第三十一話 謎の少女 命土とライドフォルド
「それじゃあ!」
話の途中で守が口を割る。静かに息を吐く優花は、コーヒーを口に運ぶ。
「そう。私は無意識の中で、彩の一家を殺害したのよ」
落ち着いた口調の優花は、カップを皿の上に置く。落ち着く優花に対し、戸惑いを隠せない守。何が何だかわけが分からなくなっていた。優花が彩の一家を殺害したと、言う事実だけは呑み込めた。ただ、何故そんな事をしたのか、良く分からなかった。それは、フロードスクウェアも同じで、不思議そうに問いただす。
『無意識と言う事は、体が勝手にと言う事か?』
「そう。まるで誰かが乗り移ったみたいだって、大地は言ってた」
『誰かが乗り移った様? もしや、その眼が原因か?』
何と無くあの眼に見覚えのあったフロードスクウェアは、恐る恐る問いかける。軽く頷くだけの優花は、眼を伏せる。不思議そうな表情をする守は、腕組みをして「う〜ん」と唸り声を上げる。
そんな守を見据える優花は、静かに立ち上がった。いきなりの事にキョトンとした表情を向ける守に、愛らしい笑みを見せる優花は鞄を右手に持ち静かに答える。
「今日は、楽しかったわ。あなたとお話できて。今度会う時はお互いどうなっているかしらね」
「はい? それって――」
「そろそろ行くわ。一応、学生だから授業はきちんと受けなきゃ行けないから」
「はぁ……」
「そうそう。お礼まだだったわね。昨日はありがとう。それじゃあ。またどこかで」
それだけ言うと優花はレジへと向った。その際、鞄からキファードレイを取り出し、首へかけ直す。そんな優花の背中を見据える守は、軽く首を傾げると、さっきの言葉の意味を考える。“今度会う時はお互いどうなっているかしら”と、言うチョット意味深な言葉の意味を。
『おい。守』
「ンッ?」
突如聞こえた声に我に返った守。その声は、首にぶら下がったフロードスクウェアのものだった。視線を落とす守は、ゆっくりとフロードスクウェアを手に取り小声で話しかける。
「何だよ。いきなり」
『何だよじゃない。時間大丈夫なのか? 学校始まってるけど』
「へっ?」
驚きのあまり声が裏返る。そして、慌てて立て掛けられていた時計へと目をやる。すでに時は二時間目の終わりと告げており、守は驚き慌てて立ち上がる。苦笑するフロードスクウェアは何と無くこうなる事を予測していた。一つの事に集中すると、周りが見えなくなると言う守の癖を分かりつつあったからだ。
慌ててレジへと向う守は、財布をポケットから取り出す。その際、椅子に躓き転倒する。小銭が床に散らばり、静かな店内に小銭の落ちる音が響く。慌てて小銭を拾う守に、呆れた様に『何してんだ?』と、フロードスクウェアが呟いた。
唸り声を上げながら、守は小銭を拾い集める。そんな時、喫茶店の扉が清らかな音を立てて開かれた。小銭を拾う守は、そんな音にふと顔を上げる。
そこには、長い茶色の髪の少女が立っていた。背丈は守と同じ位だろう。真っ黒なワンピースを着ていて、表情は逆光の為見えない。そんな茶色の髪は光を浴び金色に見え、鋭い目が守を鋭く見下す。その目を真っ直ぐに見据える守は、何か不思議なオーラを感じた。それがなんなのか、守本人にも分からないが、殺気だったものではないのは、確かだった。
「何か?」
沈黙を破る少女の声。少しばかり刺々しく見下した様な口調。
「すいません」
取り敢えず謝る守は、そのまま床に広がる小銭を手で拾う。そんな守の姿を少女が鼻で笑うのが聞こえた。それに対し、フロードスクウェアが何かを言おうとしたが、すでに守の手の中に握られ言葉を発する事は出来なかった。足音が守の横を過ぎ、席へと移動する。足音が聞こえなくなった時、ようやく守は小銭を財布に戻し立ち上がり、会計を済ませた。
『何で、ガツンといわないんだ!』
喫茶店を出て暫くして、フロードスクウェアがそんな事を口にする。その口調から、怒っているのが良く分かった。だが、守は不思議そうな表情をしたまま、フロードスクウェアに話掛ける。
「なぁ、さっきの人、どこか変じゃなかったかな?」
『はぁ? 変なのはお前の頭だろ?』
「そうなんだよ。僕の頭が……って、何でそうなるんだよ」
『それが、突っ込みと言う奴か。初めて会った時以来だな』
「どうでもいいよ。昔の事は忘れようよ」
苦笑いを浮かべる守は、以前の事を思い出し深々とため息を吐いた。ため息を漏らした守に対し、半笑いを浮かべるフロードスクウェア。呆れて笑う事しか出来なかったのだ。気落ちする守とフロードスクウェアは、静かに会話もしないで学校に向った。
先程まで守達がいた喫茶店。店内は相変わらず清らかなメロディーが流れ、静かなムードが漂っていた。客は守と入れ違いで入って来た少女一人。店員はその少女の方に足を進め、注文をとりにいく。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「それじゃあ、あなたの命でも貰おうかしら」
「へっ?」
思わず聞き返す店員に、微かに笑みを浮かべる少女は右手で店員の首を掴む。いきなりの事に驚き戸惑う店員だが、骨の砕ける音と同時に店員の体は力なく崩れる。それをカウンターで見ていた店長は、その光景に腰を抜かしその場に動けなくなっていた。静かに立ち上がった少女は、店員の体から魂を抜き取り床に放り投げる。
「不味いわね。一般の人間の魂など、この程度か……」
不満そうな表情を見せる少女は、口をモゴモゴ動かし静かに喉を鳴らす。暫く辺りを見回す少女に、何処からともなく声がする。
『命土。分かっているのか? 俺達の仕事は――』
「分かってるわよ。ライドフォルド。封術師、ガーディアンの抹殺。サポートアームズを奪う事」
『なら、何故――』
「うるさいわね。あたしにはあたしのやり方があるのよ」
めんどくさそうにそう言い退ける命土は、長い髪をたくし上げ、耳が髪の下から姿を見せる。その耳には小さな金色の水晶のついたピアスが輝いていた。
『まぁ、お前なりのやり方があるなら、文句は言わないが、なるべく一人でいる所を狙え。封術師とガーディアンが一緒にいると厄介だからな』
「あたしは、そんなの関係ないわ。一人でも二人でも」
『そんな事を言っていると、すぐに消されるぞ』
「ライドフォルド。あんたあたしに消されたいわけ?」
ムスッとした表情を見せる命土は、静かに喫茶店を後にする。もちろん、店長もその他の店員も皆魂を命土に食われて亡骸となっていた。この事はすぐにニュースになり、全国へと報道された。
“首の骨を砕かれた遺体複数”と、言う言葉と一緒に。