第三十六話 鬼獣の目的
血が地面に落ちる。
腹部に突き刺さる鋭い刃は背中から突き出て、その切っ先からは血が滴れる。
右頬を僅かに掠めた剣は、力なく男の手の中から落ちた。
「貴様……」
「油断してたのはお前の方だな」
右手に戻ったグラットリバーの刃が短音を鳴らせ、男の腹部から抜かれた。血が飛び散り男の体が後方へとよろめいて行く。
右頬に僅かに血を滲ませる大地は、立ち上がりグラットリバーの具現化を解く。
「ったく、危なかったぜ」
『頬斬られてるけどな』
「うっせぇ。掠めただけだ」
『まぁ、そう言う事にしておくよ』
大地とグラットリバーの足元に横たえる男の体は消滅する。元々、人影の分身だった為、消えたと思われる。鼻から息を吐く大地は、男が消えると頬の血を左手で拭い中庭を後にし、職員室前へとやってきた。
これから、どうするかを考える。多分、放送室には誰もいない。さっきの男は人影本体を放送室から逃がす為の時間稼ぎだろう。だが、念の為にと大地は放送室へと足を運んだ。やはり、誰もいなかった。
「いるわけ無いよな……」
『それで、どうするんだ?』
「どうするって……」
ため息混じりにそう呟いた大地は、腕組みをして右手の人差し指で右の眉毛を掻く。どうもこうも無いだろうと、思っていた。正直、放送室以外に敵のいる場所なんて分からなかった。欠伸をするグラットリバーは、眠そうな声で大地に問い掛ける。
『なぁ、ジッとしててもしょうがないだろ? 優花と合流した方がいいんじゃないか?』
「ふ〜っ。そうだな……。取り敢えず優花を探すか……」
「その必要は無いわ」
「へっ?」
変な声を上げると同時に大地は振り返る。落ち着いた様子で大地を見据える優花の姿を目視する大地は、半笑いを浮かべ、右目を細めた。呆れたと言うか、正直ビックリした。気配も足音も無く背後に現れたのだ、驚くほかになにがあるだろうか。
そんな大地を見据える優花は、軽く首を傾げると不思議そうな表情をする。すると、大地は目を逸らし焦り口を開く。
「こ、これから、どうする?」
「手分けして本体を探す」
『オイオイ……。本体を探すって、簡単に言うけど、結構大変だぜ?』
驚いた声のグラットリバーに対し、いつもと変らぬ口調で優花は答える。
「他に何か良い方法があるかしら?」
『それは……』
返す言葉も無い。その為、グラットリバーは黙り込んでしまった。
呆れて引き攣った笑みを見せる大地は、ため息を漏らす。流石に優花の言った方法以外に良い方法も思い浮かばず、大地はそれに従う事にした。
「それで、俺は何処を探したら良い?」
『下水でも探したらどうだ?』
「キファードレイ……。ふざけてる場合じゃねぇだろ?」
呆れた様な口振りの大地に、キファードレイは『チッ』と、小さな舌打ちをする。その声が聞こえた優花だが、気にする事無く大地の方に目を向けた。その時、初めて気付く。大地の右頬から血が出ている事に。
だが、大地が何も言ってこない為、優花はその傷について何も聞くつもりは無かった。その為、話を進める。
「それじゃあ。校舎はあなたに任せる。私は外の施設を回ってくるから。それから、彩の事……」
「分かってる。なるだけ、彩の方に鬼獣は行かせない様にするって」
「そう……。それじゃあ、お願いね」
「ああ。優花も気をつけろよ」
優花は中庭を突っ切って向こう側の校舎から外へと出て行った。そんな優花の後姿を見送った大地は、暫し悲しそうな表情を浮かべ、深いため息を漏らす。右腕のグラットリバーはその大きなため息に、怪訝そうな声で尋ねた。
『何だ? ため息なんて』
「うるせぇな。俺だってため息の一つ位吐きたい時があるさ」
『ふ〜ん。まぁ、別にどうでもいいけどな』
全く興味が無さそうにそう呟くグラットリバーに、苦笑いを浮かべる大地は、取り敢えず一階を探索する事にした。
屋上から三階へと降りてきた守は、静まり返った廊下にふと首を傾げる。あんな放送があった後なのに、誰一人騒ぐ者がいないのは、不自然だと思ったのだ。腕を組み難しい表情をする守を、フロードスクウェアは不思議そうに見ていた。何をそんなに考え込んでいるのだろうと、疑問を思い浮かべるフロードスクウェアだが、それを口にはしなかった。
そして、只今守の頭の中には色々な事が駆け巡っていた。
“鬼獣の目的”“校内放送”“静かな校内”“校内に仕掛けられた爆弾”
この四つの言葉が守の頭の中でグルグルと回る。
何故、校内放送を使ったのか? 本当に校内に爆弾が仕掛けられているのか? もし、そうだとしたら、何故それをワザワザ封術師やガーディアンに教える様な事をするのか?
