第二十四話 消えた彩
静けさ漂う夜のビルの屋上。青白い光を放出する一体の獣。それと対峙するのは二人の男女。大地の腕のブレスレットに煌く水晶と、優花の持つ大鎌に煌く水晶が、青白い光を浴び不気味に光る。
威嚇する様に牙をむき出しにする狼電。その身に纏った電気がバチッ、バチッと弾けて、壁や地面を傷付ける。大地は軽く振り返り、優花の方に顔を向け、「どうする?」と、小さく呟いた。それに対し、優花は大きく鎌を振り翳し答える。
「もちろん、大人しくさせるわよ」
「やっぱりな」
苦笑いを浮かべる大地はその場を素早く退く。と、同時に振り翳される大鎌が、風を切る音と共に振り下ろされた。すると、裂く様な音と共に烈風が狼電の体を襲う。弾ける電気を掻っ切る風。時折、大きくバチンと音が聞こえたかと思うと、狼電の体にスッと赤い鮮血があふれ出していた。
烈風に踏みとどまる事が出来ず、狼電の体は軽々吹き飛び鉄格子に体をぶつける。すでに体中傷だらけの狼電を見据える優花と大地。そんな二人に狼電は口を開く。
『あなた方が、首狩りの犯人ですか……』
「首狩りって……。それじゃあ、俺達悪い事してるみたいだな」
『実際、人の首を切ってるんです。悪い事じゃないですか』
狼電の声は、ウィンクロードの声だった。そう。狼電の体には、今ウィンクロードの意識が入り込んでいたのだ。大鎌を軽く構えたままの優花は、静かにため息を吐き答える。
「まさか、それを調べる為だけに、私達をつけていたわけじゃないでしょうね?」
『それ以外にあなた達を調べる理由はありません』
『オイオイ。まさか、まだ根に持ってんじゃねぇの? こいつら』
『まぁ、役立たずのサポートアームズじゃしょうがないさ。鬼獣も野放しなんだからだ』
キファードレイとグラットリバーの二人が続け様にそう言う。静かに体を起すウィンクロードは、歯を食い縛り電気を放電する。と、同時に優花の持つ大鎌が横一線に閃光を閃かせた。鋭い風の刃が、ウィンクロードを襲い、鉄格子ごとその身を裂いた。その瞬間、狼電の姿をしたウィンクロードは消え去り、静けさが残った。
「相変わらず、容赦ねぇ〜……」
「あら。いや〜ね。あれでも、手加減したのよ。フフフッ……」
大鎌は元のアクセサリーに戻り、右手で口を押さえたまま優花は笑う。苦笑する大地は、「あれで手加減したのかよ」と、呟き、グラットリバーが『加減を知らないみたいだな』と、半笑いを浮かべながら答えた。
火野宅の二階の一室。風呂上りの彩がバスタオルを髪に巻いたままベッドの上に座り込んでいる。その前にはウィンクロードが寝かされ、彩は何かを静かに待っている様だった。小さな杖のアクセサリーの頭についた水晶に、光が戻る。それは、ウィンクロードの意識が戻った証だった。
『す、すいません。結局ばれてしまいました』
「そう。それじゃあ、あの二人で間違いないのね?」
『えぇ。しかし、何故あの二人が無差別に人を?』
「さぁ? でも、言える事は、油断は出来ないって事」
眉間にシワを寄せる彩は複雑そうな表情を浮かべる。一方のウィンクロードも、大地と優花の事について色々と考えていた。そんなウィンクロードに彩は困った様に聞く。
「この事は、守にも伝えた方が良いかな?」
『守殿にですか? 今はまだ伝えない方が良いのでは? 彼とてまだ心を許せる者ではありません』
「でも、一応私のガーディアンだし……」
『今は彩様を守るガーディアンですが、それは、その場しのぎ。イズレは、もっとちゃんとしたガーディアンを探さねば』
