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初めましての後編




 日勤の定時は、丁度夕方の頃合だ。綺麗な夕焼けの映えるこの季節、ターフェはちんたらとお散歩しつつ帰るのが日課だった。

 勿論常に一人、なのだけれど。

「……寒くないですか?」

「いや。ターフェ・ティティは寒いのか?」

「いいえ、大丈夫です。将軍は、……鍛えてらっしゃいますものねえ」

 へらりとターフェが笑うと、虎頭の御方はひょいと首を反らす。

(……)

 一体何しに来たんでしょうねこの御方。

 王宮の内門を出ようという時に彼に捕まったターフェは、特に会話をした訳でもないが何故か二人で連れ立って歩く羽目になってしまっている。

(将軍って立場で、内門から出て普通に歩いていていいのかなぁ)

 内心首を傾げながらも、さして会話が続く訳でもなし、ターフェは己の時間を過ごす事に集中した。

 王宮の内門から外門までは一本道だが結構な距離がある。通常は馬や馬車で走り抜けるだけの其処は、それでも王宮内だからと職人という職人が手間隙掛けて整備した立派な庭園が囲む。それを一々散策し、あの花が咲いたこの花は終わった、と確認しながら進むのがターフェのお気に入りなのだ。

 にこにこしながら進むターフェを、将軍はじっと見つめていた。勿論ターフェは気付かない。気付く様なら話は早いというものであったが、其処は所詮ターフェであった。

 ともかく。ターフェは将軍を引き連れたままいつもの様に散策し、今日も一つ変化を発見した。

(リリーが枯れ始めてる)

 昨日まで美しく咲いていた真っ白なリリー達。それらの一部が黄色く変色し出している。早朝手入れする職人に因って、このリリー達は姿を消してしまうだろう。今日夕方とはいえ最後の姿を見る事が出来てよかった、とターフェは思う。と。

「リリーが枯れ出しているな」

 横から、然程聞き慣れぬ低い声が漏れた。すっかり忘れていた、将軍が居たのだ。ぱっと目を丸めたターフェに、将軍は「私の事も忘れて夢中になっていただろう」とばっちり当てて下さった。面目ない。

「摘んで行けばいい」

「え、でも」

「構わない。どうせ捨てられるだけだ」

 言われた事は尤もで、ターフェも思わず頷いた。一晩だけ。一晩だけだけれど、今日の夜はきっと素敵だ。

「有難うございます将軍。今日はいい夢が見られそうです」

「いや、別に。何もしていない」

「いえいえ」

 ターフェはにこにこと数本のリリーを摘むと(「それだけでいいのか」と言われたけれど、それ以上摘んでも仕方がない)、纏めて胸に抱いた。いい香りに、思わず頬が弛む。と。

「いつも、そうしているが」

「へ」

「花が、好きなのか」

 小首を傾げたターフェに、将軍は再度問うた。曰く、

「いつも此処を歩いているだろう。最初こそ何をしているのかと思ったのだがな、散策して歩いているのかと思い至った」

 がしがしと頭掻きつつ言う将軍は、顔色こそわからないものの明後日の方向を向いたままだ。ターフェは反対側に小首を傾げた。すると、「それもよくしているな。癖か?」と言う。

(随分と質問の多い御方だ)

 だったら私を見て言えばいいのに。思いつつ、ターフェは丁寧に返した。

「えと、私の生まれた街はとても田舎で、とても緑の多い所でしたから。こちらに来る様になって、私の移動範囲の中で一番緑の多いのがこの道なんです。植物を育てるだけの時間も空間もありませんので、此処で時間を過ごすのが気分転換です。それと、首を傾げるのは言われて初めて気付きましたが、結構していると思います」

「そうか。田舎か」

「はい、北のロジアです」

「結構な距離だな」

「ええ。でもいい街です。自然が豊かで」

 ターフェは故郷を思い浮かべ、にっこりと微笑んだ。仕事が忙しくて此処数年帰郷出来てはいないけれど、実家の皆から届く手紙はいつも変わらず元気一杯で、ターフェをも元気にさせてくれる。

 そんな話をしながらゆっくり歩いていたら、いつの間にか外門に程近い所まで差し迫っていた。見回せば、辺りも随分な夕焼け、時間が過ぎるのは本当に早い。

「今日は思わぬ程楽しい時間を過ごさせてもらった。帰りは気を付けて、寄り道せずに真っ直ぐ帰る様に」

 門に近い辺りで向き合った将軍がそう言う。ワナにもこんな言葉を掛けられたなぁと思いながら、ターフェはふと思い立った。

「あれ、将軍はお帰りでは?」

「いや、私は未だだ」

「え、じゃあ何で今?」

 二人でちんたらとお散歩していたのはもう定時上がりだったからではないのか。疑問を素直に口にすれば、将軍は困った様にそっぽを向いて、「休憩時間だ」と口にするではないか。

「休憩時間!」

「ああ」

「何してるんですか! 御飯は!」

「別に、気にしな」

「します! 御飯食べなくちゃ! お腹空いてちゃ何も出来ません!」

 途端慌てたターフェは将軍の言葉を遮ると手持ちの鞄をごそごそと探り、一掴み程の塊を取り出して彼に押し付けた。

「これ、私のおやつだったんですけど、食べ忘れちゃって残ってたんです。胡桃のパンです。将軍のお腹には溜まらないかもしれませんけど、お嫌いじゃなかったら食べておいて下さい」

