第十二話 鬼獣封印 残された罪悪感
暗闇に浮ぶ青白い光を放つ鬼獣。走る稲妻は時折弾け、地面を叩く。
そんな鬼獣と向い合う守。重量のあるフロードスクウェアを持つ守の肩は、ズキズキと痛みを伴う。それは、先程弾き飛ばされた時の衝撃のせいでもある。
表情を引き攣らせる守は、歯を食い縛り真っ直ぐに鬼獣を見据える。そして、目を閉じ、静かに呼吸を整える。心を沈め、辺りの音に耳を傾けた。稲妻の走る音。風が流れる音。木々が揺れ擦れ合う音。全ての音が頭の中を駆け巡り、一瞬にして静まり返る。心が静まったのを感じ、ゆっくりと目を開く。
少し守の目付きが変わった様に、フロードスクウェアは見えた。その為、言葉をかける事が出来ず、ジッと守の事を見据える。あんなにやる気の感じられなかった奴が、こうも雰囲気が変わるかと、少々疑問に思うフロードスクウェアだが、直後守が地を蹴ったのに気付く。
『お、オイ! 守! 何突っ込んでんだ!』
「ジッとしてて、また、あの落雷みたいの喰らうのは嫌だろ?」
『そうだけど、突っ込んでも同じだろ!』
「まぁまぁ。どうせ、時間稼ぎなんだ。それに、俺等が突っ込んでれば、水島は襲われないですむでしょ?」
先程の真剣な面持ちが、一瞬で無邪気な笑顔に変わる。唐突な変わり様に、聊か呆気に取られるフロードスクウェアだが、すぐに笑う。突如笑い出すフロードスクウェアを振りかぶる守は、大きな声で叫んだ。
「何、笑ってんだよ!」
『グギャ!』
鬼獣に向って振り下ろされたはずのフロードスクウェアは、空を切り地面に剣先を打ちつけた。鈍く短い金属音が響き、地面が砕ける。剣先が少々地面に突き刺さっていた。「イッ」と、小さな声を上げた守は、鬼獣の姿を探す。
『守! 早く地面から抜けよ!』
「はふ〜っ。無茶言うなよ。フロードスクウェア。お前、少しダイエットが必要だ」
少々不満を漏らす守は、のん気な口振りだが、フロードスクウェアには見えていた。青白く光を放つ鬼獣が、守の真上に居ることを。その為、『早くしろ!』と、守を急かすが、既に肩の痛みも限界の守は、力が入らず地面に刺さったフロードスクウェアを抜くことが出来ない。
焦るフロードスクウェアに、「ごめん。やっぱ無理っぽい」と、笑みを浮かべ呟く守にフロードスクウェアは大声で叫ぶ。
『真上だ! 真上に、鬼獣が居るぞ!』
「へッ……。マジ?」
笑みを引き攣らせながら守は、素早く上空を見る。真っ黒な空に浮ぶ青白く輝きを放つ鬼獣。だが、少し様子がおかしい。まるで、守の事を相手にしていない様で、視線はこちらを向いていない。その事に気付いた守は、その視線の先を冷静に分析する。そして、導き出した。奴の狙いを。
視線を落す守は、両手で力一杯フロードスクウェアの柄を引く。地面が軋み亀裂が生じる。首筋から太い血管が浮ぶ。守が無理をしていると気付くフロードスクウェアは言い放つ。
『おい! 無理すんな! お前は、俺を置いて逃げればそれで済むだろ! 早くここから逃げろ!』
「違うんだよ! 元々、あいつは俺等の事なんて、相手にしちゃいない! 最初のは単なる威嚇射撃みたいなもんだ! 狙いははなっから――!」
そこまで訊いたフロードスクウェアも狙いに気付く。その刹那、守の頭上で青白く輝いていた鬼獣が漆黒の空を翔る。綺麗に蒼い閃光が空に真っ直ぐ線を引き、彩に向って突っ込んでいく。全身の力を振り絞る守は、その瞬間、ふと閃く。それは――。
「後は任せる! フロードスクウェア!」
『ウアアアアアアッ! 覚えてろよ! マーモールー!』
具現化を解き小さなアクセサリーに戻ったフロードスクウェアを、守は力一杯投げた。それは、真っ直ぐ彩に目掛け飛んで行く。蒼い閃光が彩に向って落下してきたその刹那、小さくキラリと刃が光りを放った。
それからは、全部一瞬の出来事だ。勢いよく落下する蒼い閃光が、小さなアクセサリーとぶつかり合う。その途端、辺りを照らすかの様な眩い光を放つ。それはまるで、朝日が顔を出したかの様だった。そして、その光りの中で響く。爆音に近いほど大きな雷鳴が。
その雷鳴は、学校から、町中に広がり、寝静まった学校の近隣の家々の明かりが次々と点灯していく。だが、その時には既に、眩い光も轟く雷鳴も消えており、辺りはいつもと何も変わらない。その為、皆夢だと思いもう一度眠りに就くのだった。
右腕でその光を遮ぎった守は、辺りに吹き荒れた爆風に髪をボサボサにされ、土埃にむせた。吹き飛ばされそうにもなったが、それは何とか堪えたのだ。
