第四十二話 決着
漂う砂塵の中央に見える影。
体中に痛みの走る優花は、肩で息をし影を見据える。そして、愕然とし地に両膝を落とした。それは、砂塵の中央に見える影が、明らかに豹風の影だったからだ。結局、優花の渾身の一撃は、豹風に届かなかったのだ。
俯き右手を地に着く優花は、苦しそうに呼吸を繰り返す。すでにキファードレイを具現化する力は残っていない。その為、キファードレイは優花の首にぶら下がったまま、何も出来ずに居た。何も出来ない自分に苛立つキファードレイは、言葉を発し様としない。
そんな二人の方に足音が静かに近付く。小さく足を引き摺る様な足音が聞こえ、弱々しい声が二人の耳に届いた。
「何……している?」
その声に顔を上げる優花は、驚き声を上げる。
「え、炎蝟!」
そう。優花の前に立っているのは、傷だらけで血塗れの炎蝟だった。
『て、てめぇ、生きてやがったのか!』
「言っただろ……。俺の体は……今まで以上に……絶好調だと」
炎蝟は右前足を引き摺りながら一歩前に進む。豹風の攻撃を受けた際、右前足を痛めたのだろう。
しかし、先程砂塵の中に見た影は、間違いなく豹風のものだった。豹風と炎蝟は体格差があるのだ、見間違えるはずは無い。それじゃあ、さっきの影は……。そう考えた時、優花は表情を強張らせ、視線を先程の影の方へと向けた。だが、そこには豹風の姿などは無い。
「どうした? 主よ」
表情の硬い優花に不思議そうに問いかける炎蝟。痛む体にムチを打ち、立ち上がる優花は辺りを見回し答える。
「豹風の姿が無い……」
「心配ないだろ……。奴も、あれほどの術を喰らったんだ。暫くは動けないだろう」
『チッ……。逃げられたって事かよ』
「それで、良かったんじゃないか? 主も余力は無い様だし、俺も既に消えかかっているからな」
そう言う炎蝟の体は、薄らと色あせていた。そして、体から白煙が昇る。
「悪かったな。今日は、何の役にもたてず……」
「気にしないで。私も何も出来なかったから」
「今度奴と会った時は、もう一度俺を召喚しろ。次は必ず倒す」
そこまで言って、炎蝟の体は光となり、カードへと戻った。炎蝟のカードがヒラヒラと地に落ちる。疲労の見える優花は、体の痛みに耐えながら、炎蝟のカードを手に取った。そして、それをカードフォルダにしまうと同時に、優花はその場に座り込んだ。膝が震え言う事を聞かない。
『大丈夫か?』
「平気……。少し休めば……」
『じゃあ、後は大地次第ってわけか……』
「そうなるわ……。私に戦う力は殆ど残ってないから」
静かに息を吐く優花は、屋上の方に視線を送った。
四階の廊下では、瓦礫に埋もれた守が、大地によって助けられていた。
「おい! 大丈夫か! 何があった!」
「ぐっ……ごめん……」
表情を引き攣らせながら、守がそう呟いた。体中が痛む。特に腹部はズキズキと痛みが疼く。ゆっくりと体を起す守は、立ち上がりフラフラとした足取りで屋上へ向おうとする。そんな守の右腕を掴んだ大地は、鋭い目付きで守を睨み言う。
「おい! その体で何処に行くつもりだ!」
俯いたままの守は、大地の手を振り払う。そして、苦しそうな呼吸をしながら答える。
「俺は……屋上へ行く」
「ばっ、バカか! 何考えてんだ!」
守の言葉に驚く。ボロボロの体で屋上へ行っても、鬼獣にやられるのは目に見えていた。だが、守の眼差しは力強く、強い決意があふれ出ている。グラットリバーはその眼差しの奥に、一人の男の顔が浮かんだ。その人物が誰なのかは不明だが、自分にはとても大切な人の様に感じた。頭の中がボーッとするグラットリバーは、暫し時を忘れ黙り込んだ。
大地の手を振り払った守は、すぐにフラフラの足取りで歩き出し、静かに口を開く。
「上で……フロードスクウェアが待っているんです。俺が……戻ってくるのを……」
目付きを悪くする大地は、すぐに守の傍に駆け寄りもう一度、右腕を掴む。今度はその腕を首に回し、守の体を支え一緒に足を進めた。大地の行動に、少々驚く守だったが、すぐに笑みを浮かべ、「ありがとう」と呟いた。ムスッとした表情をする大地は、「言っておくが、これは貸しだからな」と照れくさそうに言う。
屋上に取り残されたフロードスクウェア。具現化は未だ解けておらず、フェンス際で寝かされたままだ。武中はそんなフロードスクウェアに歩み寄り、不適な笑みを浮かべる。そんな武中の表情を見据えるフロードスクウェアは、静かに問う。
『貴様の目的は何だ? なぜ、あの娘を襲う』
フロードスクウェアの問いに、肩を揺らし笑う武中はフロードスクウェアを見据えて答える。
「奴は、生け贄だ。水を司る最高位の封術師の血を、我らが主が求めている」
『我らが主?』
「おっと、少々喋りすぎたかな」
そう言うと、武中はフロードスクウェアの柄を右手で握る。だが、フロードスクウェアの重量に、腕が上がらない。右腕に太い血管が浮き上がる。僅かに床からフロードスクウェアが持ち上がるが、そこまでが限界で、武中の手が柄から離れる。
薄らと汗を滲ませる武中は、小さく舌打ちをするとフロードスクウェアを踏みつける。汚い足で踏み付けられるフロードスクウェアは、微かに身を震わした。
『貴様……。その足を退けろ……』
「フッ……。役立たずのサポートアームズが……」
『誰が、役立たずだ!』
フロードスクウェアが叫ぶ。すると、刃が真っ赤に染まり、灼熱を帯びる。その熱に足を退ける武中は、フロードスクウェアから距離を取とる。熱気がフロードスクウェアから立ち込め、カタカタと微かに震えた。
驚きを隠せない武中は、ゆっくりと後退し微かに身を震わせる。以前にもこんな光景を武中は見ていた。だが、それは遙か昔――まだ、ガーディアンマスターの生きていた時代に見たものだ。すでにガーディアンマスターが死に絶えたこの時代で、こんな光景を目にすると、武中は思ってもいなかった。
「き…貴様……一体……」
『我が名は……フロードスクウェア。ガーディアンマスターが創りし、最初で最後の最強の武器……』
「ま…まさか! そんなはずは無い! 奴は死んだ……はず――うぐっ!」
武中の腹に刃が突き刺さる。そして、それが鮮血と共に背中から突き抜ける。刃に付着する血が、焼ける臭いを漂わせ蒸発してゆく。言葉にならない声を発する武中は、右手を真っ直ぐに伸ばし、目の前にいる者の左肩を掴む。
「グフッ……。貴様……いった……い…なん……なん……だ」
吐血し微かな声でそう言う武中の腹から刃が抜かれた。その途端、血が傷口から吹き出て、武中の両膝が床に落ちる。腹部を両手で押さえる武中は、体内から溢れる生暖かな血をその手に感じゆっくりと床に倒れた。そんな武中の頭上には一つの影が――。胸元に煌く水晶は赤く鮮やかで、そいつの口元が微かに緩み白い歯を見せた。
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