第十九話 首無し死体
静けさ漂う夜の町。夜空に浮かぶ、月暈美しい満月が、町並みを薄らと照らす。
どの家もすでに明かりが消え、車など滅多に通らない。優しく吹き抜ける風は、微かに塵埃を舞い上がらせる。音も無く誰一人道を歩いていない。
そんな静けさ漂う町の裏路地では、闇に隠れ無数の影達が集まりつつあった。それは、一塊になり形を整えてゆく。街頭の無い裏路地に集まった影が、みるみる化け物の姿へと化して行く中、裏路地の先から乾いた地を叩く靴音が響く。その足音に姿を整えた化物が振り返り叫ぶ。
「クッ! 赤眼の死神め!」
視線の先には、街頭の光を背にした赤い瞳の少女が立っていた。三日月形の細い刃が彼女の頭上に横に真っ直ぐかざされている。その先には長い柄があり、その女性の両手に伸びている。暗くて表情は良く見えないが、長い黒髪が腰の位置まで伸びているのは分かった。
「あら……。私も少しは有名になったみたい」
靴音と共に聞こえてくる美しい声。大人びていて、清らかなその声に対し、刃と柄の間にある緑の水晶が輝くと、ガラガラした声が口悪く言い放つ。
『そりゃ、俺様は珍しーサポートアームズだからな。有名になるのは当たり前だぜ!』
「珍しいからって、有名になるとは、限らないぞ」
化物の背後に聳える塀の上から雄雄しい男声が聞こえる。すぐに振り返る化物。もちろん、こちらも暗くて表情は見えない。だが、右手に輝くブレスレットに化物の表情がこわばる。そして、震えた声で言う。
「お、お前は、死神の封術師!」
「残念。逆だよ」
塀の上でニコッと少年が笑う。それと同時に、化物の首筋にヒヤリと冷たいモノが触れ、闇の中で閃光が走る。真っ赤な血飛沫が壁に飛び散り、化物の頭が飛ぶ。上空に飛ぶ化物の顔は、みるみる人の顔へと戻る。それを見た少年は、ため息を吐き少女に言い放つ。
「今回もハズレだ」
「そう」
「そうって、それだけかい!」
「次、行くわよ」
少女は大鎌を消して、街灯のある方へと歩きだす。「ちょ、ちょっと!」と、叫ぶ少年は急ぎ塀から飛び降りる。そんな少年にブレスレットの水晶が光り、声がする。
『今回も、相変わらずってとこだな』
「うるせぇ」
少年はそう言い、少女の後を追った。
早朝の学校は、どのクラスもまだ人が少なく静かだった。もちろん、それは守のクラスも例外ではない。守と彩の他に、四・五名生徒がいる程度で、皆自分の席に座って静かにしている。守はいつも通り、机に伏せて寝息をたて、彩は勉強をしている。ノートにシャーペンの芯を走らせ、カツカツと音を鳴らせた。静かな教室には、その音が少し大きく聞こえる。
そんな静寂を破ったのは、廊下から響く足音だった。激しく慌ただしいその足音に、寝息をたてていた守も目を覚ます。目を細めて迷惑そうな表情を浮かべ、教室の入り口に目をやる。すると、戸が勢いよく開かれ大きな音を起てた。教室にいた誰もが驚き目をそちらに向けた。
そこには、息を荒げ額から汗を流す一人の男子生徒がいる。焦っていたのか、髪の毛が随分と乱れ、制服のボタンは全開で、中から着ているTシャツが丸見えだった。そんな落ち着きの無い男子生徒は、教室内をキョロキョロと見回し、守の顔を見ると足を進めた。
「おい! 大変だぞ!」
「そう。それは大変だ。それじゃあ、オヤスミ」
「ああ。オヤスミ――……って、何でそうなんだよ!」
机に伏せた守に大声で怒鳴る。耳を押さえながら顔を上げる守は、その男子生徒を迷惑そうな目で見据えた。そして、ため息を吐き聞く。
「あのさ。猛君。物凄く、迷惑なんですけど?」
「それより、これ見ろよ!」
猛と呼ばれた男子生徒は、机に持っていた新聞紙を広げる。呆れた様子の守は、「俺の話は無視ですか?」と、小さく呟いたが猛には聞こえていなかった。机いっぱいに広げられた新聞紙を眺める守は、ビッシリ詰められた細かな字に目を細めた。
「なぁ……。これは、何のマネだ?」
「ここ、ここ。ここ、見ろよ!」
「お前は、ニワトリか? コッコ、コッコと……」
