第9話 桃子ちゃんの心の変化
桃子ちゃんは、俺の胸に顔をうずめたまま、まだ黙っている。相当、言い出しにくいことなのか。
「怖かったって言ったよね?あいつのこと。でも、俺は怖くないんだよね?」
「うん」
「あ、あいつのせいで、俺のことまで、怖くなったとか?」
桃子ちゃんは、顔を横に振った。
「男の人って不潔!とか思って、俺も嫌になったとか?」
また、首を横に振った。そうだよな。もしそうなら、今、俺の胸の中でじっとしてないよな。
「その逆」
「逆?」
逆って?
「聖君じゃなきゃ、嫌だって思った」
え?俺じゃないとって?
「聖君以外の人なんて、嫌だって思った」
「……」
桃子ちゃんは俺の顔を見た。でもまた、下を向いた。
「それで」
「うん」
桃子ちゃんはさっきから、俺のセーターの袖口をつまんでいる。これ、この前も確かしてたよな。
「それ、よくするけど、落ち着くの?」
「うん」
「そう」
そっか。落ち着くのか。
え?!桃子ちゃんは、袖口をつまむのをやめて、俺の手を握ってきた。
一瞬、ドキッてした。だけど、手をつなぐことで、もっと落ち着くのかなって思って、俺も桃子ちゃんの手を握り返した。
「あのね」
桃子ちゃんは、また口を開いた。
「うん」
「あんなふうに、他の誰かに触られたり、キスされるのはもう絶対に嫌だって思って」
「そ、そりゃそうだよ!俺だって、絶対に嫌だよ!」
俺は思わず、そう言ってた。でも、桃子ちゃんが困った顔でこっちを見たから、
「あ、ごめん。話してる途中だよね」
って謝った。
「聖君がもし、他の女の人にキスしたり触れたりしたら、絶対に嫌だって思った」
「え?」
「なんか、そんなことも思ったんだ」
他の子に?そんなこと思ったこともない。
「しないよ。俺、桃子ちゃんにしか」
「……」
あれ?なんで無言?
「なんで無言?まじで、しないって。信じられないの?」
「ううん、そういうわけじゃ…」
「もしかして、それ、俺に聞くのが勇気いったとか?そんなこと聞いてまた、呆れないかって思ったの?でも、しないよ。信じていいよ。俺、桃子ちゃんにしか興味ない」
桃子ちゃんは、黙ってまだ下を向いている。
なんでかな。俺が言うこと、まだ信じられないのかな。男性不振にでも陥っちゃったとか?
「なんでずっと下向いてるの?」
「……」
「顔あげて、顔見せて?」
桃子ちゃんは、首を横に振った。もしかして、さっきの話で俺が引いちゃったとでも思ってるのかな。
「なんで?俺、呆れてないし、引いてもいないし、大丈夫だから」
「違うの」
「え?何が?」
「まだ、続きがあるの」
「え?話に?」
「うん」
続き?桃子ちゃんは、顔をさらに赤くした。それから、また俺の胸に顔をうずめた。
なんだろう。なんか、すごく恥ずかしいこと?
考えても、まったく浮かばない。
「私、あんな思いをするくらいなら、早くに、聖君のものになっちゃいたいって思ったの」
「……え?!!!!」
えっ?え?えっ?!!!
「今、なんて言った?」
聞き返しても、桃子ちゃんは黙ったままだった。顔を下に向けたまま、あげようともしない。
えっと?早くに、聖君のものになっちゃいたいって言った?俺の聞き間違い?
聞き間違いじゃないとしたら、えっと?ええっと…。
あ、あれ?それって、どう解釈していいの?いや、待てよ。聞き違いってこともあるよな。
「俺の聞き間違いでなかったら、その…、お、俺のものに早くなりたいって言ったのかな?」
桃子ちゃんは、小さくうなづいた。
「…まじ?」
聞き間違いじゃないらしい。
「うそ」
ボボッ!俺の顔が、火がついたように、熱くなった。
俺のものになりたいって言ってんの?それって、何?もう待たなくていいってこと?ってことだよね?!!!
「も、桃子ちゃん、それ、言ってる意味わかって言ってる?」
桃子ちゃんはこくんと、またうなづいた。
「やっぱり引いてる?呆れてる?」
う。そっか。それで、俺が引くかとか、呆れるかとか、気にしてたのか。
「うそ」
この展開は何?
