第24話 一筋だから
しばらく桃子ちゃんと、ぎゅうって抱きしめあっていた。そこにトントンと階段を上がってくる音がして、俺らは慌ててベッドから出て、焦って服を着た。
二人とも沈黙して、ドアの外の音を聞いてると、どうやら、父さんのようで、自分の部屋に入っていったようだ。
どうも、そのトントンという軽い足音はクロだったみたいで、きっと父さんが帰って来て、一緒に2階に上がってきたんだろうな。
ああ、慌てた。鍵もかかってるし、かかってなくたって、部屋に入ってくることなんかないのにさ。
「なんだか、聖君のお母さんに会いにくいかも」
桃子ちゃんは、ぼそってそう言った。確かに。俺も顔あわせづらい。
「玄関から出てく?」
「変に思われない?」
「大丈夫だよ。あれこれ話しかけられるのは嫌でしょ?また、夕飯食べていってってことになっちゃうのも、困るでしょ?」
桃子ちゃんは、こくんと思い切りうなづいた。そりゃ、そうだよね。みんなで食卓を囲むなんて俺もできそうもない。
「夕飯外で食おうか?一緒に」
「うん」
「もう5時半だし、そろそろ出たら、早めの夕飯って感じでいいんじゃない?」
「うん」
桃子ちゃんもうなづくから、そうすることにした。
一階に静かに下りて、そっと店側においていた靴を取って、玄関に行き、玄関から二人で外に出た。
それから、寒空の中、桃子ちゃんとべったりよりそって歩いた。
よくこの辺を、桃子ちゃんと歩いているから、近所では俺に可愛い彼女がいるって評判になってるらしい。で、店にたまに来ていた、中学の後輩の女の子が、ぱたりと店に来なくなったり、近くのコンビニで働いてた女の子が、よくこの辺で会うと、声をかけてきたのが、まったく声をかけてこなくなった。
まあ、声をかけられても、あまり俺は話さなかったから、それで愛想つかされたのかもしれないけど。
近所の手前、江ノ島では手をつなぐこともしていなかったんだけど、いつの間にかどうでもよくなって、江ノ島でもどうどうと腕組んで歩いてるもんな、俺。
でもそんなにさ、中学の頃のダチに会うこともないし、知ってる人にも会うこともないから、平気なんだけどさ。
だから、今日もべったりとくっついて歩いていた。そして、レストランに入ろうとしたら、ちょうどその時ドアから出てきた女の子たちに、声をかけられた。
「聖君じゃない?」
「え?」
振り返ると、中学の時、付き合ってた例の彼女がそこにいた。げ!それも、その子の隣には、中3の時同じクラスだった子も。
「うわ~~~。久しぶり!」
二人で、はしゃいで寄ってきた。
「誰?彼女?!」
「え?うん」
「わ~~~。聖君でもそんな腕組んだりして歩くんだ」
あ。見られた。
「聖君、背、伸びたね」
元かのが言って来た。
「高校での噂聞いたよ。すんごいもててるんでしょ?同じ高校の子?」
「いや、違うけど」
俺がそう言うと、桃子ちゃんはそっと腕から手を離した。そして俺の後ろに隠れてしまった。
「麻子ったらさ~~、別れなきゃ良かったよね。聖君と」
げ!そんなこと言ってるし…。後ろに回った桃子ちゃんが、俺のジャケットの裾を、後ろからつまんでるのがわかる。
「だけど、もう何年もたってるもの、あれから。それに聖君には、こんなに可愛い彼女がいるじゃない」
「これから、飯食うんだ。悪いけど、急いでるから」
