第十七話 仲直り
妙な空気の流れる病室。床には眼鏡を掛けたおかっぱ頭の報道部が気を失っている。激しく顔面を強打した程度で、他には外傷はない。ただ、鼻血だけが流れている。
静まり返った病室のベッドに横たえる彩は、椅子に座る守の顔を見られずにいる。やはり、あの時の事をまだ引きずっていた。一方の守は真剣な面持ちで彩の顔を見つめている。その突き刺さる視線に、彩は更に目を背ける。
その沈黙を破ったのは、意外にもフロードスクウェアだった。
『オイオイ。話あんならとっととしろよ。俺はこういう沈黙って言うのが苦手なんだ』
「う、うるさいぞ! フロードスクウェア。物事には、タイミングって言うものがあるんだから」
『何がタイミングだ。ただ黙ってるだけで、タイミングもくそもあるか!』
フロードスクウェアのその言葉に、守は「うっ!」と変な声を上げる。ゴチャゴチャもめる守とフロードスクウェアの二人に対し、落ち着いた様子のウィンクロードが声を上げる。
『あなた方は、何しに来たんですか? 彩様は絶対安静なんです。騒ぐなら出て行っていただきたい』
『何だと! 心配して見舞いに来てやったのに!』
『誰が、来てほしいといいました? あなた方に来てもらわなくても結構です』
『くっそー! ふざけんな! 守、帰っぞ! 大体、俺は見舞いなんて――』
守がフロードスクウェアの言葉を遮った。
「喧嘩は止そう。俺達は喧嘩に来たわけじゃない。今日は話をしに来たんだから」
『そうだけどよ。俺はどうも奴とは馬が合わん!』
『私だってそうです。あなたの様な野蛮で嘘吐きなどとは、そりが合いません』
『誰が、嘘吐きだ!』
怒りの声を上げるフロードスクウェアに、更にウィンクロードが大声を張り上げる。両者の揉め合いに呆れた表情を見せる守と彩。さすがにため息しかでないと、言った様子の守は首から下げているフロードスクウェアをとり、ウィンクロードと共に机の引き出しへとしまった。
『お、おい! 守! な、何しやがる!』
『こ、ここから出してください! 守殿!』
「君達うるさいから、話が終わるまでそこに居て」
『うるせぇ! 出せ! この野郎!』
ワーワーと騒ぐフロードスクウェアとウィンクロードの声を無視して、守は彩の顔をじっと見据える。またしても沈黙が続く。開かれた窓からは風が流れ、白いカーテンが緩やかになびく。
全く守の方に顔を向けない彩に、目を細めながら守は聞く。
「あのですね。どうして、目を逸らすんですか?」
「……」
何も答えない。頬を膨らす守は、不満そうな声で聞く。
「まさか、あの日の事怒っているんですか? そもそも、あれは……」
「別に、怒ってる訳じゃない! ただ……」
なにやらモゴモゴと言う彩に、守は眉間にシワを寄せる。そんな守の顔を見ようともし無い彩は、右手の人差し指と左手の人差し指をイジイジとしていた。モジモジとしている彩を見据える守は、両手で頭を掻き毟り叫ぶ。
「あーっ! もう、何だよ! 言いたい事あるならはっきり言え!」
「何よ! 言いたい事なら、沢山あるわよ! でも、でも……」
その先が言葉にならない。口に出そうとするが、狼電を封じた時の守の顔が脳裏に浮かび、うまく言葉にする事が出来ない。ただ、謝りたいだけなのに。目には涙がにじみ、いつ零れ落ちてもおかしくない。そんな彩の頭に守は右手を乗せて優しく声を掛ける。
「俺は、別にあの日の事を怒ってなんか無い。ただ、納得がいかなかっただけ。後からフロードスクウェアに聞いたよ。あれが封術師の役目で、ああしないとあの鬼獣死んでたんだって。俺、何も知らなかったからさ」
申し訳無さそうな表情を見せる守は、彩の顔を見てニコッと微笑む。久しぶりに見た守の笑顔に、彩は自然と涙を流していた。それに驚いた守は、慌ててその場を離れる。
