第三十五話 行動開始
放送が終わり、各々が動き出す。
屋上から教室に戻る途中の大地と、図書室から教室に戻る最中の優花。二人はすぐに鬼獣の仕業だと気付き、行動を開始する。
三階コンピュータ室横の階段にいた大地は、急ぎ一階へと走り出す。理由は一つ。放送室へと行く為だ。校内放送が行えるのは放送室と職員室のみ。教師が沢山いる中で、放送を行うわけはない。だから、放送室に奴がいると読んだのだ。
階段を二段飛ばしで降りる大地は、奥歯を噛み締める。
「くそっ! こんな事なら、さっさと奴を殺しておくべきだった!」
『焦るな。まだ、三時間ある』
「まだじゃねぇ。三時間しかないんだ。急がねぇと……」
『焦れば焦るほど、相手の思う壺だ」
冷静なグラットリバーの言葉に、大地は小さく舌打ちをして、「そんな事分かってる!」と怒鳴った。
一方、図書室の前にいる優花は落ち着きゆっくりとその脇にある階段を下りる。鬼獣の目的はなんなのかと、考えていた。わざわざ、爆弾を仕掛けたのは何故か、考えていたのだ。こんな手の込んだ事をして、鬼獣に何のメリットがあるのかと、不思議だった。
「鬼獣の目的……」
『ああっ? 鬼獣の目的?』
胸元で揺れるキファードレイが口を挟む。
『そんなもん決まってるだろ? 人間達を喰らう事だろ?』
「本当に、それだけ?」
『なんだ? 他にどんな理由があるってんだ?』
不思議そうに尋ねるキファードレイに、渋い表情を浮かべる優花は、静かに口を開く。
「封術師とガーディアンの抹殺とか……」
一瞬その場が凍りつく。そして、キファードレイが笑いながら答えた。
『それはねぇ。奴らにとって、封術師とガーディアンは天敵だ。そんな奴らに自ら手を出すはずねぇ』
「そうかしら? 私が鬼獣だったら、邪魔な者から消していくけど?」
サラッと恐ろしい事を口にする優花に、言葉も出ないキファードレイは、黙り込んでしまった。
時を同じくして、屋上――。
床に置かれたフロードスクウェアと守が向かい合っていた。風が優しく吹き、守のボサボサの髪を揺らす。目を伏せる守は、俯き動かない。フロードスクウェアは、そんな守に問う。『どうする……』と。
奥歯を噛み締め、拳を震わせる守。フロードスクウェアの言葉の重さをその身に感じていた。だが、どうしても身体は動かない。
『どうした?』
「俺が行って、何になる。どうせ、足を引っ張るだけだろ? なら、あの二人に任せておけば――」
『ふざけんな! お前はいつから、そんなに腑抜けになった! いつから、そんなに弱い人間になったんだよ!』
胸に突き刺さるフロードスクウェアの言葉。そんなフロードスクウェアに、守は笑顔で答える。
「俺は、元から弱い人間だよ。何の力も無い弱い人間……」
『だったら何だよ。初めから強い奴なんていない。それに、俺達は、最低最弱コンビだろ? 強くなるのはこれからだ。それに、奴らにバカにされたまま、引き下がれるか!』
「……結局、バカにされたのが気に食わないだけ?」
妙に落ち着いた口調でそう呟く守は、静かにフロードスクウェアの前に歩み寄り、右手でフロードスクウェアを拾う。そして、首に掛け直し静かに息を吐き、静かに答える。
「わりぃ。何だか、ブルーになってた。でも、何だか吹っ切れたよ。そうだよな。俺らは、最低最弱コンビだもんな。今出来る事を全力でやろう!」
『ああ。それでこそ俺のパートナーだ!』
笑みを浮かべる守は、静かに屋上を後にする。
一階購買所隣りの階段を降りてきた大地は、足を止め廊下の奥を見据える。その目の先には放送室が見えるが、そう易々とここを突っ切る事は出来ない。なぜなら、大地のすぐ手前には校長室、その隣りは職員室となっており、保健室、放送室と繋がる。その為、大地の所から放送室に行く為には、職員室の前を通らなければならないと言う事になる。
「くっ……。面倒な造りの学校だな」
『いや……普通じゃねぇか? これ位』
「普通じゃねぇ! 可笑しいだろ!」
グラットリバーに怒鳴る大地。何故、キレているのか分からず、苦笑いするグラットリバーに、大地は腕組みをして言い放つ。
「どうしたらいい?」
『何が?』
「何がじゃねぇ。ここをどうしたらいい?」
『普通に行けばいいだろ?』
そう答えたグラットリバーだが、大地は呆れた様に首を左右に振った。妙にムカつくこの行動に、グラットリバーは微かに怒りを感じた。
ため息を漏らす大地は、身を屈め慎重に廊下を進みだす。職員室にいる先生達に気付かれぬ様、静かにゆっくりと。もちろん、声も出してはいない。そんな大地を見守るグラットリバーだが、何かの殺気を感じ叫ぶ。
『大地! かわせ!』
「――!」
グラットリバーの声で顔を上げた大地の前に、鋭い刃が振り下ろされた。咄嗟に右に身体を転がし、刃をかわす大地はそのまま中庭へと転げていった。静かに身体を起す大地は、グラットリバーを具現化し廊下を見据える。
「見事な身のこなしです」
男の声がしたと思ったその刹那、頭上から剣を持った男が振ってくる。大地は奥歯を噛み締め飛び退く。だが、振り下ろされた刃は長く、大地に向って勢い良く降りる。
「チッ!」
甲高い金属音が響く。振り下ろされた刃は、大地の右腕に受け止められていた。大地は目の前にいる男を真っ直ぐに睨み、剣を弾く。体勢が崩れ、男は二・三歩後退する。大地は目付きを変え低い声で言い放つ。
「誰だてめぇ」
「私は人影の分身。と、言っても私の力は本物です。手を抜いていると……死にますよ」
不適に笑みを浮かべそう言う男に、大地は冷や汗を掻く。妙な威圧感を全身に感じていたからだ。それに、全く気配も感じなかった。右手のグラットリバーも、妙な感じに静かに口を開く。
『気をつけろよ。こいつ、全く読めない』
「あぁ。分かってる。でも、ここじゃあ目立つ」
「大丈夫ですよ。殆どの生徒・教師には眠ってもらってます」
剣を軽く振る男が、二人の会話に入って来た。大地はその男の言葉に目を細める。
「どう言う事だ」
「何がですか?」
「ここの生徒と先生に眠ってもらっているって事だ」
「あぁ、その事ですか」
のん気な口調の男は、ニコッと笑みを浮かべると静かに答える。
「購買・食堂の料理に睡眠薬を投与させて頂きました。あなた方にとっても、私達にとっても戦闘を見られるのは、実に不愉快でしょうから」
笑みを浮かべる男に、大地は右手を引く。それと同時に、男も剣を下段に構え左足を引く。
「行きますよ」
「行くぞ!」
二人が同時に言葉を発し走り出す。二人の距離が縮まり、大地が右手のグラットリバーを振り抜く。二つに分かれた牙が、男に向って飛び出す。だが、男は微かに笑みを向け剣を振り下ろした。二つの牙の間を叩かれ、地に落ちる。
『くっ! 大地!』
「分かってる!」
地に落ちたグラットリバーを引き、右手に戻す。しかし、それより先に男の剣が大地へと突き出された。ズブッと鈍い音が聞こえ、鮮血が宙に舞う。