第25話 寝つけない夜
2月に入り、桃子ちゃんはれいんどろっぷすに遊びに来た。その日は、父さんも杏樹もいて、リビングで早めに夕飯を食べ、二人が車で送っていった。
夜にメールがあり、勉強頑張ってねと書いてあった。
>うん、頑張る!(><)
と書いて送ると、
>バレンタインデーにチョコを持っていくね。
と返信が来た。
>それを励みに頑張るよ。
と送ると、
>じゃあ、頑張ってチョコを作るね。
と返事をくれた。
俺、ちょっと思ってる。実はまじでまじで、桃子ちゃんに会えるのを励みにして、勉強頑張ってたりするから、本音でメールを送ってるんだけど、桃子ちゃん、そこんところわかってるかなって。
だってさ、この前だって、俺が一途で健気なんだって言っても、信じてくれなかったしさ。
大学入試の試験の前に、数回だけ学校に行った。もう、ほとんどのやつが学校に来てたり、来てなかったりで、教室もまばらだ。
そしてバレンタインが近づいてくると、例年にない状態になってしまった。
昨年までは、直接チョコを渡してくる子が少なかった。下駄箱やロッカー、机の引き出しの中に突っ込んであることがほとんど。
いきなり来て、ばっと手渡され、逃げられるパターンもあったけど。
でも今年は、駅の付近から待ちぶせにあい、
「聖先輩!チョコ受け取ってください」
と手渡そうとする子が続出。
「ごめん、受け取れない」
と言っても、食い下がらない子もけっこういる。
ロッカーや下駄箱には、チョコ以外のプレゼントつき、手紙つき、メアドのメモつきが急増した。
クラスの子も、
「放課後、中庭に来てくれる?」
などとこっそり言ってきたりする。でも、
「塾があって、すぐに帰るから、多分いけない。用があるなら今聞くけど?」
と言うと、その場でチョコを渡される。
「ごめん、受け取れない」
俺は一貫して、そう言って断り続けた。
放課後は、こりゃ、大変なことになる?さっさと、帰らないと…。
でも、そうはいかなかった。教室を出ようとした時から、つかまった。その後も、何人につかまったことか。
なんなんだ!卒業間近だからか?でも、俺には彼女がいるってどれだけ言ったかわからない。いい加減、諦めてくれないかな。
は~~~~~~。重いため息をつきながら、やっとこ駅に着くと、駅でも待ちぶせにあった。それもまいて、電車に乗り込むと、まったく知らない他校の生徒からも、声をかけられた。
誰?!!
「チョコ、もらってください」
と、真っ赤になりながら、袋を突き出された。
「ごめん、俺彼女いるし、受け取れない」
泣きそうになる顔を尻目に、とっとと俺は電車を降りた。
江ノ島の駅にはさすがに、誰もいなくてほっとした。
文化祭に出たからか?あれに出てから確実に増えたよな。ああ、おとなしく高校生活を送っていたら良かった。
大学ではおとなしくしてるぞ、俺。
れいんどろっぷすに戻ると、桜さんがいた。
「あ、おかえり~」
「久しぶりだね、どうしたの?」
「チョコを持ってきてあげたんじゃないの」
「あ、そうなの?誰に?」
「聖君にでしょ」
そう言って、桜さんは袋を俺に手渡した。あ、桜さんってのは、去年の夏、うちの店でバイトをしてた大学生。幼馴染と付き合うようになって、俺に酒飲んで絡むこともなくなった。
「義理チョコでしょ?彼氏に本チョコあげるだけでいいんじゃいの?」
「そうなんだけどね。爽太さんにも持ってきたし、聖君にだけあげなかったら、聖君すねちゃうかもって思って」
「すねないよ」
なんなんだ、それは。
「彼女からももらうから、私なんかのはいらないか」
桜さんはにやって笑いながらそう言った。
「…しょうがないな。もらってやるか」
俺はわざと、クールな顔でそう言った。
「荷物少なくない?」
「俺?ああ、もう授業らしい授業もないしさ」
「そうじゃなくて、チョコ、どこに入ってるの?」
「あ~~。ここ」
俺は学生カバンをあけた。そこには、5個か6個、チョコが入っていた。
「あ、やっぱりもらったんだ。聖君、もてるだろうし。でも、それだけ?」
「うん。今年はロッカーや、下駄箱には少なかったから」
「去年は多かったの?」
「うん」
「今年はなんで少ないの?彼女がいることがばれたとか?」
「あ~~。どうかな」
「5、6個か~。もっと期待してたのに」
「え?もしかしてチョコ貰って帰る気だった?」
