第二十九話 彩と優花と大地
二時間が経過――。
未だ喫茶店で話を続ける守と優花。“ガーディアンと封術師の関係”から始まり、“優花の赤い眼”“フロードスクウェアの属性”“封術師・ガーディアン育成学校の話”と、続き最終的にようやく“彩の過去”へと話は移った。
今までの話で、守の分かった事は、ガーディアンと封術師の関係はもっと詳しく考える必要があると、言う事。優花の赤い眼は、ある男による呪いである事。フロードスクウェアの基本属性は火である事。そして、封術師とガーディアンを育成する学校がある事などなどだ。
結局、全ての話の詳しい所は省かれていたが、少しはガーディアンの事を理解した守だった。
そして、話は彩の過去の話へ――。
「それで、どう言う事ですか? あなたと、あの黒木君が彩の一家を殺したって?」
『大分、話題がそれたが、ようやく本題にたどり着いたな』
守の言葉に皮肉交じりでそう呟くフロードスクウェア。する事が無く暇だったのだろう。だが、そんなフロードスクウェアの言葉を守は、完全に無視した。
「詳しく聞かせてください」
『俺を無視するか……』
「いいわ。元々、その話をあなたにも聞かせようと思っていたから」
『あんたも、俺を無視か……』
合間合間にフロードスクウェアの声が聞こえるが、守も優花も全く相手にしない。その為、フロードスクウェアは一人でモゴモゴとぼやきながら、最終的には静かに眠りに就いたのだった。
そんな事とは知らず、守と優花は真剣な面持ちで話を進めていた。
「あなたは、知らないだろうけど、水島家は代々続く水を司る最高位の封術師の家系なの。そして、そのお嬢様が、彩よ」
「それじゃあ……。水島って、凄い力を持ってるのか?」
「そうね。水の性質の術なら、鬼獣の力を借りなくてもある程度は使いこなせるはずよ。それに、火の属性の弱い鬼獣程度なら、一瞬で封じる事も可能だと思うわよ」
落ち着いた様子で淡々とそう話す優花。だが、守は何処か不に落ちない。と、言うのも、まだ一度も彩が水の性質の術を使った所を見ていないからだ。それは、鬼獣との相性もあるのかも知れないが、まだ一度も使っていないと、言う事が引っかかっていた。何故、使わないのか……。と、言う疑問を抱きつつ、優花の話しは進む。
「そして、私と大地の家系は、水島家を護るだけに存在する家系。例え、この身を犠牲にしてでも、水島家の人だけは護れと叩き込まれたわ」
「それって……」
「従順な下部の様なものよ。あなたには、分からないでしょうね。私と大地の辛さは……」
悲しげな表情を見せる優花に、表情を曇らせる守。そんな過去があったなんて、知らなかったからだ。彩と優花と大地の間にこんな関係があったなんて、ここで聞かなきゃきっと分からなかっただろう。
少し二人の間に重々しい空気が流れたが、優花はそのまま話を進めた。
「それで、私と大地は育成学校に入ると同時に、彩の護衛を命じられた。そして、学校でも家でもいつも一緒に行動をさせられた。それでも、楽しかった。彩といた三年は……」
「それが、どうして……」
「はめられたのよ。全て……」
「はめられた? どう言う事ですか?」
聊か話が見えて来ないため、そう聞く。何がどうなっているのか、全く理解できない。それが、顔に出ていたのか、優花が申し訳無さそうに口を開く。
「ごめんなさい。もう少し詳しく話した方が、いいみたいね」
「す、すいません……」
「一年前よ。私と大地がはめられたのは……」
その後、守が聞かされた話は、あまりにも悲しい彩の過去の話だった。
全ては、一年前に遡る。まだ、彩が封術師になる前に――。
