第5話 俺って一途
俺はほっとして、その日は家に帰った。
いったいどんだけ、桃子ちゃんのことを思い、悩んでたんだろうか、俺って。
自信があるわけじゃない。ただ、桃子ちゃんは、けっこう素直で態度とか、言葉で思いを現してくれる。
それもどうやら、自覚していないようで、純粋なんだろうな。裏表がないって言うか、心のままが外側に出てるって感じだ。
だから、安心していられた。桃子ちゃんは俺のことが好きなんだなって。
でも、離れてて、メールや電話があまりなくって、不安になってきていた。これってどうよ?よく、女の子がそんな話するよね。最近、彼からメールがないのよ、心配…なんつってさ。
桃子ちゃんは俺のことを好きでいてくれる。っていう安心感の中にいたのは確かだ。幹男が言うように、自惚れてたところもあったかもしれない。
それに、桃子ちゃんがそばにいてくれて、すごく癒されていたんだってことも気がついた。会えない時間が増えたり、メールでやり取りが少なくなって、こんなにも俺、パワー不足になるんだな。
やばい。とことん、俺、桃子ちゃんにまいってるんだ。本気も本気。だいいち、桃子ちゃん以外の子なんか、まじで目に入らない。
そういえば、最近2人から、告られたっけ。一人の子はちょっと、背丈や髪型が桃子ちゃんに似ていて、泣かれて桃子ちゃんに泣かれてるみたいな気持ちになって、辛かった。
だけど、それも桃子ちゃんに似ていたからだ。その子に対して、悪いとか、そういう感情を持ったわけじゃない。俺って冷たいのかな?
その前にも、学校でいきなり、放課後基樹と廊下でバカ話をしていたら、二人の女の子がやってきて、そのうちの一人から告られた。
「俺、付き合ってる子いるよ」
それだけ言って、さっさとその場を去った。
で、そのあとに学校から駅に向かう途中、基樹に言われた。
「あの子、学校で1番可愛いんじゃないかって言われてる子だよ。その子を振るなんて、俺じゃ考えられない」
「可愛かったっけ?今の子」
「ああ、お前にとっては、桃子ちゃんが1番可愛いんだもんな」
「うん、そうだよ」
そんな会話をしたのを覚えてる。基樹のやつ、そのあと思い切り背中をたたいてきて、
「のろけるなよな!一人身なんだから、こっちは」
と怒っていたっけ。
でもさ、学校で1番可愛かろうが、なんだろうが、それで断れなくなるってどういう意味?俺には桃子ちゃんって彼女がいる事実は変わらないわけだし、基樹が言うように、俺には桃子ちゃんが1番可愛いわけだし。
そうなんだよ、そこなんだよ。まじで可愛いんだよ。だから他の子なんて、どうでもいいんだよ。俺って、何?こんなにも一途なやつだったんだな。
そうだ。この前父さんが夏に撮った写真を、プリントアウトしてた。桃子ちゃんの可愛い写真があったっけ。
俺は、引き出しの中からそれを出して、眺めた。桃子ちゃんはこんな間抜けな写真って言ってたけど、すごく可愛く写ってると思うけどな。
どこを見てるんだろう。嬉しそうに笑ってる。その視線の先にはもしかして、俺がいるんだろうか。なんつって。
その写真を定期入れにしまった。これで、いつでもどこでも、取り出して見れるじゃん。
本当は携帯の待ち受けも、桃子ちゃんにしたいくらいだけど、さすがに誰かに見られたらってのがあって、それはできなかった。だから、俺の携帯の待ち受けは、クロの写真。でもほら、クロ見ても、桃子ちゃんに見えるから。すげ、似てるし。
翌日、学校から帰ってから、菜摘の家に行くことになっていた。俺の誕生日も、菜摘のお父さんの誕生日も12月だから、お祝いをしましょうって、そう菜摘のお母さんに提案され、お呼ばれさちゃったんだ。
菜摘のお父さんっていうのは、実は俺の血のつながった父親でもあるんだけどさ。
なんか、一回遊びに行って以来、すっかり菜摘のご両親とも俺のことを気に入ってくれて、時々夕飯にお呼ばれされてる。
その日は担任が休みで、ホームルームもなかった。だから、俺はさっさと電車に乗り込み、新百合ヶ丘に向かった。
駅に早くに着いたし、桃子ちゃんの家に寄ってから、菜摘の家に行っても、全然大丈夫の時間だ。
俺は桃子ちゃんに電話をかけた。これから、家に行ってもいい?なんて軽い気持ちで。
だけど、桃子ちゃんに電話をしたら、いきなり、
「もしもし、聖?」
と知らない男が出た。
男?!!!なんで?!!!めっちゃ驚いた。頭真っ白だ。
「誰!?」
「俺、桐太。覚えてる?」
「桐太~~~?」
覚えてるよ。中2まで同じ学校だった。仲良かったのに、いきなり俺の彼女に手を出してきたとんでもないやつ!
