第四話 落雷
フロードスクウェアを真っ直ぐ構える守は、ジッと鬼獣を睨む。割れた窓から生暖かな風が入り込み、掲示板に張ってある紙が激しくはためく。そして、風が急にやみ静まり返る。嵐の前の様に静まり返り、目の前の電気を纏った鬼獣がゆっくり口を開く。バチバチと、大きな音をたてながら開かれた口には、小さな牙の様なものが数本並んでいる。
自分がこんな化物と戦うなんて思っても見なかった守は、極度の緊張から何も考える事は出来ず、ただ真っ直ぐに鬼獣を見据えていた。息遣いは徐々に荒くなり、次第に目が霞み始めた。
『お前、戦いは初めてか?』
何の前触れも無くフロードスクウェアが声を掛ける。もちろん、この時代に剣などもって戦った事がある訳も無く、守は当たり前の様に言う。
「この時代に剣なんて持った事ある奴の方が不思議だぞ」
『何! それでは、人間はどうやって鬼獣から身を守ってるんだ!』
「さぁ? そもそも、鬼獣ってのが居る方が不思議なんですけど――」
『何と言う事だ! この時代の人間は武器を持たぬと言うのか!』
「まぁ、法律で決められてるから」
驚いた声を上げるフロードスクウェアに、落ち着いた声で返答する守。いつしか、守の息遣いも大分落ち着いて、視界もはっきりとしていた。そんな二人のやり取りに苛立つ彩は、右足で床を何度も叩いていた。その音はもちろん、守とフロードスクウェアに聞こえていたが、全く焦る事は無かった。
守が落ち着きを取り戻した事に気付いたフロードスクウェアは、守にしか聞こえない小さな声で話をする。
『いいか。俺の言う通りに動け』
「う〜ん。出来る限り、そう出来る様努力はする」
『良い返事とは言いがたいが、まぁいいだろう。それじゃあ、まず奴に突っ込め』
「ほ〜っ。奴につっこめか。わかった。よし、いくぞ!」
守がそう言うと、右手を柄から放し鬼獣に向って素早く突き出して大声で叫ぶ。
「何でやねん!」
辺りの空気が一瞬凍り付き、鬼獣の電撃も本の一瞬だが弱まった。すぐさま右手を引き、フロードスクウェアの柄を握り直す守は、苦しそうな表情を浮べやり切った様に笑みを浮かべる。その瞬間、呆れたような声でフロードスクウェアが問う。
『今のは何だ?』
「今のが、ツッコミって言うのだ。あんな風で良い訳――無いよな」
『当たり前だ。それに、俺は突っ込めといったはずだ』
「だから、ツッコミを――」
『良いから突っ込め!』
力強いフロードスクウェアの言葉に、渋々守は走り出した。フロードスクウェアが重いため、思う様に走る事の出来ない守は、歯を食い縛り必死に廊下を駆ける。すると、電撃を纏う鬼獣が守に向って走り出す。と、同時にフロードスクウェアが言う。
『俺の言う呪文を唱えろ!』
「呪文?」
『いくぞ! 我、地を司る者なり、揺ぎ無く佇む地を割き、今、汝を滅す!」
「え〜っ、我、地を司る者なり、揺ぎ無く佇む地を割き、今、汝を滅す」
守はフロードスクウェアに言われたとおりに呪文を言う。その呪文に、彩は耳を疑い驚いた様に叫ぶ。
「こんな所で、地系最強の術を出すつもりなの!」
そんな声は守とフロードスクウェアには聞こえていない。フロードスクウェアの刃を廊下に向けた守は、フロードスクウェアに言われた言葉を大声で叫びながらフロードスクウェアを廊下に突き刺す。
「地を割き喰らえ! 地獄の牙!」
フロードスクウェアが廊下に突き刺さる。その瞬間、彩は思わず目を閉じたが、バチバチと電撃が走る音が響き、守の声が聞こえた。
「のわっ!」
何も起きていなかった。ただ、フロードスクウェアが廊下に刺さっているだけで、何もおきては居らず、電撃を纏った鬼獣は無傷で守と彩の間に立っていた。キョトンとした表情の彩は、何がどうなっているのか分からず、首を軽く傾げる。と、同時にフロードスクウェアが慌てた様子で叫んだ。
