第26話 二人になりたい
桃子ちゃんが店に来る日がやってきた。
そんな日に限って、桐太のやつまでが店に来た。母さんと仲よさそうに会話して、カウンターに着くと、今度は俺にあれこれ話しかけてきた。
「やっぱり、家にいた。そりゃそうか。もうすぐだもんな、試験」
「なんでお前、来たの?」
「いいじゃん。客だよ、客。あ、すみません。コーヒーお願いします」
「はい、待っててね、桐太君」
母さんはそう言って、キッチンに入っていった。
なんだ。母さんもずいぶんと愛想いいんだな。
「お前、高校卒業したらどうするの?」
俺が聞くと、
「フリーター」
と、桐太は、にこってしながら言った。
「ふうん」
「江ノ島で、バイトでもしようと思ってさ」
「なんで江ノ島?」
「なんでって、それは…」
桐太が黙り込んだ。まさか、俺がいるからとか言うなよな。俺も、それ以上つっこまないようにすることにした。
ふと時計を見ると、げ!待ち合わせの時間になってるじゃん!
「やべ~~」
俺は慌てて店を飛び出した。それから全速力で駅まで走っていった。
駅に着くともう、桃子ちゃんがいた。桃子ちゃんは大きな紙袋を持っていた。それ、チョコかな。でかいな。
「寒いのに待たせちゃったね、ごめんね」
「ううん」
俺の吐く息も、桃子ちゃんの息も白かった。
桃子ちゃんはすぐに俺と腕を組み、ひっついてきた。わ!めちゃ嬉しい。こういうところが、前と変わったよなって思う。
「なんかさ~~。邪魔なやつが店に来てるんだけど、ま、気にしないで。きっとそのうち帰ると思うし」
「邪魔?」
「俺がどうせ家にいると、ふんだらしい」
そう言いながら、店に向かった。
れいんどろっぷすのドアを開けると、桐太が、
「ああ、やっぱり桃子のこと迎えに行ってたんだ。よ!桃子」
と、いきなり桃子ちゃんを呼び捨てにした。すると桃子ちゃんは、桐太のそばに近寄り、何か耳打ちをした。それにこたえて、桐太も桃子ちゃんに耳打ちをしていた。
なんだ?なんなんだ?!
「何?なんで二人で、内緒話してんの?!」
「ああ。いや、別になんでもないよ、な?桃子」
だから、その馴れ馴れしい言葉使いがすげえ、気になるんだって。
「お前ら、なんか仲良くない?時々お茶してるって言うし」
「だって、桃子、聖に会えなくって暇そうだから、誘ってやってるんだよ」
なんだよ、それ。むかつく。
「じゃ、受験終わったら、もう誘うな」
そう言うと、桐太は、苦笑いをした。
桃子ちゃんはカウンターで、カフェオレを飲んだ。俺はその隣で、桃子ちゃんの空気を感じて幸せになってた。桐太がべらべら話しかけてきたとしても。
って、本音は早く二人になりたいって思ってたけどさ。
そこに二人の女の子のお客がやってきた。と思ったら、客じゃなかった。
「あ、あの…。聖先輩は?」
母さんにそう聞いてるのが聞こえた。
俺はカウンターの席を立ち、
「俺に用?」
と聞いた。
「これ、受け取ってください。チョコ、作ってきたんです」
一人の子がそう言って、紙袋を渡そうとしてきた。
「ごめん。受け取れない」
「でも、チョコレート、頑張って作ったから」
あ、そこで諦めてくれないのか。
「頑張って作ったなら、なおさら受け取れない。俺、食べてあげられないし、結局捨てることになるよ?」
そう俺が言うと、泣きそうな顔をした。
「そんなに簡単に断らないでください。聖先輩、桃香のこともわかってないのに、いきなり断るなんて、桃香かわいそうです」
その子の友達が、鼻を膨らまし言って来た。
「桃子?」
俺はびっくりした。
「桃香!」
ああ、桃香。一文字違いか。
そのうえ、その友達の名前は夏樹っていうらしい。元気で、強気なところが、菜摘とだぶる。そのうえ、桃香って子は、桃子ちゃんとだぶって見える。
ここでいつもなら、悪いって言って、さっさと俺、リビングに行っちゃうんだ。だけど、なんだか、突っぱねるのに気が引けた。
