第三話 最強のサポートアームズ フロードスクウェア
前のめりに倒れると、剣の切っ先が廊下に激しくぶつかる。甲高く澄んだ音が廊下に響き、それが反響して返って来る。切っ先の当たった所は、少し欠け亀裂が走り破片が廊下に転がった。柄から思わず守は手を放し、剣がカランカランと音を響かせ廊下に寝転んだ。呆れた様にため息を付く彩は、右手を腰にあて左手の中指を額に当て「う〜っ」と、唸り声を上げる。
振り返る守は、目を細めてやや不満そうな表情を浮かべた。彩はため息をついた後、肩口まで伸びた髪を頭の後ろで束ねゴムでとめる。真剣な顔付きになる彩に、「おお〜っ」と驚きの声を上げる守に、何処からともなく声が聞こえる。刺々しく生意気な男の声。
『誰だ! この俺を乱暴に扱うのは!』
「ンッ?」
不思議そうに首を傾げる守は、辺りをキョロキョロと見回し自分と彩、鬼獣の他に誰も居ない事を確認して、ふと足元に横たわる剣に目をやる。太い鍔の中心にある水晶が、先程までと違い、赤く輝きを放っており、守は渋い表情のままゆっくりと彩の方に顔を向ける。
堂々とした表情の彩は、まるで守が言いたい事が分かっているかの様に首を縦に振り、落ち着き払った口調で言う。
「今のは、その剣が喋ったのよ」
「マジですか?」
「うん。マジですよ。当たり前じゃない。私達をサポートする武器だから喋るに決まってるでしょ?」
「そう言われてもだな転入生。この世で武器が喋って当たり前ってことはないんだぞ。うんうん。わかってる。転入生の言いたい事も分かってる。だから、俺は思うんだ。これは、きっと夢なんだと」
現実逃避する守は、一人でブツブツと言葉を並べる。そんな守では役に立たないと判断した彩は、守の足元の剣に向って声を掛ける。
「あなた、名前はなんていうの?」
『何だ! 人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが常識じゃないのか!』
「ムムッ……。サポートアームズなのに、何か生意気」
コメカミをピクリと一度動かした彩は、怒りを堪える様に歯を食い縛り、ニコニコと引き攣った笑みを見せる。両手は強く拳を作られプルプルと震えていた。それでも、この場を凌ぐためにはこのサポートアームズの力が必要だと、心を落ち着かせて言う。
「わ、私は水島 彩。一応、封術士よ。あなたの名前は?」
『俺は、フロードスクウェアだ。サポートアームズ最強の武器だ! ガハハハハッ!』
「ほ、本当! 最強の武器なの!」
『当たり前だ。何せ、伝説のガーディアンマスターに創られた最初で最後のサポートアームズだからな』
その言葉に期待に満ち溢れた表情に変わる彩は、先程まで引き攣っていた笑顔が明るく嬉しそうな笑顔に変わっていた。両手を組み明るくねだる様な声を彩は出す。
「お願い。あなたの力を貸してほしいの」
『いやだ』
彩の言葉に、フロードスクウェアは即答する。固まったままの彩は、笑顔を見せたままフロードスクウェアに聞き返した。
「へっ? 何ですって? 私の聞き違いじゃなければ、いやだって聞こえたけど?」
『そう言ったんだ。大体、俺女に使われるのって嫌なんだよね。それに、もし使われるにしても、お前みたいな奴よりも、もっと美人で品のある人の方が――』
「何ですって! それじゃあ、まるで私が品がないみたいでしょ! ふざけないでよね!」
遂に怒りを爆発させる彩は、大声でフロードスクウェアを睨み付ける。横たわったままのふロードスクウェアは、現実逃避する守に気付き落ち着いた口調で声を掛けた。
『おい。お前。この女をどうにかしてくれ』
「あ〜っ。早く目覚めてくれ。俺、早く起きろ。寝てる場合じゃないだろ〜」
『オイ! 聞けよ』
「うう〜っ。何も聞こえない。うん。俺は何も見てないし、何も聞いちゃいない。朝、転入生には会っていな――ぐあっ」
殴られた。力一杯、彩に。全ての怒りをぶつけるかの様に。守は頭を押さえたまま、「はうう〜っ」と、変な声を上げながら蹲った。その痛みに、守はハッとし、目を閉じ「痛くない、痛くない」と、小声で自分に言い聞かす。
そんな守を現実に引き戻す一撃を、彩がお見舞いした。蹲る守の後頭部に目掛け、彩の左足が振りぬかれたのだ。流石の守もその痛みに立ち上がり彩に向って怒鳴った。
「何すんだ! 転入生! 痛いじゃないか!」
「あんたのサポートアームズでしょ? どうにかしなさいよ」
「はい?」
守は惚けた様な声を上げ、彩の指差す先を見る。その先には横たわる剣が置いてあった。それを見た瞬間、守は廊下に前屈みに倒れ、妙な声を上げる。
「や、やっぱり、夢じゃなかったのか……」
「夢なわけないでしょ。とりあえず、そいつはあんたのだし、とりあえず、鬼獣は頼むわよ」