一足先に封術師になった優花と、ガーディアンに成り立ての大地。二人は、相変わらず彩の護衛を勤めていた。
『お前、何の為にガーディアンになったんだ? いつまで、こんな事してんだよ』
「うるせぇ……。おめぇに関係ないだろ」
『オイオイ……。せっかくガーディアンになって、サポートアームズの俺を手に入れたんだろ?』
「黙ってろ! うるせぇな!」
右の手首に煌くブレスレットにそう怒鳴る大地。正直、大地ももうこんな仕事には嫌気がさしていた。ガーディアンに成り、ようやく鬼獣を退治できると思っていたのに、まさか、こんな仕事をさせられるとは、大地自身思ってなかった。
やる気無く椅子に座る大地に対し、落ち着き払う優花は静かに読書をしていた。首にはネックレスがかけられ、胸元で鎌形のアクセサリーが揺れる。
『くーっ! いつまで、こんな所でジッとしてんだ! 俺様は暴れたんねぇ!』
「……」
『俺様は、戦いてぇーんだ! さっさと具現化しろ!』
眩い光りが辺りを包み、具現化されたキファードレイが廊下に転がる。あまりにうるさいので、優花が具現化したのだ。しかし、そのまま廊下に寝かせたまま読書を続ける。自分では動けないキファードレイは、廊下に転がったまま大騒ぎする。
『くぉらー! てめぇ! 何やってんだボケェ!』
「……」
「おい! うるせぇぞ!」
『黙れ! クソがき!』
「だ、誰がクソがきだ! 喧嘩売ってんのか!」
彩の部屋の前の廊下で大揉めする大地とキファードレイに、呆れるグラットリバーはこの大騒ぎの中、静かに読書する優花に関心する。
そんな騒ぎの中、部屋の扉が勢い良く開かれた。ドアの前に立つ大地は、勢い良く開かれた扉に顔を打ちつけ後方に倒れこむ。あまりの痛みに、顔を押さえる大地は蹲ったまま怒鳴る。
「イッテー! いきなり何しやがる!」
「うっさい! 人の部屋の前で騒ぐな! こっちは、明日試験なんだから、静かにしろ!」
『ケッ。試験だとよ。てめぇ何かが受かるかよ』
その言葉に、彩の中でプツンと何かが切れる音がする。
「ふ〜ん。自分じゃ動けないのに、そんな事言っちゃうんだ〜」
不適な笑みを浮かべる彩は一度部屋に戻る。そして、数分後部屋から出てくる。大きな金槌を手に持って。その事に、気付いていたのか、優花は本に目を向けたまま言う。
「彩ちゃん。壊さない程度にね。これから、色々役にたって貰わないといけないんだから」
「分かってる。ちゃーんと手加減するから。ねぇ」
誰に対しての“ねぇ”だったのかは不明だが、その後キファードレイの悲鳴が廊下にこだましたのは、言うまでもない。
「あ〜ぁ。すっきりした」
満面の笑みを浮かべる彩は、背筋を伸ばし軽く伸びをする。それと同時に、本を読み終えたのか、優花は本を閉じ椅子から立ち上がった。そして、キファードレイを右手で握ると、そのまま具現化を解き、元のアクセサリーへと戻す。それを首にかけた優花は、彩の方に視線を向け、ニコッと笑みを浮かべた。
「どう? 気は済んだ?」
「うん。もう、頭ん中すっきり爽快って感じだよ」
「フフフッ。でも、明日試験なのに、頭の中がすっきりなのは、どうかしら?」
「はへっ? あっ! そ、そうだった! 明日、試験だった! こんな事してる場合じゃなかった!」
優花の言葉に慌てふためく彩は、大慌てで部屋へと戻り机に向き合っていた。そんな彩の後ろ姿を見据える優花は、軽く笑みを浮かべると、静かに扉を閉めた。そして、大地の方へと視線を向け、真剣な表情で言う。
「行くわよ……大地」
「あぁ。妙な客が着ちまってるようだからな」
大地はそう呟き指の骨を軽く鳴らした。