俺はそう言うと、さっと後ろを向き、桃子ちゃんの手を取って、そのままレストランに入っていった。
「ほんと、かっこよくなってる~~」
「もてるって噂もやっぱり、ほんとなんだよ。でも、彼女いるんだね。麻子、残念だったね」
そんな話し声が後ろから聞こえていたけど、ドアを閉めると何も聞こえなくなった。
店員の案内で店の奥に入った。そこからは海が見えた。
「何頼む?何個か頼んで分けようか」
「うん」
桃子ちゃんはちょっと元気がない。もしかして、さっきの子のことを気にしてるのかな。
俺は、何品かを頼み、コーラも頼んだ。桃子ちゃんはジュースを頼んだ。
店員がテーブルを離れてから、俺は桃子ちゃんに聞いた。
「なんか元気ない?」
「え?」
「桃子ちゃん、声沈んでるよ」
「ほんと?」
「うん」
桃子ちゃんは、笑って見せたけど、ちょっとひきつってる。
「さっきの子のこと、気にしてるの?」
そう聞くと、桃子ちゃんは顔を固まらせた。わかりやすい反応だな。
「あの…、中学の時に付き合ってた子なの?」
「うん」
「葉君も好きだったっていう?」
「うん、そう」
「じゃ、桐太君がちょっかいだしたって言ってた」
「ああ、そうそう」
「大人っぽい子だった」
「そう?そうだな。ちょっと変わってたかな。もっと素朴な感じの子だったから」
「……」
「なんで黙り込むの?」
「え?」
「何か気になる?」
「ううん」
「そうかな~~。なんかひっかかってるでしょ?本音言ってね、本音」
桃子ちゃんは、こうやって聞きださないと、黙って溜め込んじゃう時あるからな~~。
「聖君のことかっこいいって」
「え?」
「また、聖君と付き合いたくなったりしないかなって」
「……。そんなこと気にしてたの?」
「うん」
「もし向こうがその気になったとしても、俺、桃子ちゃん一筋だから安心して」
「一筋?」
「そう。それ、知ってるよね?」
「……」
桃子ちゃんは目を丸くして、固まった。
あ~~~~。だから~~~~。俺は頭を抱えてしまった。そこに店員がコーラとジュースを運んできた。
「聖君、彼女?女の子と一緒なんてめずらしくない?」
店員が話しかけてきたから、顔をあげると、よくうちの店に食べに来る子だった。
「あれ?ここで働いてるの?」
「ええ?知らなかった?前に家族で来たでしょ?あの時も私いたよ」
「知らなかった」
「やだな~~。こんな可愛い彼女がいたら、そこらへんの女の子なんて目に入らないか。そういえば、もうお店出ないの?聖君、最近ずっといないじゃない」
「受験生だから、俺」
「あ、そうか。じゃ、試験すぐなんじゃないの?こんなところで油売ってていいの?」
「いいの。センター試験終わったし、息抜きも必要だろ?」
「そうね。じゃ、受験終わったらお店の手伝いするの?」
「ああ、するよ。大学行ってもしてると思う」
「そう?じゃ、またお店に行くからよろしくね」
「うん」
その店員が去っていった。ふと桃子ちゃんの方を見ると、その子の後姿を見ながら、小さため息をついていた。あ、また、なんか暗いこと考えてるんじゃないの?
「桃子ちゃん、今の子は店に来てる子で、っていっても、2~3こ年は上だと思うけど」
「え?」
「常連ってやつ?よく店に来るから、母さんとも父さんとも、俺とも話したりしてるんだ」
「そうなんだ」
「それだけだよ」
「うん」
桃子ちゃんの表情が暗い。なんで?!