「チョコ、作ってくれたのも、ここまで来てくれたのも、悪いなとは思うけど、やっぱり受け取れないし、俺、本当に彼女いるしさ」
そう言ってから、俺はつい、
「寒いし、もし良かったら、ここで、コーヒーでも飲んで、あったまってって」
なんて言ってしまった。
母さんを呼んで、注文を聞いてもらった。それから俺は、カウンターの席に着いた。
そのあと、桃子ちゃんの作ってきてくれた、チョコケーキを食べた。すげえ旨かった。すごく嬉しいはずなのに、でもなぜか気持ちが沈んでいた。
俺、なんで、気が引けたのかな。
どうも、名前かな。ひっかかってるのは。
そうだ。桃子ちゃんとだぶったからだ。いきなり冷たくできなくなった。
前にもあったっけ。桃子ちゃんと雰囲気が似てて、その子が泣いちゃって、すげえ罪悪感に襲われた。まるで、桃子ちゃんを泣かせてる気になっちゃって。
その子達は、俺らのやりとりを聞いていて、桃子ちゃんが俺の彼女なんだということを察して、諦めて帰っていった。
二人が帰ってからも、俺はなんだか、重い気持ちを抱えたままだった。
そのあと、桐太も、邪魔したなって言って、帰っていった。ああ、ようやくこれで、桃子ちゃんと二人の時間が持てる。
すると、今度は、部活から帰ってきた杏樹が桃子ちゃんに、
「家庭科の宿題、手伝って」
と甘えていた。
「ええ?!」
今度は杏樹?冗談だろ?でも、桃子ちゃんはあっさりと引き受けて、二人で2階に上がっていってしまった。
まじで?
あ~~~。俺はがっくりときて、クロとリビングでテレビを観ていた。
そういえば、桐太のやつ、桃子ちゃんのことえらく気に入ってたな。いい女だなんて言うから、すげえびっくりした。
俺と桃子ちゃんのことは、応援してるし味方だって言ってた。味方って言われてもな、別に敵もいないし。
それにしても、俺は桃子ちゃんと二人っきりになりたいんだってば。ぬくもりも感じたいし、キスだってしたい!いや、それ以上も!
「なんでみんなして、俺と桃子ちゃんが二人になるの、邪魔するんだと思う?俺に会いに来てるのにさ」
クロに俺はそう言った。クロはぺロッて俺の口をなめた。慰めてくれてるの?
気配を感じて後ろを向くと、いつの間にか2階から下りてきた桃子ちゃんが、後ろに立っていた。
俺はこれ以上誰にも邪魔されないうちにって、桃子ちゃんを俺の部屋に連れて行った。
桃子ちゃんがベッドに座ったから、すぐ俺も横に座った。
それから何気に時計を見ると、6時過ぎていた。ええ?もうそんな時間?
「あ。うそ。もうこんな時間なんだ」
うそだろ…。
「もうすぐ、夕飯できると思うから、食べてってね」
俺は力なく、そう桃子ちゃんに言った。
「大丈夫なの?お父さん、忙しくない?私電車で帰っても」
「大丈夫。もうちょっとしたら、帰ってくると思うよ」
「出かけてるの?」
「うん。なんだっけ?打ち合わせとかなんとかって言ってたっけな。でも、桃子ちゃん来るなら、早くに切り上げて、車出すからねって念を押してから、今日出かけてった」
桃子ちゃんは、俺の肩にもたれかかってきた。ふわ…。桃子ちゃんからいい香りがしてきた。
「桃子ちゃん」
俺は思わず、桃子ちゃんをぎゅって抱きしめた。
「うん?」
「は~~~~~」
すげえ、ため息が出た…。
「疲れてるの?」
「う~~ん。今さら焦ってもしょうがないし、どっしりかまえてたら?って母さんにも言われたんだけど、昨日も、不安になっちゃってさ」
「え?」
「けっこう遅くまで勉強してた。何かしてないと落ち着かないんだよね。で、それを知ってか、父さんが、今日は勉強しないで、桃子ちゃんのこと送っていって、帰りドライブしようってなってさ」
桃子ちゃんは黙って聞いている。
「もうさ、じたばたしてもしょうがないんだけどね」
はあ…。もう一回小さなため息をした。
「こうなったら、開き直るか」
また、ぎゅうって桃子ちゃんを抱きしめた。桃子ちゃんも俺の背中に両手を回して、ぎゅうって抱きしめてくれた。