「はぁ? 何言ってんだ? って、それより、ここだって!」
あまりにもしつこい猛に、守は渋々とめんどくさそうに新聞の記事に目をやる。そこには、『首無し死体 これで、5件目』と、デカデカと書かれていた。これは、最近ここら一帯を騒がしている事件だ。守もチョクチョクニュースで、それを耳にしていたが、特に興味は無いため聞き流していた。それを、まさか猛の口から聞かされるとは、夢にも思ってなかった守は複雑そうな表情を浮かべる。
「で? 何」
「な、何だって? オイオイ……。お前、マジで言ってんの?」
「……猛君。俺の事、馬鹿にしてる?」
目を細めて猛の顔を見据える守。その視線は鋭く猛の胸を貫く。「はうっ!」と、声を上げる猛は、二、三歩後退し、後ろの席にぶつかった。机の脚が床に引き摺られ、嫌な音を教室内に響かせる。その音に、教室にいた生徒の視線が守と猛の方に向けられた。
ため息を吐き、右手で頭を掻く守は不満そうに言う。
「で、何が言いたい」
「これは、きっと報道部の出した新聞に載っていた化物が絡んでいると、俺は思う。お前は、どう思う?」
「俺は……。眠いと思う」
目を細めたまま、欠伸交じりにそう言う守。呆気にとられる猛は、右手で額を押さえ軽く首を振りながら、「お前に話した俺が馬鹿だった」と、呟いた。そんな猛を見て含み笑いを浮かべる守は、新聞をたたみ机に突っ伏した。
ガックリと肩を落とした猛は、新聞紙を右手に持ちゆっくりと自分の席へと足を進める。そんな守と猛のやり取りは彩の方まで聞こえていた。勉強をしていた彩は、手を止め考え込む。何だか嫌な胸騒ぎがしたのだ。
「ウィンクロード。これって、鬼獣の仕業じゃないよね?」
小声でウィンクロードに問う。それに対し、胸の位置に下がる杖のアクセサリーの小さな水晶が、薄ら光を放ちウィンクロードの小さな声が聞こえる。
『鬼獣の仕業にしては、聊か不に落ちない点が幾つか……。それに、鬼獣がワザワザ、体だけを残すでしょうか?』
「……だよね」
シャーペンの頭を下唇に当て、そう呟く。不安そうな彩の顔にウィンクロードはボソリと呟く。
『不安なのでしたら、私が調べましょうか?』
「出来る?」
『出来る限りの事は調べたいと思います』
「そう。ありがとう」
『いえ。これが、サポートアームズである私の仕事ですから』
水晶の輝きが消えウィンクロードの声が聞こえなくなる。何か情報を集めに行ったのだろう。何も起きなければ良いと、彩は願った。
そして、その願いが届いたのか、何事も無く午前中の授業は終わった。変わった事などは一切無い。ウィンクロードからの連絡も無く、彩は一人屋上から町を見渡す。何も感じない。鬼獣の気配などは。やはり、今朝感じた胸騒ぎは――。と、その時屋上の扉が開かれた。軋む金具の音に、「誰!」と叫び彩は瞬時に振り返る。
そこに立っていたのは守だった。左手にビニール袋、右手に牛乳を持ち、口にはハムトーストを銜えている。そんな守の姿に、呆れた様にため息を吐く彩は軽く睨みをきかせながら問う。
「何か用?」
「モゴモゴ……」
口にハムトーストを銜えている為、喋ることの出来ない守は、目を細めて左手に持ってビニール袋を彩の方に投げた。放物線を描き彩の方へと飛ぶ。「えっ、えっ」と、驚きの声を上げ、彩はそのビニール袋を手に取った。
「な、何すんのよ! いきなり!」
怒鳴る彩に対し、ようやくハムトーストを食べ終えた守が牛乳を飲んでから答えた。
「お金ないんだろ? 一応、パン買っておいたから」
「あ、ありがとう」
「それより、首無し死体は鬼獣の仕業じゃないよな?」
ボサボサ頭を掻きながら守が問う。ビニール袋の中を覗き込む彩は、「あっ、牛乳もある」などと、声を上げて嬉しそうに微笑む。完全に守の言葉など聞いていない様子の彩に、半ば呆れる守は軽くため息を吐き彩の方に歩み寄った。
大分、遅くなりました。本当に申し訳ないです。
毎度毎度、更新ばかり遅れてしまい……。しかも、その度にこんな文面を……。本当、申し訳ないです。以後気をつけます。