第四十六話 頼れる背中
グランドに刃音が響き、微かに火花が散る。幾度、刃がぶつかり合っただろうか。グランドには無数の足跡が残り、所々に抉られた痕が残っていた。微かに舞う砂塵は、すぐに風にかき消され、優花と命土の姿がはっきりと映る。
息を荒げる優花。命土と刃を交えて五分程しか経っていない。圧し掛かる重圧から、体力の消耗が激しかった。それに、命土の無駄の無い波状攻撃について行くので精一杯だ。
「フフフッ。随分と疲労してますね」
不適に笑みを浮かべる命土には、余裕が窺えた。優花は全力だと言うのに、何故ああも余裕なのか不思議だった。そこまで、力の差があるのだろうか? と、不安になる。それに、この重圧。これが、優花の体の動きを鈍らせていた。
「ハァ…ハァ……」
『呼吸が荒いぞ! 確りしろ』
「分かってる……」
少々俯き加減になる優花は、上目遣いで命土を見据える。汗も掻いていなければ、呼吸も整っていた。そして、嫌味に笑みをこちらに向ける。
奥歯を噛み締める優花は、柄を握り締めた。そんな優花に、命土が静かに口を開く。
「悔しいですか? しかし、そう悲観する事無いですよ。これが、あたしとあなたの力の差です」
『ふざけるな! 貴様などに』
キファードレイが怒鳴る。だが、キファードレイ自身分かっていた。自分とライドフォルドの力の差を。まさか、ここまで差があるとは、キファードレイ自身知らなかった。そして、思う。『何故、これ程の能力を持ったサポートアームズが、今まで名を知られてなかったのか』と。
ライドフォルドを構えなおす命土は、切っ先を地面に付けると静かに呪文を口にする。
「地を抉り獲物を捕らえろ。握りつぶせ。土の爪」
地に触れるライドフォルドが地面に突き刺さる。優花とキファードレイは瞬時に察知した。身の危険をだが、優花が避ければ、校舎に当ってしまう。その為、優花には避けると言う選択肢は残されていなかった。
『優花!』
「ここまで……ね」
ボソッと呟いた優花は、キファードレイの具現化を解き静かに息を吐いた。地が優花の方に向って陥没していく。まるで何かが地を抉っている様に。そして、優花の目の前で地面が突起し、土が大きな手となり優花へと振り下ろされた。
だが、その手は優花に届く前に砕け散る。
「あら……邪魔が入ったわね」
『チッ……。面倒だな』
命土は不適に笑みを浮かべ、ライドフォルドはめんどくさそうにため息を漏らす。
優花の前には男が背を向けたまま立っていた。それが誰か気付くまで時間が掛かったが、優花は静かに口を開く。
「大地……」
「遅くなった。それより、諦めんのが早いんじゃねぇか?」
背を向けたまま顔を微かにこちらに向け笑みを見せる。そんな大地の背中がいつもより大きく見えた。そのせいか、少しだけ頼もしく見える。ほんの少しだけだが――。
含み笑いを浮かべる優花は、「そうね……」と呟き、もう一度キファードレイを具現化する。そして、小さな声で言う。「ありがとう」と。しかし、その声は大地には聞こえてなく、大地は真っ直ぐに命土をにらんでいた。
「あいつ、何者だ? それに、あの手に持ってる物って……」
『間違いない! あれは俺らと同じサポートアームズだ!』
「だが、何で奴が?」
不思議そうな表情を見せる大地は、首を傾げ呻き声をあげる。そんな大地に、優花は静かに答えた。
「何者かは、分からない。けど、私達の敵である事は確かよ」
『そうだな。しかし、珍しくキファードレイが大人しいな』
「しょうがないさ。全く歯がたたなかった訳だからな」
笑みを浮かべたままそう言う大地に、『なんだと!』とキファードレイが怒りを込め言い放つ。すると、大地は右手の親指を立て、「まだ、元気じゃねぇか」と明るく微笑んだ。
大地を見据える命土は、ライドフォルドを構える。その行動に大地と優花も各々サポートアームズを構えた。空気が一瞬に変る。先程よりも更に重々しい重圧が、大地と優花に圧し掛かった。
「くっ……すげぇー重圧……」
「気をつけて。来るわよ」
「ああ。分かってる。それより、ちゃんと当ててくれよ」
「えぇ。外さない様努力はするわ」
優花はそう言い、カードフォルダから風鳥のカードを取り出す。
『時間を稼ぐ。だが、出来る限り早く頼むぞ』
『フッ。俺様を誰だと思っている。五分もあれば十分だ』
「ンッ? 五分なのか? 十分なのか? どっちだ?」
『……大地。ここはボケる所じゃないぞ』
「なっ!」
『取り合えず、いくぞ』
「お、おう」
少々赤面させながら、大地は命土を見据える。右拳に武装されたグラットリバーは、黒く艶よく光っていた。右手を軽く握る大地は、素早く地を蹴る。それに合わせる様に命土も地を蹴った。
「あたしを楽しませてよ。ガーディアン」
命土がライドフォルドを振り下ろす。鋭い刃が閃光を閃かし大地に向う。だが、大地は右手で軽々と刃を受け止める。そして、命土に顔を近付け口を開く。
「てめぇ、何者だ。何故、俺等を襲う」
「それを聞いてどうするつもり?」
命土は無理矢理大地の体を押し退ける。小さく舌打ちをする大地は一旦距離を取り、体勢を整えた。砂塵が足元に舞い、緊迫した空気が流れる。右手を軽く握る大地は、何か違和感を感じた。それが、何かは分からないが、不気味な感じがした。
「グラットリバー」
『ああ。何か変だ』
「一体なんだと思う?」
『さぁな。ただ油断は出来ないな』
グラットリバーにそう言われ、大地は力強く右手を握り「ああ」と答えた。
『命土。手を抜く事はないだろ?』
「フフフッ……。いいじゃない。楽しもう。お互い久し振りの獲物なんですから」
『だが……』
「心配ないわ。飽きたらすぐに終わらせるから」
『それならいいんだが……』
不適な笑みを浮かべる命土はライドフォルドを構える。
大地と命土の視線がぶつかり合い、火花を散らす。そんな中、大地の後方では優花が精神を集中していた。
『急げよ。時間稼ぎもそう長くもたねぇ』
「分かってる。だから、静かにしていて」
目を閉じ意識を集中する優花は、静かに口を動かす。何か呪文の様なものを口にしている様だが、はっきりとは聞こえない。
睨み合う大地と命土。右手に力を込める大地は、摺り足で左足を前に出し静かに息を吐き出す。来ると、気付いたのだろう。命土はゆっくりとライドフォルドを下段に構え、地スレスレに切っ先を置く。緊迫した空気が辺りを包み込み、二人の間を静かに風が流れた。
ギシギシと軋むグラットリバーは、更に硬度を高めていく。その為、指先が次第に鋭くなり、表面は更に艶やかになっていた。もちろん、命土もライドフォルドもそれに気付いていた。だが、気にはしていない。例え硬くなっても、斬る自信があるのだろう。
『えらく余裕だな』
「な〜に。こっちとしてはありがたい限りだ。隙が出来るからな」
笑みを浮かべる大地は左手で右手首を握ると、「いくぞ」とグラットリバーに言い放つ。グラットリバーは『いつでもいいぜ』と返事を返す。それと同時に大地は地を駆ける。