そんな時、地を滑る様に鬼獣の体が吹き飛ばされ、夜空に煌きながらフロードスクウェアは茂みの中へと消えていく。その間、フロードスクウェアは『し〜び〜れ〜た〜』と、震えた声で叫んでいたが、それは誰の耳にも届かなかった。
呆然と立ち尽くす守は、横たわった鬼獣を見据え少し可哀想に思う。それは、体中傷だらけだったからだ。まるで、何かに襲われた様な、そんな風に見える。今にも息絶えそうで弱々しい鬼獣に、守は歩み寄る。そんな守の方に顔を向ける鬼獣は、威嚇するように歯をむき出しにする。
「守! 下がって! 封印するから!」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか?」
『何を仰るのですか! また、暴れてしまいます!』
厳しい口調でウィンクロードがそう言うが、守はそれを無視し鬼獣の前に屈みこむ。そして、そっと鬼獣の体に触れる。多少だが電気がパチパチと、弾けるが、先程の様に強い稲妻ではない。
今にも息絶えそうで、弱々しく上下する腹。それから、触って初めて気付く。この鬼獣の皮膚は焼け爛れている事に。それ程まで、体を取り巻く稲妻の威力が凄かったのだろう。苦しそうな鳴き声をあげる鬼獣に、暫し悲しげな瞳を見せる守は、目を閉じ静かに口を開く。
「そっか。苦しかったんだな。だから、俺等に何とかして欲しかったんだろ?」
「クウウウウッ……」
「気付いてやれなくてごめんな」
そう呟く守は、俯き目に涙を浮かべる。そんな守を見据える彩は、「守……」と、小さく呟き具現化されたウィンクロードに目を落す。すると、杖の頭にある水晶が軽く輝きウィンクロードの声が聞える。
『彩様。私達は封術士。やる事は、一つです』
「でも……」
『それが、私達の仕事です』
「……」
静かに俯き、ポケットから、携帯ほどの大きさのカードフォルダーを取り出した。フォルダーを開けると、カードの束が入っており、茶色の背表紙に白色の線で星型が描かれ、その中心に『封』と漢字が書かれている。それを、一枚取り出した彩は、右手の人差し指と中指の間に挟んでカードを持つと、ジッと目を閉じ集中力を高める。
心を無心にする彩は、暫くして目をゆっくり開きジッと鬼獣を見据える。その鬼獣に寄り添う守の表情に、暫し唇を噛み締め心を鬼にして呪文を唱える。
「我は、封術士! 名は水島 彩。我が名の下に物の怪を封ずる事を許可す!」
その言葉に守はハッとする。そして、叫ぶ。
「水島! お前!」
「封印!」
ほぼ、同時だった。守が叫ぶのと、彩が叫ぶのは。そして、直後、守が触れていた狼電の体が粒子となり、彩の右手に持つカードへと吸収されていく。その粒子は、青白く煌きながらカードの中へと消えていった。無論、狼電の姿はもうそこにはない。
地に両手を着き俯く守。指で地面を力強く抉る守は、歯を食い縛り目を伏せる。彩の持つ右手のカードには、狼電の姿が描かれていた。それを見つめる彩は、「これで、よかったのよね?」と、呟く。それに、ウィンクロードは『はい』と、小さな声で呟いた。
静かに立ち上がる守は、俯いたままフラフラな足取りで彩の方に向って歩いてくる。そんな守の顔を、彩は見ることが出来なかった。何故か、罪悪感があったのだ。これが、封術士の仕事なのに、何故か――。胸が苦しくとても辛かった。そんな事を思っていると、守が彩の横を通り過ぎる。その時、チラリと見えた横顔。それは、少し恐かった。今まで見た事の無いくらい。
茂みの中へと歩みを進めた守は、闇の中で光るフロードスクウェアを拾い、首にかける。まだ、痺れているのかフロードスクウェアは言葉を話さず黙ったまま。
フロードスクウェアを首にかけた守は、静かに茂みを出る。その際、草の葉が擦れ合いザワザワと音を立て、その音だけが静まり返ったその場に響いた。
こんばんは。崎浜秀です。また、こんな始まり方の後書きですが、読者の皆様に謝りたい事が……。
それは、今まで更新できなかった事です。本当、すいませんでした。それでですが、スランプからボチボチ立ち直っているのですが、更新の方はこの先も遅れると思います。
実は、今度とある小説大賞に小説を送りたいと思っておりまして、そっちの方を優先的に進めたいと思っております。
僕の様な未熟者が送っても落ちるのは目に見えてますが、一応小説家になるのが夢なんで今の内一度は挑戦しておこうと思った次第です。
本当、読者の皆様には申し訳ないとしか、言いようが無いです。また、いつ更新するかは不確かなため、次回予告はしません。ただ、一ヶ月二度くらい更新出来る様努力します。