「また、何か考えてる?」
「聖君って、ほら、学校だと硬派だけど、外だと違うんだなって思って」
「え?俺が?」
「桜さんとも仲いいし」
「別にいいわけじゃないよ?」
「そうかな」
「やっぱ、常連さんや、バイトしてる人とは、話をするよ、俺も」
「そうだよね…」
「それに、年が上だからかな。話しやすいってのもあるけど」
「年上だから?」
「うん、多分」
桃子ちゃんは下を向き、暗い表情をした。
「あ、あれ?何?今度は何?」
「大学行ったら、年上の女性いっぱいいるね」
「え?」
「……」
なんか、また桃子ちゃん、勝手なこと考えて暗くなってる。
「大丈夫だよ。桃子ちゃん一筋だから、俺」
「……」
無言だ…。
「俺って、健気で一途だから、ほんと大丈夫だって」
「ええ?」
桃子ちゃんが驚いて顔をあげた。
「何?なんでそんなに驚いてるの?」
「健気で一途って…。うそだ」
「え?なんでうそ?ほんとだよ、本当のことだって」
「……またまた」
「桃子ちゃん、じゃ、俺って何だと思ってるの?」
「超女の子にもてる、すんごいイケメン」
「はあ????」
俺の方が目を丸くしたよ。っていうか、なんだ、それ。
「えっと、だから、えっと?」
「だから、私なんかのことを一途に思ってくれたり、健気に思ってくれたりするわけないなって」
「じゃ、何?俺、桃子ちゃんのことを弄んでるとか?それとも、軽い気持ちで付き合ってるとか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、何?」
「一途で、聖君以外の人、目に入らなくって、一筋なのは私のほうだから」
「だから?」
「だから、なんか、信じられない」
「……」
なんか、振り出しに戻ってない?
「さっきの麻子さんって人も言ってたよね。かっこいいって。私もそう思うもん」
「だから?」
「だから、えっと…。私が彼女でいるの信じられないなって」
「……」
「やっぱり、聖君の周りには女の子がいっぱいいて、みんな聖君のことが好きになっちゃうのかなって」
「安心して。それ、桃子ちゃんの単なる妄想だから」
「でも、文化祭でもすごかったよ?」
「あ、ああ、あれは、その…」
「めちゃ、もててた。びっくりした」
「そうなんだ…」
「聖君のファンっていっぱいいるんだって、びっくりしたよ」
「でもさ、みんな俺の歌ってるところしか興味ないんだよ?文化祭の時だけ盛り上がってただけだよ」
「そうかな。学校一可愛い子からも、告白されたなんてことがあっても?」
「何?それ」
「あ…」
「誰かから聞いたとか?」
「基樹君…」
「あいつ~~。なんで桃子ちゃんにそんなこと話すんだよ」
「でも、即断ったって」
「当たり前でしょ?桃子ちゃんがいるんだから」
「……。すごく可愛い子だったって」
「俺には、桃子ちゃんが1番、可愛いの」
「ほんと?」
「本当だよ。だから、いっつも言ってるよね?可愛いって」
「……」
桃子ちゃんは顔を赤らめた。もしかして、こういうことを聞きたかったのかな?それで安心したかったとか?だけど、さっきまで俺ら、思い切り抱き合ってたじゃん。それはどうなるの。
「あのさ、まじ、信じていいからね?俺、本当に桃子ちゃんのことしか、頭にないから。桃子ちゃんのことで、いっぱいなんだからさ」
そう言うと、桃子ちゃんはさらに赤くなった。
「……。さっきだって、ずっと桃子ちゃんに俺、言ってたよね?大好きだって。あんなに俺、全身で愛してたのに、そんなふうに言われたら、自信なくしちゃうよ」
「え?!」
桃子ちゃんは、目を思いっきり丸くして、それから、両手で頬を隠して、うつむいてしまった。
あ、今、めちゃくちゃ恥ずかしがってるな。真っ赤なんてもんじゃないや。っていう俺まで、恥ずかしくなってきた。
二人で赤くなってるところに、さっきの店員が料理を運んできた。桃子ちゃんが赤くなってうつむいてるので、
「どうしたんですか?気分でも悪いとか?」
と聞いてきた。
「い、いえ。ちょっと暑いだけです」
「暖房効きすぎてますか?」
「いえ、大丈夫です。すみません」
桃子ちゃんは、店員の方を見ないで、下を向いたまま答えていた。