その言葉に彩は少し悲しげな表情を浮かべ、「そうだよね」と、呟いた。
一方、その隣の部屋では、守がベッドに横になっていた。僅かに足が痺れて動く事の出来ない守は、眠そうに欠伸をしながら枕に顎を埋める。枕の横に寝かされるフロードスクウェアは、そんな守を見据えてつまらなそうに言う。
『なぁ。暇だ』
「そうだな」
『何か、面白い話はないのか?』
「無いな〜。ってか、寝ろ。うるさい」
目を細めそう怒鳴る守は、枕に顔を埋め耳を塞ぐ。その行動に、『なっ! そ、そんなに俺が迷惑か!』と、叫ぶが、守の耳には届かなかった。その後は、諦めたのか、大人しくなるフロードスクウェア。
暫くして、ようやく守が枕から顔を上げる。それから、静かに息を吐きフロードスクウェアを机の上に置き、部屋の電気を消した。暗い部屋の天井を見上げ、昼間の事を考える。大地があそこで何をしていたのか、あの鬼獣の気配はなんだったのか、様々な考えが頭に過り、複雑に混ざり合う。
「はう〜っ。結局、あいつらは何なんだ〜!」
そう叫びながら守は枕に顔を埋めた。それから、暫く色々と考えたが、いつしか眠りについていた。随分と時間が経ち、守は目を覚ました。戸の方から廊下を軋ませる足音が聞こえたからだ。怪訝そうな表情を見せる守は、目を擦り体を起す。廊下を軋ませる足音は、次第に聞こえなくなった。きっと階段を下りたのだろう。
欠伸をする守は、机に寝かされたフロードスクウェアを手に取り首からぶら下げる。宙に浮く感覚で、フロードスクウェアも目を覚まし、迷惑そうに口を開く。
『何だ? まだ、外は暗いじゃないか』
「悪い。起したみたいだな」
『起したみたいだな、じゃないだろ……。何かあったのか?』
眠そうな声のフロードスクウェアに、戸の方に近付いた守が静かに答える。
「いや。足音が聞こえたからさ……」
『足音? って、事は泥棒か?』
「足音たてる間抜けな泥棒がいるか?」
『いるんじゃないか? 世界は広いからな』
フロードスクウェアにそう言われ、呆れた様に目を細める守。確かに考えてみれば、この世界一人位は、足音を起てる間抜けな泥棒がいる事もあるだろうと思ったのだ。腕組みをする守は、「う〜ん」と、唸り声を上げる。すると、玄関の方から重々しい鉄の擦れる音が聞こえてきた。それは、鍵の開く音で、泥棒が堂々と玄関から出るだろうかと、守は不思議に思う。
「なぁ、泥棒が、玄関から堂々と出ると思う?」
『いや。それはないだろ。第一、本当に泥棒か?』
「いや……。泥棒って言ったのはお前だろ?」
『ンッ? そうだっけか?』
とぼけるフロードスクウェアに、目を細める守はため息を漏らし戸を開け廊下へ出る。そして、隣の彩の部屋の方へ足を進めた。何故か気になったのだ。
『どうかしたのか?』
「いや……。もしかすると、出てったのって彩じゃないかって」
『どう言う事だ?』
「ただ、何と無くだよ」
笑みを浮かべる守は、彩の部屋の戸をノックする。返事は無い。寝ているのか、分からない為、静かにドアノブをまわす。鍵は掛かっていない。その為、守はゆっくりと戸を開く。すると、ベッドには誰も折らず、彩の姿は何処にも無い。部屋へ入った守は、部屋を見回し大慌てで廊下へと飛び出す。
「やっぱり、水島だ!」
『でも、何であいつがお前に黙って出て行くんだ?』
「それは、分からない。でも、何か嫌な予感がする。急ごう」
守はそう言い静かに廊下を駆け階段を下りる。そして、小さな声で「いってきます」と、言い外へと飛び出した。もう、彩の姿は無く、彩が何処に向ったのかも分からない。それでも、守は道を走りだした。