第4話 桃子ちゃんの気持ち
「さっき、幹男君に抱きしめられてた時も、聖君のこと考えてた」
「え?」
「これが聖君だったら、胸がバクバクするんだろうなとか、聖君の匂いとか、ぬくもりとか思い出してて、なんで幹男君だと全然ドキドキしないのかなとか、これってお兄ちゃんにハグしてもらってるみたいなものかなとか…。そんなこと」
桃子ちゃんは、落ち着いて話し出した。俺はちょっとびっくりしていた。
俺のこと考えてた?
「聖君だと、心臓が壊れそうになるくらい、ドキドキする。聖君の声が耳元でしただけでも、息がかかっただけでも。こうやって、隣にいても、ドキドキしてる」
え?
「でも、嫌じゃないの。でも、耐えられないの。でも…」
「うん?」
「聖君のことが大好きなの」
「……」
桃子ちゃん…。
それが本音?本当の気持ち?俺のことが本当に好き?
「さっき、うっとうしいって聞いたよね?引いちゃったって聞いたでしょ」
「うん」
「そんなこと全然ない。聖君があんなふうに思ってくれてたこと、すごく嬉しかった」
「え?」
「情けないなんて思ってない。大事に思ってくれてるのも、私を失うのが怖いって言ってくれるのも、それに…」
「うん」
それに?
「わ、私を俺のものにしたいって言ってくれたのも、嬉しかった」
「……」
ああ、俺、今、感動してる。やばい。
桃子ちゃんは赤くなって、下をむいた。
「わ、私ね、もう、聖君以外のこと、考えられないくらいになってるよ」
「え?」
「聖君以外の人のことなんて、考えられないから」
「……」
「私も、聖君が思っているよりもずっと、想ってる」
俺が思ってるよりも?ずっと?
桃子ちゃんはしばらく、黙ったままでいた。でも、俺も黙っていたら、ぽつりとまた話し出した。
俺は感動してて、言葉にならなかった。それに頭の中は真っ白だった。
「あのね」
「え?」
「あのね、聖君の匂いが好きなんだ」
「俺、なんか匂う?」
「ふわって、優しい匂いがする」
「そう?」
優しい匂いがするの?それってどんななんだ。
「それにね」
「え?」
「聖君の声も好き」
「そ、そう?」
「うん。本当に耳元で話されると、ドキドキする」
俺の声?どんな声なんだ。駄目だ。なんか聞いてて恥ずかしくなってきた。
「それに」
「え?」
まだあるの?
「聖君の目も好き。見つめられると、どうしようかと思う。だから、目をふせちゃう」
「ああ、それでなの?たまにあるよね」
「うん」
そうか。それで目をふせてたんだ。嫌がってたわけじゃないんだ。と思いながらじっと見ていると、本当に桃子ちゃんは赤くなり、目を伏せた。
「あ、本当だ」
「聖君の髪も好き」
「髪?」
か、髪?俺の?
「うん。きっと、触ったらサラサラだよね?」
「え?どうかな」
サラサラって、それって…。え?
「それから…」
うそ。まだあるの?!
「まだあるの?」
「え?」
「俺、今、すんごい恥ずかしくなってるんだけど」
やばいことに俺、今、きっと真っ赤だ。さっきからくすぐったくなるようなことばかりを、桃子ちゃんが言ってくる。
「だって、私が聖君のことを嫌がってるとか、逃げてるとか、そんなことを聖君、言うんだもん。だから、どれだけ私が聖君のこと好きか、言ったほうがいいかなって思って」
「う…。そうか、それでか…。あ~~。そっか~~」
それでいろいろと、くすぐったくなるようなことを言ってくれたのか。
「じゃ、本当に手で俺のこと押すの、心臓が壊れそうになるからなんだ?」
「うん」
「じゃ、俺がキスしたり、抱きしめると、固まっちゃうのも?」
「うん」
そうか…。桃子ちゃん、真っ赤だ。それ、本当に本心なんだ。
「私、聖君が、私に触れるたび、体中心臓になってるよ」
「え?」
「体中で、バクバクしてるの」
体中で?まじで?うわ。やば!もっと俺、赤くなってる。絶対だ。思い切り顔が熱い。
「胸が苦しくなるくらい、聖君が好きだよ。すごく好きで、好きすぎて、それで苦しいの」
「え?!」
うわ!それで?苦しいのって、好きだから?
