第十六話 彩の友達
真っ白な蛍光灯。
目を開くとそれが、眩しく映る。
彩はベッドの上に寝かされていた。真っ白なカバーの掛かった布団をかぶせられて。フカフカのベットの感触に、目を覚ましたばかりにも関わらず、自然と瞼が落ちてくる。一体、いつ以来だろう。こんなに心地よい気持ちになったのは――。
朦朧としていく意識の中、耳に聞える足音。廊下の方から、複数聞える。明らかにこの部屋の前で、足音が止み磨ガラス越しに何人かの黒い影が映る。そして、勢いよく戸が開かれ流れ込む様に多数の人々が入ってくる。
それには一瞬にして目が冴え、驚きの声を上げる。
「えっ、ななな何?」
上半身を起こした彩は、入って来た人達を見て、安心したように息を吐く。入ってきたのは、同じクラスの女子生徒達。皆、彩の友達だ。いや、みんなではない。彩の友達に紛れ、報道部がチラホラ見えた。何等かの情報が、報道部の耳に届いたのだろう。
呆れる彩に、初めに声を掛けたのは、手前に居たオレンジブラウンに染めた髪を二つわけのお下げにした少女だった。お下げは肩に掛かり胸の位置まで髪は伸ばしてある。右目の目尻の辺りには、小さな黒子があり、それが可愛らしい。背丈は彩よりも低く、体型もホッソリとしている。所謂、幼児体型と言う奴だ。
「だ、だだ大丈夫? もう、心配したよ! 朝のホームルームで、彩ちゃんが怪我したって聞いて! もう、もう、心配で、授業何て、全く耳に入らなかったんだよ」
普通の人よりも少し高めの少女の声に、背後から鋭い口調の声が割り込む。
「唯香は、いつだって授業は耳に入って無いだろ? 彩のせいにするなよ」
「でも〜っ。本当の事だよ。智夏ちゃん」
「嘘付け」
鋭い口調の智夏は、左手で唯香の頭にチョップを入れる。「はう〜っ」と、頭を押さえる唯香が屈むと、綺麗な小麦色の肌をした智夏の姿が見える。別に日焼けをしたわけじゃない。生まれつきそんな肌の色をしている。でも、そんな小麦色の肌は美しく、奈菜と同じ位の人気を集めている。だが、人気を集めている理由は肌が美しいからだけではない。キリッとした目にふっくらとした唇、それで居てサラリと滑らかで艶のある黒髪が、智夏の魅力を引き立てている。それに、背丈も高く胸も普通の人よりふっくらしている。それも、魅力の一つだ。
「で、どう。調子は? まだ、傷が痛む?」
唯香の時とは打って変わり、優しい口調の智夏。それに対し、首を横に振る彩は笑みを見せ答える。
「ううん。もう大丈夫。傷も全然痛まないよ」
「そう。良かった」
「ぶ〜っ。あたしと扱い違うんですけど〜」
不満そうな表情でベッドの淵に顎を乗せる唯香は、上目遣いで彩を睨む。そんな唯香に苦笑いを浮かべ困り果てる彩に変わり、智夏が左手でチョップを浴びせる。鈍い音が響き、唯香は頭を押さえてベッドの淵から消えていった。
他にも、真面目で優しい美人委員長、真弓。マイペースでのんびりやの望美。いつも明るくスポーツ万能、梨奈。冷静で少し冷たい、零の四人が居た。
真弓は、髪を肩口まで伸ばし、それを後ろで束ねている。その髪は下手にいじったりしていないため、とても綺麗な漆黒色をしており、風に吹かれると滑らかに揺れる。ただ、少し真面目すぎるため、男子からは全く声を掛けられないが、真弓はそんな事全く気にしていない。
望美は、腰まで届く長い紺色の髪をしている。生まれつき、そんな髪の色をしているらしく、黒髪と殆ど色が変わらない為、本人も全く気にしていない。パッチリした二重で、笑うと出来る笑窪が愛らしい。ノホホンとした見た目に対し、実は運動神経抜群と、凄いギャップを持っている。
梨奈は、黒髪をショートカットにし、いつも胸に晒しを巻いている。足が長く、背丈も高い。少し男勝りな所があり、男女共からすかれている。勉強の方は苦手で、テストも学年で下位の方。それでも、体力測定ではトップの成績を残している。
