第一話 雨の中の少女
激しく降り頻る雨。
舗装された道路に無数の雫が落ち、音を立て弾けた。一つ一つでは小さな音も、一斉に音を立てればそれなりの音になる。
何層にも重なった灰色の雲は、所々がどんよりと漆黒色に染まりつつあり、まだ雨脚は強まりそうだった。辺りはまだ夕暮れだと言うのに、この雲のせいで夜の様に暗く静まり返っている。時折、自動車が車道を走り抜け、水溜りを踏みつけ泥水を激しく撒き散らす。
雨は次第に強まり、灰色だった雲もいつしかどんよりとした暗雲へと変わり、時折雲の中で青白い稲光がして、雷鳴を轟かす。
その雷鳴響く中、学校の屋上に一人の少女が居た。雨に濡れ、着ている服が体に張り付き、少しばかりふっくらとした胸とホッソリとした括れが引き締まって見える。肩口まで伸ばした黒髪は、水を吸い更に美しく艶立ち毛先から点々と雫が滴れる。大きな二重の目を閉じ、ふっくらとした唇を小さく動かす。細い腕には自分の身長ほどの杖を持っていた。その杖の頭には球体の水晶のようなものがあり、それが青白い光を放つ。
すると、暗雲から雷鳴が鳴り響き、少女の手にする杖に、青白い稲妻が落ちる。辺りが一瞬光に包まれ、すぐに元の暗さに戻る。少女はいつ移動したのか、杖から離れた場所に立ち尽くしていた。杖の頭の水晶は未だ青白い光をおび、微かに辺りから煙をあげている。だが、暫くすると、その水晶の光は収まり杖が床に倒れ、カランカランと、小さな音をたてる。
「逃げられた……」
独り言の様にボソッと呟いた少女はゆっくりと足を進め、寝転がる杖を右手に取る。まだ、少しだけ熱を感じるが、少女はそんな事など気にせず、杖に息を吹きかけた。すると、杖は手の平サイズの大きさにまで小さくなり、少女はそれをネックレスの様に首に掛けた。
――翌朝。
昨日の雨が嘘の様に晴れ、青々とした清々しい空が顔を出している。眩しいくらいに強い日差しに、照らされながら一人の少年が朝早く学校に登校した。まだ、校門も開いていない時間に。
身長160後半の少年は、誰も居ない事を確認すると、軽く塀に飛び乗り校内へと楽に侵入する。そして、すぐさまトイレに駆け込むと、ねぐせでボサボサになった髪を鏡を見ながらチョイチョイ整えてゆく。まだ眠いのか、その間も何度も欠伸を繰り返し、眠そうな表情を何度か見せる。
ある程度ねぐせを整えると、制服であるYシャツに着替え、何事も無かったかの様にトイレを後にする。まるで覇気の感じられぬこの少年は、足音も立てず静かに階段を上がり三階にある自分の教室に足を進める。
静まり返った廊下は、少し不気味だが少年は気にせず足を進める。そして、三階の一番端にある教室の前で足を止め、
「行き過ぎた」
と、小さく呟き回れ右をして、隣の教室へと入っていった。教室に入るやいなや、窓際の一番前の席に少女が座っている。不思議そうな表情をする少年は、足を止めボーッとした表情で彼女の事を見つめていた。ボケーッとする少年に気付く少女は、何か言おうとしたがその前にくしゃみをした。
「――くしゅん!」
可愛らしいそのくしゃみを聞いた少年は、「ほ〜っ」と、目を細めたまま呟くと、腕を組みながら自慢げに言う。
「風邪――ですな? 転入生」
「う〜っ! そんな呼び方するな! 私は水島彩! これで、自己紹介するの十回目位だよ! ちゃんと覚えてくれなきゃ困るよ! 火野守」
「なぜ、フルネームで呼ぶ……。転入生」
「あーぁ! もう、いい加減に、転入生って呼ぶのやめー!」
少々息を荒げそう叫ぶ彩の声が、廊下中に響き渡る。反響する彩の声に耳を傾ける守は、反響が聞こえなくなってから、首を傾げ不満そうに口を開いた。
