第二十話 科学室裏の密会
平凡でいつもと変らぬ昼休み。薄暗く人気の無い科学室裏で、不穏な空気が流れていた。複数の不良が集まり、何かコソコソとしている。元々、ここは不良のたまり場。不良が集まっているのは、別に気にならない。ただ、コソコソとしている所がいつもとは違う。それに、誰にも聞かれない様にと、小さな声で話をしていた。
そんな不良達を壁際に隠れてみている者が居た。それが、報道部一年、鳥山 理穂だ。まだ、鬼獣を追い記事にしようとしている。それが、どうしてここに繋がったかは不明だが、理穂はまだ知らない。自分が今、とても危険な事に首を突っ込んでいるのだと。
眼鏡を額の所に引っ掛け、カメラを片手に不良の方を窺う。何を言っているのか聞こえない為、身を乗り出す理穂。
「ムムムッ。聞き取れない!」
が、それが、仇となった。不良の一人が、理穂に気付き叫ぶ。
「誰だ!」
「やばっ!」
理穂はすぐに体を捻り逃げ様とした。だが、すぐに何か壁の様なモノに激突し、しりもちをつく。「いった〜っ」と、声を上げる理穂は目の前に人が居た事に気付いた。その男は黒のスーツ姿の男で、この学校の科学の教師でもある、武中 博人だった。
彼は、今年この青桜学園に赴任してきた教師で、科学の先生にしては顔立ちがよく女子からの人気も厚い教師だ。きっと、不良の事に気付いてやってきたのだと、思った理穂はすぐさま立ち上がり武中の後ろに隠れる。
「武中先生! この角を曲がった所に不良が!」
「不良……ですか?」
「はい!」
力強くそう述べると、そこに不良の一人が飛び出す。不良と武中の目が合う。すると、不良は礼儀正しくお辞儀をして、丁寧な口調で言う。
「お待ちしておりました! どうぞ、こちらです」
「えっ?」
驚く理穂。何が何だか分からなくなってしまう。振り返り、ニコッと微笑む武中は「どうしました?」と、理穂に問う。頭が混乱する理穂だったが、これだけは分かった。逃げないといけないという事を。だが、体が動かない。
「どうしました? 鳥山さん」
「ど、どうして……武中先生が……」
「フフフフッ。そんなに怯える事はありませんよ。彼等は、私の僕です。そして、あなたもその仲間入りですよ」
微笑んだ武中は不良に合図を送る。すると、軽く会釈をし、理穂の方へと歩き出す。微かに首を横に振る理穂は、震える声で悲鳴を上げた。
金網に凭れ欠伸をする守は、のんきにパンを頬張る彩を見据える。何でもおいしそうに食べる彩の顔を見ていると、買ってきて正解だったと思えた。そう思うと自然と笑みが毀れてしまう守。その守の顔にフロードスクウェアが呆れた声で呟く。
『女を見てニヤニヤしてると、気持ち悪いぞ』
「に、ニヤニヤなんてしてないぞ! 変な事言うなよ」
『実際、ニヤニヤしてたぞ。それとも、あれがお前のいつもの顔なのか?』
「うっ……」
言い返す事が出来ず、口篭る守に彩の視線が突き刺さる。フロードスクウェアと話して気付かなかったが、彩がこちらをジッと見つめて不思議そうな顔をしていた。その視線に、顔を真っ赤にする守は、大慌てで声を張り上げる。
「な、何でも無いぞ! 俺は何にも――」
「キャアアアアアアッ!」
「――!」
悲鳴がどこからか聞こえた。すぐに立ち上がる守と彩は辺りを見回す。そんな守と彩の二人に、守の胸の位置からフロードスクウェアが叫ぶ。
『おい! この気配は鬼獣だ!』
「鬼獣? でも、派手な爆発とか、大きな音なんて聞こえなかったぞ?」
『俺が、そんな事知るか! だが、確かに感じた。少しだけだが』
「少し? どう言う事?」
不思議そうな表情を見せる彩に、フロードスクウェアも少し困ったような声で答える。
『本当に僅かだ。あの悲鳴が聞こえるほんの一瞬だけ』
「それじゃあ、今は何も感じないの?」
