛い所を……」
図星を突かれ落ち込む守は、机に両手を付き小さくため息をついた。そんな守に、いつの間にか教室の入り口に移動した彩が明るく笑みを浮かべながら言う。
「ほら! 行くわよ! 弱いとは言え、あんたは私のガーディアンなんだから! 能力が無い分はその体を張って守りなさいよ!」
「はいはい。分かってますって……。弱いなりに頑張るさ」
守はそう呟き彩の方へと歩きだした。そんな落ち込んだ守の様子に、フロードスクウェアは微かに笑い、『尻に敷かれてるな』と呟く。だが、その声は誰にも聞こえなかった。