「なぜ、転入生と呼ばれたくない?」
「嫌なものは、嫌なの」
「何故、嫌なんだ?」
「さっきも言ったでしょ?」
少し苛立ちながらも、彩は無理やり笑顔を作り守を見据える。少々困った表情を見せる守は、欠伸をした後考えるのがめんどくさくなったのか、そそくさと自分の席へと向って歩き出した。のんびりとした動きで着席する守の姿を見て、呆れた様にため息を吐く彩は半笑いしながら言う。
「守は、こんな朝早くから学校来て、何するの?」
「へっ? やる事なんて、一つしかないじゃん」
信じられないといった顔で彩の方を見る守の表情に、彩は少し驚き息を呑みその答えを待つ。暫し沈黙が続き、守が眠そうに欠伸をして机にうつ伏せになった。その行動に眉をピクピクと動かした彩は、学校中に響くような声で怒鳴った。
「あんたのやる事って、寝る事かい!」
その怒鳴り声に、守は呆れた様に言う。
「まだ、この時間学校に入っちゃいけないんだぞ。先生にバレたら指導食らうぞ。静かにしろ」
「うっ……。こう言う時はまともな意見を……」
「そんじゃあ、お休み〜」
守はそう呟くとそのまま眠りに就いた。そんな守を見つめる彩は、表情を引き攣らせながら、首からぶら下げる小さな杖に向って話しかける。
「嘘よ! 絶対嘘! あんな奴がガーディアンだ何て信じないわ!」
『何を仰るんですか! あの方こそ、正真正銘、火のガーディアンです!』
「あんなに弱そうで貧弱そうな奴が、ガーディアンな訳無いでしょ!」
『そう言われましても……』
「良いから、他のガーディアンを探して!」
『ハァ……。わかりました』
杖から少し困ったような声が聞こえた。だが、それはあくまで彩に聞こえる程度の声で、守からしてみれば完全に独り言なわけなのだ。だから、守は少々迷惑そうな表情を浮かべながら言った。
「転入生は、独り言が趣味なのですか?」
「なぅ! 転入生って、言うな! コラ!」
「まぁ! 近頃の若い子って、切れ易くて怖いわ!」
彩を馬鹿にする様な口調でそう言う守は、怯えた様な目をしながら彩を見つめた。ますます、守の事を変な奴だと思う彩は、これ以上関らない方がいいと判断し、無視する事にした。シーンと静まり返った教室に、静かに聞こえる守の寝息を彩のくしゃみが掻き消した。
「――くしゅん。う〜っ。もう駄目……。昨日、雨に濡れたせいだよ。完全に風邪引いたかも」
机に倒れこむ彩は、ウトウトと眠りに就きそうになったが、その瞬間、何か強い力を屋上から感じ目を見開いた。そして、首から提げる杖に向って小さな声で言う。
「今の気配って!」
『はい。昨日、逃がした鬼獣です!』
「まさか、こんな早く戻って来るとは思っても見なかったね」
『彩様、気をつけてください! あの鬼獣のレベルは相当なものですから』
「任せなさいって、この私を誰だと思ってるの!」
笑みを零し彩はそのまま席を立ち教室を後にした。そのすぐ後だ。守が欠伸をしながら目を覚ましたのは。その首には、剣のネックレスをぶら下げていた。
どうも! 崎浜秀です。
『ガーディアン』第一話、読んで下さりありがとうございます。
本来、色々設定とか考えてから書くはずだったんですが、何か今日は調子が良い! とか思っちゃって、後先考えずとりあえず書いちゃったみたいな感じの作品です。
まだ、他にも連載が二本あるのに、今連載して大丈夫だろうか? と、何かと心配ですが、ガーディアンは、とりあえず二週間に一話ペースで投稿できたら良いかな?
まぁ、この先どうなって行くか分かりませんが、次話までに細かい設定とかまとめておきます。
それでは、何か感想などありましたらお聞かせください。よろしくお願いします。