「そうじゃなくって、どれだけもらってくるだろうって、楽しみにしてたのよね」
桜さんがそう言うと、カウンターでコーヒーを飲みながら、多分桜さんからもらったであろうチョコを食べていた父さんが、
「聖ね、手渡されるチョコは、ことごとく鬼のように断るから、もし受け取ってたら半端ない数になってた思うよ」
と、振り返っていきなり話に割り込んできた。
「え?そんなにもてるんですか?」
「ああ、毎年店にも、チョコ持ってくるよな~~。近くでバイトしてる女の子も、中学が一緒だったっていう女の子も。でも、受け取ったためしがないの」
「なんで?」
桜さんが驚いていた。
「だって、期待させるじゃん。それに今は俺、彼女いるし」
「ひゃ~~。徹底してるんだ」
「うん」
「すごいね。それじゃ、桃子ちゃんも安心だ」
「うん」
桜さんが目を丸くしていたけど、俺はそのまま、さっさとリビングにあがっていった。
チョコはリビングのテーブルに置いた。プレゼントはどうしようかって悩んだけど、可愛いキーホルダーやストラップ、タオルとか入っていたから、杏樹や母さんにあげることにして、そのままリビングに置いた。
それから部屋に行き、ベッドにごろんと横になった。
「つ、疲れた」
こういう日はめちゃくちゃ、疲れる。
桃子ちゃんの言葉を思い出した。
「超女の子にもてる、すんごいイケメン」
桃子ちゃん、そう思ってたんだな。今日のことは話さないほうがいいかな。
だけどさ、たいていが俺の見てくれや、文化祭のステージで騒ぎ出しただけで、本質を知って好きになってくれた子なんて、ごくわずかだと思うよ。
って、あれ?そういえば、桃子ちゃんも海の家で働いてる俺を見て、一目惚れしたって言ってたっけ。
働いてる姿や、笑顔が忘れられなくてとかなんとか、話してくれたことがあったな。汗いっぱいかいて、一生懸命に働いて、カキ氷を注文した時に、返してくれた笑顔が素敵で…とかなんとか。
あ、俺、いいように着色してる?
だけど、それってさ、俺の働きっぷりに惚れてくれたってことだし、なんつうか、他の子とは違うよね。なんて思ったりしてるんだけど、それも俺がいいように取ってるだけかな。
ま、いいや。桃子ちゃんがどこを好きになってくれたかなんて。今は、全部って言ってくれるんだし。
あ~~~~~~。早くに桃子ちゃんが来る日にならないかな。
俺はベッドの上で、じたばたした。すげえ、早く会いたい!
それからいきなり、眠気が襲ってきた。でも、今寝たら、勉強できないと思い、着替えて机に向かった。
試験まであと数日。今さら頑張ってもと思うけど、どうにも勉強をしていないと、落ち着かない。
夜も、ベッドに入っても、眠れないからまた起き出して、机に向かうこともしばしばある。
結局今日もまた、俺はなかなか眠れず、2時過ぎまで机に向かっていた。
トントン…。こんな遅くに誰だって思ってドアを開けると、父さんだった。
「何?父さん、まだ起きてたの?」
「それはこっちの台詞。俺は仕事で今まで起きてた。聖は勉強?」
「うん」
「最近夜遅くまで、聖の部屋の電気がついてるって母さんも言ってたけど、そんなに根詰めて大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ」
「体壊したら意味ないんだぞ」
「わかってるよ」
俺はちょっと黙り込んでから、
「でも、寝れないんだよ」
とぼそって言った。
「あったかいもんでも飲んで、布団にもう入れ、な?」
「うん」
父さんはそう言うと、部屋に戻っていった。俺はそのまま、ベッドにもぐりこんでみた。でもなかなか、目が冴えて寝れなかった。
天井を見上げた。数式が頭の中をかけめぐった。次には英単語。あ、あの単語のスペル、なんだっけ?
気になってまた起き出し、電気をつけて、辞書を引いた。
駄目だ。やっぱり寝れない。
机の引き出しを開けた。数枚、去年の夏に撮った、桃子ちゃんの写真が閉まってある。それを取り出した。
「あ~~あ、べったり一日中、桃子ちゃんといたい」
胃がちくってした。やべ。また調子悪くしたら大変だ。俺はまた電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。
桃子ちゃんを思い出した。俺の隣で寝ていた桃子ちゃんのこと。そのぬくもりや匂いを。
可愛かったな。
しばらくすると俺は寝ていたようだった。