「さっきも、苦しかったのは、聖君が愛しくって、愛しくって、それで…」
「い、愛しいの?」
愛しいって…。う~~~わ~~~。やばい。恥ずかしいけど、めちゃ嬉しい。
「情けないとか、弱いとか、そんなふうに聖君は言ってたけど、そういうところも全部、愛しい」
まじで~~~~?すんげえ、嬉しい。
やばい!すげえ、感動。
俺はしばらく、何も言えないでいた。
俺の全部を好きでいてくれるの?こんなに情けないこといっぱい言ったのに、そんな俺も愛しいって思ってくれるの?
「本当は私の方から、ぎゅって抱きしめたいくらい」
「え?」
「なんだけど、きっと心臓がまたバクバクしちゃうよね」
「ど、どうかな?それはわからないけど、試してみる?」
あれ?なんで俺、そんなこと言ってるの?
桃子ちゃんは、ちょっと体を俺の方にずらして、それから俺のことを抱きしめてきた。それもぎゅうって。
うわ!うわわわ!桃子ちゃんの匂いがする。それに柔らかい。
髪がほっぺに当たる。くすぐったい。
桃子ちゃんは黙ったまま、ぎゅうって抱きしめている。これ、かなりやばい。頭がくらくらする。
俺も桃子ちゃんのことを、抱きしめたい。今、すぐ、ぎゅって。
「いつまで俺、我慢してたらいいの?」
「え?我慢?」
「俺も、桃子ちゃんのこと、抱きしめてもいい?」
「駄目」
え?駄目?
「なんでだよ?」
「心臓バクバクしちゃうから」
ええ?
俺を抱きしめるのは大丈夫で、なんで抱きしめられるのは駄目なんだよ。
桃子ちゃんはまだ、俺を抱きしめていた。本当にいつまで、このままでいたらいいの?俺。絶えられるかな。ああ、軽い拷問だよね、これ。そのうえ、桃子ちゃんは俺の耳元で、
「大好き」
て言ってくる。
すげえ嬉しい。でも、このまま、思い切り押し倒したくなってくる。
やばいって。まじで。
「俺も、ぎゅってしちゃ駄目?」
「…。ちょ、ちょっとだけなら」
「ほんと?」
俺は桃子ちゃんを、ぎゅって抱きしめた。桃子ちゃんの反応はやっぱり固まって、
「聖君、駄目だ」
と苦しそうに言う。
「はい、おしまい」
しょうがないから、桃子ちゃんから離れた。
「また、おあずけでしょ?」
そう言うと、桃子ちゃんは少し困った顔をした。
「ごめんね、もう少し待って。私の心の準備が出来るまで」
「うん、待つよ」
ああ、でもな…。
「でも、5年とか10年とかは、待てないよ?俺」
桃子ちゃんはそんなに待たせないと言いながらも、ちょこっと首を横にかしげた。それって、もしかして、待たせちゃうかもしれないってこと?
俺、相当な覚悟をして待たないと駄目みたいだ。
「聖君、私の心の準備が出来るまでの間に、待ちくたびれて、他の女性の方に行ったりしないでね」
へ?何それ。
「多分、大丈夫だと思うけど」
と、ちょっと意地悪なことを言ってみた。
桃子ちゃんは、ええって驚いた顔をした。
「うそうそ!俺が抱きたいのなんて、桃子ちゃんだけだって」
桃子ちゃんは赤くなり、黙り込んだ。
「ほんとだよ?他の子になんて、まったく興味ないから、俺」
そう言って、俺は桃子ちゃんにキスをした。