「まじ?」
ちょっと今、現実を受け入れられなくなってる、俺。
実はすげえ嬉しい。やった~~って叫びたいくらいだ。でも、それと同時に、いいの?いいの?って頭の中で何度も聞いてる。
俺、思ってた。桐太が桃子ちゃんにちょっかい出す前に、桃子ちゃんを俺のものにしておけば良かったって。
もし、キスだけじゃなかったら?それ以上何かあいつがしたとしたら?
それどころか、あの中学の彼女のように、俺よりも桐太の方が、桃子ちゃんが好きになったら?
そんなこと絶対にないと思いながらも、心のどっかで不安もあった。その前に、俺のものに…。でも、そんな考えで桃子ちゃんのこと、抱いちゃうなんて、そんなの桃子ちゃんを傷つけるだけだよな。って、その考え事否定した。
「桃子…ちゃん」
ビクッ!桃子ちゃんが一瞬、ビクって動いた。
「それ、俺も思ったけど…」
「え?」
「あんなやつに手を出される前に、俺が桃子ちゃんをってちょっと、思っちゃったけど」
「……」
「でも、そんな理由で手は出せないよなって」
「え?」
「えっと…。いや、あの…」
何を言ってるんだ、俺。
「ごめん。俺、相当面食らってて、何を言っていいのか、頭も回らない」
「うん」
「だけど、ドン引きもしてなきゃ、呆れてもいないから」
「え?」
「安心して」
「うん」
桃子ちゃんがかすかに、力を抜いたのがわかった。俺の手もぎゅって強く握っていたけど、その力も弱まった。
あれ?そういえば、いつもだったら、こんなにずっと俺がくっついてたら、逃げてるよな。
「今、こうやってるのは、心臓大丈夫なの?」
桃子ちゃんに聞いてみた。
「心臓?」
「バクバクして壊れそうとか、ないの?」
「あ、そういえば、今日は平気かも…」
「平気なの?」
「うん。ずっとなんだか、安心してる」
「あ、安心?」
「きっと、桐太君とのことがあったから、今、ものすごく安心してるんだと思う」
「……。そっか」
俺は、そっと手をつないでいないほうの手を、桃子ちゃんの背中に回した。そして髪にキスをして、抱きしめた。
やばい。すごく桃子ちゃんが可愛い。さっきから抵抗もしないし、体も硬直させないで、俺に体ごと預けてるって感じだ。
「手で、押し返さないの?」
桃子ちゃんは、こくってうなづいた。
「じゃ、このまま、抱きしめてていいの?俺」
「うん」
うんって…。いいの?まじで?
「でも、押し倒しちゃうかもよ?」
「……」
あれ?無言?それ、いいってこと?駄目ってこと?
しばらく抱きしめていた。でも、桃子ちゃんはまだ、そのまんまにしているし、何も言わない。
「手ではねのけないと、俺、本当に押し倒しちゃうよ?」
桃子ちゃんは俺がそう言うと、手をつないでいないほうの手を、俺の胸に持ってきた。あ、なんだ、やっぱり、俺のこと手で押すんだな。
って俺がそう思った瞬間、桃子ちゃんは、俺のセーターの胸の辺りをぎゅってつまんだ。
…え?
…あれ?
なんで?それじゃ、しがみついてるみたいだよ?
「えっと?手で押すんじゃないの?」
「え?」
「今、桃子ちゃん、俺の胸のところに手、持ってきたから、そのまま俺のこと押して、はねのけようとするのかなって思って…」
ぎゅ…。桃子ちゃんは、もっと俺にしがみついた。
あ。駄目だ。押さえてたものが、ぷつりと切れた。
「まじで、俺…」
我慢の限界…!!
それはさすがに、口にはできない。でも、そのまま、桃子ちゃんを押し倒してしまった。
桃子ちゃんはまだ、俺にしがみついてる。
うそ。はねのけないの?
いいの?俺のこと、受け入れてるの?
さっきのあれ。俺のものに早くになっちゃいたいって言ってた、あれ、本気?
まじ?本気って書いて、まじ?いや、そんなこと考えてる場合じゃないって!