様々な疑問を自分なりに解き明かしていく守は、一つの答えを導く。
「なぁ、フロードスクウェア」
突然の呼びかけに、フロードスクウェアの返事が遅れる。
『ンッ? 何だ突然』
「俺、思ったんだけど、これって、陽動じゃないか?」
『陽動?』
不思議そうにそう呟くフロードスクウェア。何を根拠にそんな事を言うのか分からなかったからだ。
『何を根拠にそんな事を言うんだ?』
ストレートにそう問うフロードスクウェアに、守は少し困った表情を見せ答える。
「根拠は無いです。でも、今回のやり方は何だか変だと思って……」
『お前……。はっきりと言うな……』
「でも、変でしょ? ワザワザ、校内放送を使ってまで、爆弾を仕掛けたので、俺を倒しに来いだなんて……普通、言います?」
妙な喋りの守に圧倒されるフロードスクウェアは、『そ、それもそうだな』と、返事をした。その返事を聞くなり、守は更に言葉を続ける。
「そもそも、校内放送を使う意味が分からない。それに、爆弾を仕掛けたって放送するのも可笑しいです!」
『まぁ、興奮するな。俺が思うに今回の鬼獣は、挑戦的だって事でいいんじゃないのか?』
「違いますよ。挑戦的な鬼獣だったら、自ら姿を表すはずです。それに、わざわざ爆弾を仕掛けたなんて放送しないで、爆発を起して俺達を挑発する方が有効的じゃないですか?」
何と無く説得力のある守の言葉に、フロードスクウェアも少し納得した。以前あった、デパート爆破事件の様に、突然爆発を起した方が、封術師もガーディアンも焦るはず。そう考えると、守の考えも強ちハズレではないのかもしれないと、フロードスクウェアは思った。
だが、その考えを否定する様な言葉が、階段の下から聞こえてきた。
「面白い考えだが、それは違うぜ」
その声に振り返った守は階段を上がってくる大地と目が合った。そして、守の第一声は、「大丈夫ですか?」だった。切れた右頬から大分血が流れていたからだ。
大地もその事に気付いたのか、左手で血を拭い何事も無かったかの様な表情を見せる。実際、傷はそんなに深いものではなかった。だが、血が次々と溢れている為、痛々しく見えるのだ。
「それって……」
『襲われてちょっとな』
「まぁ、気にするな。これ位なら、全く問題は無い」
当然と言わんばかりに強気な口調の大地に、グラットリバーは『強がってんじゃねぇよ』と、小さな声で呟く。誰もその声を聞き取る事は出来ず、話は進む。
『それより、さっきのはどういう意味だ?』
「さっきの? あぁ……お前らの考えが間違っているって奴か」
『そうだ。否定するからには、何か考えがあるんだろうな?』
やけに食って掛かるフロードスクウェアに、困った表情を見せる守は、優しくフロードスクウェアに言う。
「まぁまぁ。落ち着いて落ち着いて」
『なっ! 落ち着いてじゃねぇだろ! お前の考えを否定されてるんだぞ!』
「いや……。別にいいんじゃないかな? 何の根拠も無かったんだし」
その声はフロードスクウェアには聞こえておらず、『あぁ? 何か言ったか?』と、フロードスクウェアは聞いた。半笑いを浮かべる守は「何も言って無いよ」と、答えて軽くため息を漏らした。