 将軍の毛むくじゃらの大きな手に、その包みは酷く小さく映る。けれど、それを彼はとても大事そうに持って、「有難う」と返してくれた。

「あ、よかったらこれも」

 差し出したのはリリー一輪。将軍はまたもきちんと受け取ってくれたけれど、やっぱりとても小さく映る。片手にパンの包み、片手にリリーを持った虎の将軍は、とっても大きい身体をしているのに何故だかとても可愛らしい。にっこり微笑んだターフェに、将軍はその鋭い目を細めて、ゆっくりと口を開いた。

「ターフェ・ティティ」

「はい」

「その、有難う。ついでと言っては難だが、私の事は将軍ではなく、サザと呼んでくれないか」

「はい、畏まりました」

「いや、畏まらなくていい」

「じゃ、私の事もターフェとだけお呼び下さいな」

「……わかった、ターフェ」

 夕焼けでオレンジに染まった黄色い虎は、益々目を細めてターフェを見る。その様を見ながら、ターフェは何となく、照れているのかな、と思い至った。表情がなかなか読めなくて、だから何だか、

(何か、楽しい)

 ふふ、とターフェは笑みを零す。孤児院で沢山の子供に囲まれて育ったターフェは、だからこそ色んな人に関わるのが好きだ。今日はこの将軍、いや、サザと関わる事が出来た。きっとこれから今までよりかは、彼を知る事が出来るだろう。

 我知らずにこにこと笑むターフェの頬に、柔らかい虎の掌が触れて来たのは、その時だった。

「ターフェ」

「はい?」

「その、昼の事だが」

 昼、に何かあっただろうか。じっとサザを見上げると、彼は逡巡しながら、それでも言葉を紡いだ。

「交際を望んだけれど、ターフェの中に、私という存在は寄り添う事が可能だろうか」

(あ)

 すっかり忘れてた。とは流石に言えない。申し訳ないのでそれは言えないが、ターフェが口に出来る事は今や他にも存在していた。

「私は」

 ターフェは、それしか言えないと思う、ので。正直に、吐露する。

「そういう事は今までなかったので、よく、わかりませんが。でも、サザと居るのは、楽しいと思います」

 にっこり笑顔付きでそう告げたターフェに、サザは「充分だ」とだけ返して頬を撫でた。

「これから頑張らせてもらおう」

「何をですか?」

「……まぁ、色々だな」

 虎の掌はとても気持ちがいいんだな、とすっとぼけた事を思うターフェを選んだサザの、それは当たり前の試練である。誰にもどうしようもない。

 一拍、後ろ髪引かれつつもっふぁもふぁの掌に別れを告げて門に向かうターフェの背に、サザはよく通る低音で教えてくれた。

「ターフェ」

「はい?」

「私はいつもターフェが此処を通るのを見ていた。植物を愛でる笑顔のターフェを、いつしか毎回探す様になった。いつか貴女が、私の館の庭にも存在してくれたらと願っている」

 辺りは綺麗な夕焼けで、誰の色彩もわかりはしない。けれど。

 紅く染まったまま固まったターフェは、とてもわかりやすくて――。




 もしかしたら、望む位置は結構直ぐに手に入るのかも知れなかった。




***




 が、後日職場でターフェは要らぬ発見をする事になる。

「おめでとうございますウォーラ将軍! とはちょっと言い辛い!」

「何で?」

「アンタの同僚としてはね!」

「ワナ……! 大丈夫だよ、サザ優しいし」

 休憩時間、現状をお知らせしていて発揮されたワナの友情に、思わず感謝し掛けたターフェはしかし、即引っくり返された言葉に目を見張った。

「其処じゃない!」

「?」

「ターフェ、アンタ自分の身長幾つだかわかってる?」

「ひゃ、百五十ちょい……」

「ウォーラ将軍は二メートル超えなのよ! アンタと体格差あり過ぎなの、わかってるの?」

「うーん、おっきいよねえ……」

 話す時はすっごく上を向かねばならない。ワナとだって座ってなければ目を見て話せないのだと、のほーんと思うターフェは本当にそれしか感じていない。ワナは頭を抱え込んで、それでも叫んだ。

「わかってよ! 言わせないでよ!」

「だから何がー」

 ダン! とワナがテーブルにぶち当てたカップからは、大量に珈琲が溢れ出る。それを拭こうと珈琲含みつつ布巾を持ち上げたターフェは、その後に続いたワナの言葉に笑顔を失わざるを得なかった。

「ターフェ! アンタ、いつか将軍にベッドで殺されるから! アッチのサイズが合わなくて!」

「ぶはっ!」

 正面に居たワナは珈琲に塗れたが、何というか、自業自得だ。ターフェは口の端からだらだら珈琲を垂れ流したままで、真っ赤な顔をして動けなくなった。ちょっと、そっちの経験値は全然ないので、本当に勘弁して欲しい。

「……そ、そっちの心配は、全然、未だ、ない、よ」

「……ないと、いいわね」

「……」

 相手が人間ではないので、如何とも想像が出来ない。押し黙ったターフェはそのまま暫くサザから逃れ続け、結果、彼受け持ちの軍がちょっぴり大変な事になったのはーー想像の範疇だろう。




 今日も王宮は、普通に平和である。

ここまでが閉鎖した自サイトからの再掲でした。お読み戴きまして有難うございます。

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