ななな、なんで桃子ちゃんの携帯にそいつが出るわけ?
「お前がなんで、桃子ちゃんの携帯に出るんだよ!なんで桃子ちゃんといるわけ?!」
「軟派だよ、軟派」
な、軟派~~~~?!!!
「ふざけるな!桃子ちゃんに代われ!」
でも、結局桐太は変わろうとせず、頭に来て、その場所まで行ってやった。
桐太と桃子ちゃんは、桃子ちゃんのクラスメイトの花ちゃんの家にいた。桐太は花ちゃんのお姉さんと今、付き合ってるんだそうだ。
新百合ヶ丘の次の駅だからすぐに着いた。
チャイムをならし、ずかずかと中に入った。中には、桐太と桃子ちゃん、花ちゃんとそのお姉さんらしき人がいた。
桐太は久しぶりって喜んでたけど、俺はまったく嬉しくない。
「桃子ちゃん、帰ろう」
と言ったけど、桐太の彼女に話がしたいと言われ、少しだけその場に残ることになった。
桐太は、どうやら中学校の頃と変わらず、二股かけてみたり、平気で浮気してるようだ。花ちゃんのお姉さんもそれで、泣かされてると花ちゃんが嘆いていた。
そんなことより、俺は中学の時に付き合ってた子に桐太がちょっかいを出したのが、どうもひっかかっていた。今度は桃子ちゃんに、ちょっかいを出したりしないだろうか。
案の定、桐太は桃子ちゃんに興味を持ち始めていた。
桐太は、兄貴がいる。どうやら優秀な兄貴らしくて、いつも親に比較されていたようだ。中学の頃、そんなことをぼやいていたのを覚えている。
親に自分を認めてもらえず、自分の存在価値を、女にもてるかどうかで、はかってるんじゃないのか、そんなことを俺は感じていた。
それに変なライバル意識があり、人の彼女を取ろうとする。自分の方が上なんだと、そう思いたいのかもしれない。だけど、人の彼女を取っておいて、すぐにまるでモノか何かのように、ぽいって捨てたんだ。
桐太が俺の彼女にちょっかいだして、その子は俺に、もう付き合えないと言って来た。俺といても、つまらないとも言われた。
まあ、そうだろう。女の子と付き合うなんてその頃、どうしていいかもわからなかったし。俺よりも桐太の方が好きなら、それはそれでしかたがないと思った。
それに俺も、その子には悪いけど、すごく好きで付き合いだしたわけじゃなかった。仲を取り持ってくれたのは、葉一だ。葉一に言われて、じゃあ、付き合おうかなって、その程度だった。
俺と別れてから、葉一がその子のことを好きだったって知って、愕然とした。そのうえ、桐太の方にその子は心変わりまでしてて、葉一の想いはどうするんだよって、俺は自分を責めたんだ。
もっと早くに葉一の気持ちを知ってたら良かった。なんで気づかなかったんだって。そして、その子にちょっかいだしたにもかかわらず、数週間でその子をふった桐太に憤慨したんだ。それでもうるせえって言われて、もうこいつなんか知るかって…。
何を言っても無駄だって、そう思ってから桐太から離れた。転校していく時もそのあとも、口をきくこともなかった。
そんなやつに今会っても、俺は嬉しいわけがない。それに桃子ちゃんにちょっかいだしたりしたら、俺は憤慨するどころじゃないだろう。
花ちゃんの家から出る前に、桐太の胸ぐらを掴んで、桃子ちゃんには絶対に手を出すなと、脅した。
それから、花ちゃんの家を出た。桃子ちゃんはそんな俺に驚いていた。