第十四話 一時の静けさ 全ての始まり
沈みかけた夕日を見ながら校門を出た彩。目の前に広がる住宅街が全てオレンジ色に見える。これも、夕日のせいだろう。暫し校門の前で立ち尽くす彩は、ため息を漏らし俯く。その彩の横を何人もの生徒が追い越してゆく。殆どが部活生。内半分は文化系の部活動に所属している者達だ。文化系の部活の殆どが、この時間帯に部活動を終える。唯一、終らないのは報道部だけ。多分、運動系の部活動よりも遅くまで残っている。それだけ、今はネタに困っているらしい。あの化物騒ぎから、ありとあらゆる学校で起きる事件を調べまわっているとか。すでに、報道部ではなくなっている気も……。
そんな報道部の事など、どうでもいい彩は、肩を落としゆっくり歩き出す。やはりあの事を悔やんでいるのだろう。ここの所、この調子で元気が無い。その事がウィンクロードは心配だった。だが、なんと声を掛ければいいのか分からず、ただ見守るだけだ。
肩を落とし元気の無い彩に、背後から明るい声が呼びかける。それは、美しく心に響く様な清らかな声だった。そんな清らかな声の主は、奈菜だ。
「さ〜やちゃん。今から帰り?」
彩の隣まで、小走りで駆け寄った奈菜は、可愛らしい笑みを浮かべ彩を見る。少し暗い気持ちだった彩だが、無理に笑みを作り奈菜に「うん」と、小さな声で答えた。すぐに元気が無い事が分かるが、奈菜は微笑んだまま「じゃあ、一緒に帰ろう」と、明るく言う。正直、一人にして欲しかった。だが、折角の誘いを断る事も出来る訳が無く、彩は一緒に帰る事にした。
暫く沈黙が続く。横に並び歩く彩と奈菜。並ぶと彩の背丈の低さが際立った。元々小柄な体格だと言う事もあるが、少し俯き気味の為より小さく見える。微笑む奈菜は、楽しそうに軽い鼻歌を歌う。俯く彩は頭の中でひたすら考え事をする。完全に奈菜と一緒だという事など忘れて。
信号が赤に変わり、二人の足がようやく止まった。車が行き交い微かに風が吹き、奈菜の腰まで届く黒髪が、フワッと舞う。毛先まで綺麗に真っ直ぐ整った黒髪は、風が止むと何事も無かった様に綺麗に整った。
「何か、考え事?」
不意の言葉。それは、考え事をしていた彩を、現実へと引き戻した。すぐに答える事の出来ない彩。多少、困惑していた。今まで沈黙を守り続けていた奈菜が、急に声を掛けてきたから。その為か、先ほどから言葉になっていない声ばかりが出ている。
「あう、あえ、その……」
「ごめんなさい。急に声かけて。まさか、そんなに驚くと思わなくて……」
あまりの彩の慌て様に、奈菜は不意に声を掛けた事を謝る。彩も何か言わなきゃと、焦りながら言う。
「鬼に、気に? 木にならないで!」
その場がしらける。流石にこれには彩も我に返り、あまりの恥かしさに赤面する。耳まで真っ赤にした彩の姿に、口を押さえクスクスと笑う奈菜。笑われ更に顔を真っ赤にする彩は俯き顔を隠そうと必死に努力する。
「フフフ……。大丈夫だよ。もう少し落ち着いて」
「あう〜っ。ご、ごめん……」
「でも、久し振りだね。こうやって話すのって。あの落雷事件以来かな?」
あの時の事を思い出す奈菜は、何故か楽しそうだった。確かにアレ以来、彩は奈菜と話した事は無かった。別々のクラスと言う事もあり、廊下ですれ違う事はあっても、わざわざ足を止めて話す事などあるわけが無い。それに、元々奈菜とそんなに親しい間柄でもないと、彩は思っている。でも、奈菜は違う。
「何だか、少し元気ないね」
「そ、そう? あっ…青に変わった……。行こっ」
信号が青に変わり、彩は微かに作り笑いを浮かべ歩き出す。それに、少し遅れて奈菜が歩き出し横に並ぶ。渡り終えると、奈菜が足を止め、数歩前で彩も足を止める。どうしたのだろうと、振り返る彩に笑みを浮かべる奈菜は、
「ごめん。私、ちょっと寄りたい所があるんだけど、付き合ってもらってもいい?」