零は、髪を茶髪にして肩の後ろ位まで伸ばしている。切れ長の目をしており、そのせいで冷たい印象を感じさせる。実際は、そんなに冷たくは無いが、冷静に物事を言うため、人には冷たく見られがちだ。顔付きは可愛らしいので、男子からの評判はいい。
「それで、何であのデパートにいたの?」
少し冷やかな口調で、零が聞く。この質問に対する答えを、彩は既に考えていた。
「買出しだよ。色々と必要でしょ?」
「そうだよ。零ちゃんは、買出し以外にデパート行く?」
唯香が当然の様な口振りで、彩の答えに賛同する。だが、冷やか克冷静な零の眼差しが、彩の胸に突き刺さる。そんな零の視線に気付いた望美は、のんびりとした口調で問う。
「どうしたの? 何か、恐い顔してるけど?」
「別に……。本当に、買出しなのかな? って……」
「買出しじゃなかったら、何しにデパート行くんだよ。なぁ」
ハキハキとした明るい声で梨奈は笑う。その笑い声で、その場も一気に明るくなり、笑い声が次々と起きる。それに釣られる様に、彩も笑う。だが、零は笑っていない。まだ何か怪しんでいるのだろう。
「でも、良かった。怪我も大した事無くて」
ニコッと笑みを見せる真弓が、軽く彩の肩を叩いた。すると、体に激痛が走り彩は身を縮めた。
「イッ……」
「ご、ごめん! だ、だだだ大丈夫?」
真弓が焦りながらも両手を合わせて必死に謝る。
「真弓ちゃんは馬鹿力だから――はうっ!」
そう言いかけた唯香のデコに、真弓の平手打ちが決まった。
「誰が、馬鹿力よ!」
「う〜っ……。ほら、馬鹿力じゃ――はぐぅ!」
もう一発平手打ちをデコに受けた。額を押さえたまま蹲る唯香の前に、立ちはだかる真弓は、右拳を震わせながらもう一度問う。
「誰が、馬鹿力なの?」
「まぁまぁ、落ち着けって真弓」
「暴力は、よくないん違う?」
智夏と望美が、真弓を宥める。二人に宥められ、冷静になる真弓は、「ごめん」と、唯香に小さな声で謝った。それに対し、唯香は当然と胸を張っていたが、智夏に頭を無理やり下げさせられた。
「な、なにするのよ! 智夏ちゃん!」
「お前も悪いんだよ。ちゃんと謝れ」
「え〜っ! だって……」
「だってじゃない! ほら、ちゃんと謝るの!」
「う〜っ。ごめんなさい……」
渋々と言った感じで、唯香は謝る。
暫く、そんな風な楽しい会話が続く。ただ、零だけは楽しそうじゃない。鋭い眼差しでずっと彩を睨んでいた。
「それじゃあ、あたし等そろそろかえるわ」
「そうだね。もう、こんな時間だし……」
ハキハキとした梨奈に続き、のんびりした望美が笑顔でそう言う。
「今日は、ありがとう。お見舞い着てくれて」
「お礼なんていいよ。うち等友達なんやから」
「そうそう。望美の言う通りだ。私達友達なんだし、見舞いに来るのは当たり前だって」
智夏にそう言われ、彩の心は少し傷んだ。こんなに大切にしてくれる友達が居るのに、自分は隠し事をしているのだから。
苦しかった。だが、これを知られれば、きっと彼女達にも被害が及ぶ。そう彩は考えた。だから、何もいえなかった。
「じゃあ、今度は学校であいましょう」
「うん……。学校でね」
病室を出て行く真弓に手を振る。一瞬で静かになった。誰も居なくなったから。残ったのは、静けさと胸の苦しみ。それと――……報道部一名。
ボーッとする彩は完全に忘れていた。この報道部の事を。
「あ、あの〜……」
扉の近くに居た報道部。眼鏡を掛けていて背丈の低い。オカッパ頭の男子生徒。
彼が、一歩踏み込むとその瞬間、勢いよく戸が開かれた。ガン、と鈍い音が室内に響き、「あっ!」と、言う彩の声が聞える。
「だ、大丈夫か! みずし……。うおっ! き、君、だ、だだだだ大丈夫か! 一体誰に!」
扉を開いたのは守だった。そして、扉に顔面を殴打した報道部は鼻血を出して気を失っていた。その様子を呆れた様子で見ていた彩は、「あんただよ」と、言って苦笑いを浮かべた。