『ど、どうなってるんだ! 何故、地獄の牙が発動しない! まさか、貴様、呪文を間違えやがったな!』
「人のせいですか……。どっちかって言うと、俺の方が死に掛けたんですけど」
微かにだが焦げ臭く、守の前髪が少し焦げている。きっと電撃が髪の毛を掠めたのだろう。そう考えると、身が震えた。目を細めフロードスクウェアを見据える守は、柄を握ると彩の方を見る。鬼獣越しに守の方を見る彩は、呆れ顔で言う。
「驚かさないでよ。本気であの術を使うかと思ってビックリしたんだから」
「いや〜。コイツは使う気満々だったらしい」
『貴様! 誰に向ってコイツなどと!』
フロードスクウェアがそう叫ぶ。その時、足音が廊下の奥から聞こえる。その足音にドキッとした守は「皆川さんだ!」と、小さな声で言うと、慌ててフロードスクウェアを廊下から抜き、構え直す。
この光景を見られる前に、全てのかたをつける。そんな気持ちでフロードスクウェアを構える守は、唾を呑み込むと力強く廊下を蹴る。割れたガラスの破片を踏みしめる音が聞こえ、それに鬼獣が反応し振り返る。
だが、その瞬間にはフロードスクウェアが鬼獣目掛けて振り下ろされていた。鋭い刃に鬼獣は驚き全身の電気を、一気に放電する。フロードスクウェアが、激しく電撃とぶつかりあい眩い光が校舎の中を駆け巡る。守も彩もその光に目を塞いでいた。
「ウウウッ!」
「ガアアアアッ!」
鬼獣の声が響くと、同時に雷鳴が町中に轟き稲妻が天高く上った。それは、傍から見れば、まるで学校に稲妻が落ちたかのようだった。学校中の窓ガラスが砕かれ、屋上からは黒煙が立ち上っていた。
「ウウッ……」
『ガハッ……。貴様、この俺を……』
掠れた声でフロードスクウェアがそんな事を呟く。その場に座り込んだままの守は、全身の力が抜けた様な感じで体がだるかった。制服は所々焦げているため焦げ臭いニオイが漂い、壁も床も天井も所々真っ黒にこげている。そのこげた廊下の向かいには壁に体を打ちつけたのか、壁にもたれて気を失っている彩の姿があった。彩の制服も微かに焦げている。
「う〜っ。じぬがとおもっだ」
立ち上がり衣服を叩きながらそう呟く守は、廊下に横たわるフロードスクウェアに目を落す。こいつ、どうしたら元に戻るんだ? などと、考えていると、悲鳴が聞こえた。
「キャーッ!」
「今の声は、皆川さん!」
もう、考えている余裕も無く守は悲鳴のした方に走りだした。丁度、角を曲がり階段を下りようとした所に少女が一人すわりこんでいる。何が起こったのか分からないが、守は傍に駆け寄り声を掛けた。
「な、何があったんです?」
「い、今、犬の様な姿の化物が……」
「それって、さっきの……」
目を細め考えていると、背後からいきなり彩に殴られた。頭部を殴られ、意識を失いそうになった守だったが、それを持ち直し振り返った。ニコニコと笑顔を見せる彩の右手には小さくなったフロードスクウェアが元のネックレスの形に戻っていた。それを受け取る守は、不満そうな表情を浮かべると彩に近付き小さな声で言う。
「痛いじゃないか! 転入生!」
「あのね。フロードスクウェアは、あなたのサポートアームズでしょ。もっと大切にしなさい。それから、私とあなたの事は誰にも言っちゃ駄目よ! 分かった」
「何故、言っちゃいかん?」
「決まってるでしょ? 色々と面倒だからよ」
彩はそう言って、少女の方に顔を向け言う。
「凄い雷でしたね。窓ガラスも全部割れちゃって」
「今の……。雷なの? でも、犬の様な化物が」
「見間違いよ。ほら、雷でビックリしてただの犬が化物の様に見えただけですよ」
「そうなんですか?」
「そうですよ。私、二組の水島 彩です。よろしく」
「二組ですか。私は一組の皆川 奈菜です」
この場面で自己紹介なんてするか? と、守は思いながら二人を見ていたが、そんな事よりも、これを雷が落ちたと言って誤魔化せるだろうか? と、不安が過ぎっていた。