第二話 封術士と鬼獣とガーディアン
屋上に向ったはずの彩は、今静かな廊下を大騒ぎで走っていた。まだ、登校時間では無い為、誰も居ない廊下はとても静かで、彩の足音はやけに五月蝿く聞こえる。
それから、少し遅れて何かが廊下を駆け抜けるが、それが一体何なのかは分からない。ただ、分かるのはそいつが通った廊下の窓ガラスは音を立てて崩れ落ちてゆく。
窓ガラスの割れる音に彩は大きな声を上げる。
「どう言う事よ! ウィンクロード! 何で奴のパワーが上がってるわけ!」
『そう言われましても――』
右手に持った彩の身長程ある杖の頭にある水晶からそんな返事が返る。すると、彩は不満そうに表情を引き攣らせ先程より大きな声で言う。
「何でわかんないのよ! あんた、何のために居るわけ!」
『私は彩様をサポートするためにですね……』
「もういいから、奴がパワーアップした原因を探って!」
『わかりました。それでは、暫しお時間を――』
その後、杖から声が聞こえず、彩はひたすら走った。その時だ。急に角から出てきた守と激突したのは。
「イタタタッ……」
守とぶつかり尻餅をついた彩は、お尻を右手で擦りながら守の方を見た。仰向けに倒れる守は、頭を右手で擦りながら迷惑そうな表情をして、目を細めた。この時、杖を見られるとまずいととっさに隠そうとしたが、右手に持っていたはずの杖が無い事に彩は気付いた。
「あれ! な、無い! 杖が!」
「ンッ? 杖って、あれの事か?」
眠そうな声の守が指差す先を見ると、電気を身に纏った狼の様な姿の化物が杖を銜えてコッチを見ていた。バチッ、バチッと、電気を弾く化物は、牙をむき出しにすると、杖をその場に置き彩と守の方を威嚇する。
落ち着いた様子の守は、廊下の窓ガラスが割れているのに気付き、彩の方を見て呆れた様に言う。
「転入生、学校に馴染めないからって、窓ガラス割る事ないじゃないか。それに、ペットまで連れ込んで」
「いい加減、その呼び方止めて! それに、私はちゃんと馴染めてます! 何で窓ガラスを割るのよ!」
「ストレス解消? じゃないの」
「あなた、私に喧嘩売ってるわけ?」
右拳を振るわせる彩に、微かに笑ってみせる守は、「まぁまぁ」と小さく呟いた。冷静さを取り戻した彩は、化物を見て悔しそうな表情をする。
「あ〜っ! 何でこうなるのよ! 大体、あんたがいきなり出てこなきゃ、こんな事には!」
「いや〜。急にトイレに行きたくなってさ。アハハハハッ!」
「笑い事じゃないのよ! どうしてくれんの!」
笑う守の首を絞める彩は、明らかに殺意が見られた。
「グ…ぐるじ〜っ!」
「あっ、ごめん。つい、殺意が……」
「かっ…ハァ…ハァ……」
苦しそうに息をする守は、首を右手で擦りながら彩の本性に驚いていた。化物と睨み合う彩は、間合いを詰めてくる化物に表情を引き攣らせ、守に言う。
「に、逃げるわよ!」
「逃げる? ちょ、ちょっと待て!」
守の言葉すら聞かず、彩は守の手を引き走りだす。未だ、状況の理解できていない守は、廊下を走りながら彩に状況を詳しく教わった。
後ろから追いかけて来る化物が、鬼獣と呼ばれる特殊な力を持った化物である事と、彩がそれを封印する力を持つ封術士であると言うことを。そして、今大ピンチだと言う事も耳にした。
「あれ、転入生のペットじゃなかったんだな」
「だから! その呼び方止めて! 私は――」
「今、ピンチなんだろ? 話は後にしよう」
「あんたね!」
そんな会話をしながら廊下を走り回る二人は、気付いていなかった。学校中の窓ガラスが割られているという状況に。そして、それに気付いたのは暫くたってからで、二人が鬼獣に追い込まれた時だった。