その言葉に、驚いた様に顔を上げた守は、すぐさま立ち上がり彩の方に体を向けた。そんな守の顔を見た彩は、不思議そうに首をかしげ「何?」と、可愛らしく言い微笑む。当然、剣など持った事のない守に、戦い方など知る由もなく、首を激しく左右に振り言葉を返す。
「待て待て。お、俺が戦えるわけないだろ? 第一、この現代っ子の俺が、剣なんて持った事ある様に見えるか? 見えないだろ。当然、俺に戦えなって無理な話。分かってもらえたかな?」
早口でそんな言葉を並べる守に対し、確実にその話を聞き流している彩は、「うんうん」と、適当に相づちを打った後、ニコッと可愛らしく微笑み返事を返す。
「それじゃあ。お願いね」
「あの〜っ。聞いてました? 転入生さん」
「うん。聞いてたよ。女の子に戦わせるわけにはいかないから、俺が戦うって。何て男らしいの。私、惚れちゃいそう」
「いや。そんな事一言も言ってないし、転入生に惚れられても困りもんだよ」
愕然としながらそんな事を呟く守は、結局彩の言う事も一つあると思い、横たわるフロードスクウェアの柄を握った。ため息を零し、フロードスクウェアを持ち上げようとした守だが、フロードスクウェアはピクリとも動かず、膝の位置までようやく持ち上がるくらいだった。
「フヌヌヌヌッ! お、重すぎる!」
力が抜け、またフロードスクウェアがはげしく廊下に打ち付けられる。その瞬間に、『イタッ!』と、フロードスクウェアが叫んだ。それとほぼ同時に守は廊下に腰を落とし、「駄目だ〜ッ」と、声を上げた。
呆れる彩は、ため息を漏らしガックリと肩を落とす。向かいに居る鬼獣は、体中の電気をその間も集め、次第にバチバチっと言う音が大きくなっていた。空も少しずつ明るくなり始め、町の方には薄らと朝日が見え隠れしている。
「このままだと、人に見つかっちゃうわね」
「見つかると何かまずいんか?」
「まずいに決まってるでしょ。あんな化物が学校で暴れてるのよ。大騒ぎになるでしょ?」
「まぁ、それはそうだ」
のん気にそんな会話を交わす守と彩に対し、怒り心頭のフロードスクウェアは大きな声で怒鳴りつける。
『貴様! この俺を乱暴に扱いやがったな! この俺は、最強のサポートアームズなんだぞ!』
「あ〜っ。わりっ。でも、最強の武器の割りに、一人では何も出来ないもんだな」
『な、なななんだと! 貴様! 俺を乱暴に扱うだけじゃなく、侮辱までするか!』
「侮辱って言うか、本当の事を言ったんだけどな。転入生もそう思うだろ?」
正論を口にする守に、彩も納得し「確かにそうだわ」と、呟き頷いた。怒りを露にし、フロードスクウェアは文句を言うが、守も彩もそれをただ聞き流した。そして、ゆっくりと守が立ち上がり、お尻をパンパンと二度叩き意を決した様に声を上げた。
「さて。片手じゃ無理だったし、ちょっとかっこ悪いけど、両手で持たせてもらいましょか」
『ま、待て! 俺は貴様なんぞに使われたく――』
「一、二の、三!」
両手で柄を握る守は、力一杯フロードスクウェアを持ち上げた。ようやく持ち上がったフロードスクウェアを、真っ直ぐ縦に構える守は歯を食い縛りながら「ニシシシ」と、笑い声を上げる。
そんな守を見ながら、彩は『あれ、両手持ち様の剣だし、両手で持ってもカッコ悪くはないんだけど』なんて、心に思いながら微かに笑いを零した。
刃を中心に左右に分かれて見える鬼獣を見据える守は、電気を纏ったその姿に苦笑し恐る恐る彩に問う。
「あの電撃を食らうと、人は死ぬんだろうか?」
「そうね。まぁ、普通は死ぬわね。きっと感電死するわよ」
「だよ……な」
小声でボヤキ、「アハハハッ」と引き攣ったような笑いを出す。首を傾げる彩はふと窓の外に目をやる。割れた窓ガラスから直視する事の出来るグランドを一人の少女が横断していた。黒くて腰まで届いているんじゃないかと思わせるほど長い髪をなびかせながら。
「ちょ、ちょっと! ま、まままままずいわ! 生徒が登校してきちゃったわ!」
「そっか。もうそんな時間なのか。それは、まずいな。って、皆川さんじゃないですか!」
「皆川さん? 誰?」
「えーっ! 皆川さんを知らないんですか! 転入生は!」
驚いた様な声を上げる守は、振り返ろうとしたが目の前の鬼獣に目が行き、焦ったように言い切る。
「こんな事してる場合じゃない! 早くこの場をおさめないと、俺が転入生と同じ様に不良だと思われてしまう!」
「私は不良じゃないわよ。第一、何で不良だと思われるのよって、この割れた窓見ればそう思うわよね。普通」
半笑いする彩は右肩を落として、割れた窓ガラスを見た。『流石にこれはやばいだろ』と、彩は心の中で密かに思った。