「寄りたい所? 私は別に構わないよ」
「それじゃあ、行こう」
楽しそうに笑みを浮かべ、彩の腕を引く奈菜に、着いて行く彩はふと胸元で揺れるウィンクロードの水晶が点滅しているのに気付く。それは、まるで何かの合図の様だった。立ち止まる彩。すると、奈菜の手が彩の腕から離れる。足を止める奈菜は、ゆっくり振り返り彩に呼びかける。
「彩ちゃん?」
俯く彩は、何も言わない。そんな彩にもう一度呼びかける。
「彩ちゃん。どうかした?」
「ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと用事が出来たの。だから……。その……」
申し訳ないと思う彩は、言葉に詰まる。そんな彩に、笑みを浮かべる奈菜は、優しく声を掛ける。
「用事なら、しょうがないよ。また、今度付き合ってね」
その笑みにキュンとする彩は、頭を深々と下げ奈菜に背を向け走りだした。そして、首から下げたウィンクロードを手に取る。杖の頭についた水晶が軽く光るが、それは、彩にしか見えない。そして、ウィンクロードの声も、彩にしか聞えない程小さい。
『急いでくだされ! 狼電と違い、奴は凶暴です!』
「分かってる! けど、私一人じゃ……」
『何を言っているのですか! 彩様には私がついております!』
「そうだけど……。ウィンクロードは、戦闘には不向きだから……」
微かに笑みを浮かべそう言う彩に、『ですが!』と、大きな声を上げたウィンクロードだったが、その後の言葉が出てこなかった。「ごめんね。ウィンクロード」と、彩は呟きその後、二人は言葉を口にしない。それぞれが、自分の不甲斐なさを知っているから。
街中を駆ける。行き交う人々の間を抜けながら。肩口まで伸ばした黒髪が激しく乱れ、制服も若干だが乱れ始めていた。だが、そんな事を気にしている猶予は無い。既に時は迫っていたのだ。町中に人々の悲鳴がこだまするその時が――。
そうとも知らず、走り続ける彩は、赤に変わった信号で足止めをくらっていた。変わったばかりで、まだ当分青になる気配の無い信号の前。苛立ちを隠せずにいる。そんな彩を信号待ちする人達は変な目で見る。それだけ、苛立っているのがヒシヒシと伝わってくるのだろう。
そんな時だった。向かいのビルの横に少しだけ姿を見せる巨大デパートの五階が、爆音と共に窓ガラスを突き破り、真っ赤な火柱が横に一瞬突き出た。誰もが皆驚き、悲鳴を上げる。その時の衝撃で、そのデパートの隣のビルの屋上にそびえる看板は、中心が陥没し鉄板がめくれ上がっている。しかし、被害はこれだけではなかった。付近を歩く人々は、頭の上にガラスや砕けたコンクリートが降り注ぎ、さらにはその場を走る自動車のフロントガラスに砕石が直撃し、他の車を巻き込んでの玉突き事故までに発展する。
砕けた窓から上がる火の手は、黒煙を舞い上げ更に勢いを強めていく。流石に驚いた様子の彩は、信号が青に変わったのを確認して大急ぎで走り出す。もちろん、警察や取材陣が集まる前にデパートに着かなければアウト。もう、デパートに入る所の騒ぎじゃなくなってしまう。
「ど、どうしよう! このままじゃまずいよ! ウィンクロード!」
『落ち着いてください。彩様。火猿は、まだ本格的に活動を開始した訳では無い様です』
「それじゃあ、これから、更に被害が広がるって事?」
『そう考えるのが、妥当かと……』
「そんな……。何でよりによって火猿なのよ……」
眉間にシワを寄せ、少々目を細める彩はぼやきつつも目的の場所へと急ぐ。呆然と立ち尽くす人々の合間を抜ける彩。この後起こる壮絶な戦いの幕開けだとも知らず。
こんばんは。崎浜秀です。
ずいぶん、長い間更新していませんでしたが、ようやく更新できました。読者の皆様すいません。
物語はまだ始まりに過ぎませんが、読者の皆様に楽しんでいただける様な話の展開にしていきたいと思っております。