「なぁ、一ついいか?」
「何? 手短にお願い」
「なら、転入生、この窓ガラスどうするんだ?」
「はぁ? 今は窓ガラスより、ここから逃げる方法よ!」
完全に壁と鬼獣に挟まれ、逃げ場を失った為、彩は何とか逃げ場所が無いかと壁を手で触っていた。一方の守は迫り来る鬼獣を見据えながら、苦笑いを浮かべた。そして、次の瞬間鬼獣が守に向って駆け出した。それに驚き両腕で顔を覆う守だが、その時首から提げていた小さな剣のネックレスが輝き、鬼獣をなぎ払った。
吹き飛ばされた鬼獣は廊下を滑るように倒れこむと、ゆっくりと立ち上がり真っ直ぐに守を睨みつける。
驚いた様子の彩は、守の前に輝く小さな剣のネックレスに目をやり声を上げた。
「アーッ! これ、サポートアームズじゃない! やっぱり、あなたがガーディアンだったのね!」
「……。はい? 何を言っているんです? 転入生」
「何って、あなた、ガーディアンでしょ」
唖然とした表情を変えない守に、少々表情を引き攣らせる彩は不安そうに訊く。
「ガーディアンじゃないの?」
「そんなの知るわけ無いじゃないですか。転入生さん」
堂々とした口調でそう言う守の言葉に、言葉を失い愕然とする彩は意識が遠のきそうになった。そんな彩の体を支えた守は、呆れた様な表情で言う。
「転入生! 大丈夫か!」
「うう〜っ! もう、何なのよさっきから! 転入生、転入生って! 大体、ガーディアンでもないあんたが、何でサポートアームズなんか持ってんのよ!」
「なぜ、ここでキレる。第一、何だよそのサポートアームズって?」
「それよ! それ! 首からぶら下げてるそれ!」
未だに光り輝く小さな剣のネックレスを指差す彩は、怒りの篭った声でそう言う。その言葉に不満そうな表情を見せる守は不貞腐れたような態度で言う。
「俺がネックレスぶら下げちゃ悪いのか! 自分だってぶら下げてるくせに! 大体これは、この前出かけた時に変なおっさんから貰ったんだよ!」
「変なおっさん?」
「あぁ、黒いフードなんか被ったおっさんでよ。『これは、お前にピッタリのアームズだ』とか何とか言っちゃって」
「何で、簡単に貰っちゃうかな。大体、説明聞かなかったの?」
「何の説明だよ」
不満そうな表情でそう言う守は、目を細めて彩を見据える。その時、今まで黙っていた鬼獣が体から電気を放電させながら、守と彩に向って突進してくる。長い距離助走をつけて。体から放電する電気が、廊下に散らばるガラスをバチバチと砕きながら鬼獣は守達にぶち当たった。だが、鬼獣は辺りに電気を放出するだけで、体が弾き返される。何が起こったかも分からない守は目を丸くし彩を見て言う。
「あれ? そういえば、転入生は封術士とか言う奴なんだろ? 今の内に封印しろよ」
「だから、無理だって。杖が無いから」
「役に立たんな。転入生は」
「あんた、喧嘩売ってる? って、言うかあんたサポートアームズ持ってんだから戦いなさいよ!」
「悪い。俺、平和主義者だから」
当然の様にそう言う守は自信満々に胸を張る。そんな事を言っている状況じゃないと、分かっている彩は怒りを堪えながら言う。
「あのね。この状況みて、平和主義者とか言ってる場合? 言っておくけど、今緊急事態なのよ」
「そう言われても、こいつの使い方わかんないし」
「念じればいいのよ!」
「念じるね〜っ」
やる気の無い声でそう言った守は、心の中で念じる。すると、光を放っていた小さな剣が急に大きくなり、守の手に柄が握られていた。重々しいその剣を片手では持つ事が出来ずバランスを崩し前方に倒れる。倒れている守の姿を見つめる彩は思った。『終った』と。