『ああ。全く感じない。不思議なくらいだ』
「って、事は鬼獣は消えたのかな?」
『さぁな。ただ気配を消しているだけかもしれんが、これほどまで気配を感じないとはな』
のんびりと会話をする彩とフロードスクウェアに、ため息を吐き呆れた表情を見せる守。そんな守の方に、彩は顔を向ける。すると、守は真剣な表情で言う。
「あのな……。のんびり話してる所悪いんだけど、急がなきゃならんだろ?」
「そ、そうだった! 守! 行くわよ!」
先程の悲鳴の事を思い出し、慌てながら彩は走り出した。屋上を出て行く彩の背中を見据え、ため息を漏らす守は額を右手で押さえ、「悲鳴の聞こえた方に行く階段はこっちなんだけど……」と、呟いた。この声が聞こえたのはフロードスクウェアだけで、彩は気付かないままそのまま消えていった。
『呼び止めなくて良かったのか?』
「う〜ん……。まぁ、遠回りだけど一応たどり着けるから大丈夫だよ。さぁ、俺らは先に行ってよう」
『そうだな。急いだ方がいいな』
守は彩の行った方とは逆の階段から屋上を後にした。その後、引き返してきた彩が「ま、待ってよ!」と、叫びながら守の後を追った。
悲鳴を上げた理穂の口を塞ぐ不良。口を塞がれながらも、もがく理穂は両腕をバタバタと振り回す。暴れる理穂を見据える武中は、「ふふふ……」と笑い左手を顎に添える。
「困りましたね。こうも暴れられては……」
「ぐうううっ! 暴れるな! ――ッ!」
理穂の口を押さえていた不良は、理穂に手を噛まれ手を離す。理穂はすぐに武中と不良から離れた。怯えた目をする理穂は、震える唇を噛み締め、武中を睨む。手を噛まれた不良は、蹲り理穂の方を睨み叫ぶ。
「てめぇ! 俺らが、女だからって手加減しないと思ったら大間違いだぞ!」
「まぁまぁ。中山君。落ち着きなさい」
冷静な口調の武中は、ニコニコと笑みを浮かべ理穂の方に一歩足を進める。膝が震え思うように動けない理穂の逃げ場を塞ぐ様に不良たちが移動する。逃げ場を失い、目に涙を浮かべる理穂。声を出したくても恐怖で口が開かない。
ニコニコと笑みを浮かべる武中は、スッと理穂に手を伸ばし、「さぁ、私の手をとりなさい」と、優しく囁く。その声が理穂の脳を刺激し、何故か右手をスッと武中の方へと差し出していた。意識は殆ど無く、理穂の頭はぼんやりとかすむ。そんなぼんやりとした理穂の頭にハッキリとした雄雄しい声が響いた。
「気を確かに持て! 惑わされんな!」
「――へっ?」
その言葉で我に返った理穂は、武中へと差し出していた右手を引き数歩後退る。「チッ!」と、小さく舌打ちをする武中は辺りを見回し「誰だ!」と、叫んだ。すると、角を曲がった所から堂々と一人の少年が入って来た。眼鏡をかけ、前髪を下ろし気弱そうな面持ちの少年。その右手首にはブレスレットがきらめいている。
「んだ! てめぇ!」
不良の一人が少年を睨みつけ威嚇する。それに、臆す事無く歩みを進める少年は、眼鏡を外し胸ポケットにしまう。それから、右手で前髪を静かに掻き揚げる。その掻き揚げられた前髪の下から現れた目は、鋭く威圧感のある目付きだった。その目に、怯む不良達は唾を呑み込みジリジリと後退する。
不良達の合間から見えるその少年の姿を目にした理穂は、安心したせいか涙があふれ出ていた。唇は振るえその場に座り込む理穂は、両手で顔を覆い泣きじゃくる。だが、すぐに武中が理穂の首根っこを叩き意識を失わせる。そんな武中を見据える少年は、誰かに話掛ける様に言葉を走らせる。
「奴が本体で間違いないな! グラットリバー!」
その少年の声に、ブレスレットに付いた水晶が輝き、『ああ。間違いないぜ』と、明るい声が響いた。その声に、武中はハッと驚いた表情を浮かべ、「サポートアームズ!」と声を上げる。だが、その顔に焦りは無く、不適な笑みを浮かべていた。