「な、なな何泣いてるんですか! ち、ちょっと、お、俺が泣かしたみたいじゃないですか!」
「ご、ごめん。安心したら、涙が……」
「う〜っ。お、女ってわからない……」
目を細め呆れた様に守はそうつぶやいた。
それから暫くし、彩もフロードスクウェアもウィンクロードも落ち着き、ようやく本題へと入る事になった。先に本題を切り出したのはもちろん、守の方だった。
「それで、今回の鬼獣って、そんなにやばいんですか?」
『やばいとか、そう言う次元の問題ではございません。火猿は、火を司る鬼獣の一人で、そのランクはおよそSクラスと呼ばれています。古代五大鬼獣の一人炎将の生まれ変わりとも言われております』
「フムムッ……。今の話の中に、色々と初めて耳にする言葉ばかりが並んでますな」
『“古代五大鬼獣”と“炎将”だな。俺も、聞いた事無いけどな。また、でたらめだろ?』
ウィンクロードの事を馬鹿にした口調で、フロードスクウェアはそう言った。だが、いつもの様にウィンクロードが反論してこない。それどころか、沈んだ声で不安そうに答えた。
『私も、これがデタラメであってほしいと願ってます』
さすがにこのウィンクロードの口調には、フロードスクウェアもやばい雰囲気を悟った。暗い雰囲気になりかけたその時、守が静かに口を開く。
「それにしても、よく助かったよな。そんな化物と戦って」
軽く微笑んでみせる。その守の言葉に、彩は首を傾げ顎に右手を添える。
「それがさ。私よく覚えてないのよね。あの時何がどうなって助かったのか」
「何じゃそりゃ。それじゃあ、気付いた時にはここに居たって言うのか?」
「うん。ウィンクロードもあの時の事を詳しく覚えてないらしいのよ」
「ふ〜ん。不思議な事もあるもんですな」
腕組みをし落ち着いた口調でそう言う守は、考え込む様にうつむく。そんな守に彩が緊張した面持ちで問う。
「それで、あのデパート事件は、どうなったの?」
『あれなら、ただのガス爆発って事になったらしいぞ。まぁ、それが妥当の判断だけどな』
「そっか。ガス爆発って事になったの。よかった」
ホッと息を吐く彩。そんな彩に不意に守が問う。
「そう言えば、水島って、どこに住んでるんだ? 先生が言ってたけど、お前寮で暮らしてる訳じゃないんだって?」
「エッ! あ、そ、その……」
「ンッ? どうしたんです?」
口篭る彩に腕を組んだまま、守は視線を送る。暫し沈黙が続き、守が微かに首を傾げた。それと同時に、ウィンクロードが口を開く。
『実は、彩様は――』
ウィンクロードの言葉に、守は驚いた。実は、彩は一人ホテルを点々として暮らしていたらしい。青桜学園に来てずっと。彩が青桜学園に来て、一ヶ月程たつが、その間ホテルを取るお金がよくあったものだ。複雑そうな表情を見せる守は、少々呆れた様にため息を吐き言葉を継げる。
「水島。何で寮借りなかったんですか? 普通借りるでしょ?」
「借りられたのなら、最初から借りてたわよ!」
怒りをぶつけるかの様に怒鳴る彩に、苦笑いを浮かべる守。そして、ため息を吐いたのはロードスクウェアだった。何だか呆れたと言う感じで、深い深いため息。それは、一瞬にして病室内を静まり返らせる。静まり返った病室に響くのは、廊下から響く足音と話し声。
その沈黙にため息を漏らし、右手で額を押さえる守は、目を細めて彩の顔を見る。そして、恐る恐る問う。
「入院代はあるんですか?」
「うん。ギリギリ」
「ギリギリって事は、もうホテルに泊まるお金は無くなるんじゃないか?」
守の言葉に彩は黙り込み、表情は一段と暗くなる。その表情を見ただけでわかる。もう行くあてが無いのだと。頭を抱える守は悩んだ。彩が困っているが、自分に何が出来るだろうかと。
遅くなってすいません。
次からもっと早く更新できるよう頑張ります。