「桃子ちゃんに抱きしめられるの、すげえ嬉しい」
「え?」
「なんか、落ち着く」
そう言うと、桃子ちゃんはもっと力を込めて、抱きしめてくれた。
「桃子ちゃん」
「うん?」
「チョコケーキ、まじで、旨かった。サンキュー」
「うん」
「それから、俺も」
「え?」
「俺も大好きだから」
チョコケーキについていたカードに、「大好き」って書いてあった。それにハートマークも。確か、去年は「いつも、ありがとう」だった。
それも嬉しかったけど、正直、あれ?それだけ?って思っちゃったんだよね。
今年は「大好き」。なんかくすぐったいような感じもする。
ああ、でもそれを、母さんに見られちゃったんだよな~。母さんに桃子ちゃんは袋ごとケーキを渡し、母さんカードまで見ちゃうんだもん。そういうのはさ、俺に見ないで渡すだろう。普通。
父さんが夕飯ができたと教えてくれて、俺らはリビングに移動した。それから夕飯を食べ、食べ終わり俺が食器を片付けてる間に、今日の出来事を母さんが父さんに報告していた。
出来事っていうのは、女の子が二人やってきて、チョコを俺に渡そうとしたけど、俺が断っちゃったことと、その子たちに俺が、コーヒーをおごったりしたこと。
「偶然もあるもんだな、聖」
俺がリビングに行くと、父さんが話しかけてきた。偶然っていうのは、あの子たちの名前のことだろうな。
「性格もね、桃香ちゃんの方が大人しめで、夏樹ちゃんはどうどうとしていたわね」
母さんはそんなことまで言い出した。
「わからないよ。そんなの。ちょっと見ただけじゃさ~…」
「そうだけど…」
「桃子ちゃんだって、一見みた感じと、内側まったく違うし」
俺がそう言うと、
「そうだね~~。桃子ちゃん、こう見えても、男らしいし、強いからね~~」
と父さんが、口をはさんだ。
「お、男らしい?」
桃子ちゃんが、驚いた。
「あ、今の俺が言ったんじゃなくって、聖が言ってたことだけどね」
父さんがそう言うと、
「ええ?!」
と、桃子ちゃんは目を丸くして俺を見た。
「たまにね、桃子ちゃん、俺より強くなるし、男らしくなるから」
「ま、聖にとっては、桃子ちゃんが1番ってことか」
げ!だから、父さん、そんなことを平然として言うなよな。
「だ~~~!だから、そういうことを父さん、平気で言わないでくれる?」
俺は思い切り照れてしまった。
「あはは!でも、本当のことだろ?だから、チョコも断ってんだろ?他の子の…。でも、今日はめずらしいね。なんか、来た後輩の子達に、おごってあげたんだって?」
「え?ああ」
「同じ高校の後輩だから?」
「いや、そういうわけじゃなくって。俺も、あとから何やってるんだって思ったけど」
「うん?」
なんて言ったらいいのかな。
「名前聞いて、なんだか他人じゃないような、なんだか、そっけなくするのも、悪い気がしちゃって」
「え?」
「駄目だよね、俺。前にもあった。ちょっと雰囲気が桃子ちゃんに似てる子、泣かれてものすごい罪悪感で…。今日も、桃子ちゃんとだぶっちゃって、つい」
「あははは!そういうこと!」
「そんなに笑うなよ、父さん」
なんでそこで、そんなに笑うかな。
「でも、聖。いくら桃子ちゃんに似てたり、名前が似てても、桃子ちゃんじゃないんだから」
逆に母さんはきつい口調で言って来た。なんで、ここで怒るかな。
「んなのわかってるよ」
俺がそう言うと、母さんは俺の顔を覗き込み、
「本当に?これから先も、桃子ちゃんと同じ名前だったり、似てる子が現れるたび、心が揺れてたら、当の本人も気が気じゃないわよ?」
って言って来た。
ガ~ン!なんか今、すごい衝撃が走ったぞ。
俺は桃子ちゃんの顔を見た。そうか。そうだよな。桃子ちゃんじゃない子を、俺が気にしてて、桃子ちゃんだっていい気しないよな。
「あ。うん。うん…。ごめん、桃子ちゃん」
俺が謝ると、
「ううん」
と、桃子ちゃんは首を横に振った。